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湖デートは、当初の目論見どおり大成功に終わった。
私とメアリーはあの日以降、顔を合わせなくなった。もちろん、密かにやりとりはしているのだけれど、直接部屋に来て、ということはない。
それに合わせたように、ヴァイスは私の部屋にこなくなった。何をしているのか、など深く考えるまでもない。
メアリーに会いに行っているのだ。
『赤毛の聖女』でも、このあたりまで来ると、王子がヒロインに足繁く通うようになる。ゲームとしては彼の好感度の高さを感じてプレイヤーも楽しくなるのだが……。
実際にライバル令嬢ポジにいると、王子がこなくなったというのは、かなり堪えるだろうな、と私は思う。
……ゲームでは描かれていないけれど、もしリュゼがシーンのないところも実際に生きていたら、婚約者をとられたと悔しさに打ち震えていたでしょうね。
私としては、王子とメアリーのカップルがうまくいくことは万々歳なのだけれど。メシがウマいわ!
なお、この世界のリュゼはどうしているかと言えば、私の部屋にいます。はい、メアリーさん、アウト。リュゼさん、インです。
自称悪役令嬢の私と本物の悪役令嬢のリュゼが同じ部屋にいて悪巧み。
あまり評判のよろしくない相手と連みだした私――世間では、婚約者に袖にされて病みだしたふうに見えるかしらね。
あぁ、でもリュゼはとてもいい子なのよ。私に対して従順だし、とてもよく慕ってくれているの。……悪い魔法にかけられた、と言ってしまえばそこまでなんだけれど。
ということで、私はリュゼをペットの如く可愛がる。彼女もスキンシップは嫌いじゃないのか、とても積極的に絡んでくれるのよ。……時々、本当はこの娘、前世は犬だったんじゃないかって思うくらいに。
男性ならアウトなタッチでも、彼女は顔を赤らめて応じてくれる……。いい意味でいじめがいがある娘なのよね。あなたは男を相手にするより、女を相手にしたほうがいいかもしれないわ。
あまりに絡み過ぎて、モニカが咳払いをして自重してくださいって注意してくれるのだけれどね。
いやだって、リュゼが悪いのよ? この娘、魔性だわ。ヴァイスがリュゼと結ばれた未来が王国の崩壊っていうのは、もしかして彼が仕事も放り出して、この娘にかまけた説もあるわね。沼よ、沼!
「――さて、リュゼ。人間というのは生まれは選べないわ。貴族も平民も生まれてみるまでわからないものよ」
「でもアイリスお姉様。貴族の親からは貴族の子しか生まれないのではありませんか?」
「それは貴族の親が生んだから、貴族の子となっているだけでしょう?」
「……うーん、わたくしには、高尚過ぎてわかりませんわ、お姉様」
しゅんとなるリュゼ。私の言わんとしていることが、自分の考えと微妙に違うことはわかるのだろう。
「愚かなリュゼをお許しください」
「いいえ、許さないわ、リュゼ。あなたには教育が必要だわ」
教育、と口にした瞬間、リュゼの表情がパッと華やいだ。……うん、この娘、本質はMなのよね。それも『ド』がつくレベルの。おそらく教育内容より、ビシバシされるのが好きなのよ……。
「ここに服があるわ」
私は用意していたそれを広げた。メアリーがふだん着ている物を複数作らせたうちのひとつだ。平民出の彼女に複数の服を用意するのは大変なので、私のほうで手配した。
手元にあるのは予備のうちのひとつね。
「見たことがある服ですわね……」
「そう、聖女の普段着ね」
私はリュゼを見た。
「どうかしら? あなたもこれを着れば、少しは平民というものがわかるのではなくて?」
・ ・ ・
その日以降、学校でちょっとした噂が広がることになる。
アイリス・マークスが聖女メアリーに暴力を振るった、と。これが事実なら大問題だ。
聖女は王国に繁栄をもたらす存在。その聖女であるメアリーに、まさか暴力を振るうなど、聖女信仰の厚いこの国では大罪に等しい。
「根も葉もない話だわ」
私は紅茶を片手に、噂の真相を聞きにきたアッシュにそう答えた。
……本当は根も葉もあるんですけどね。これで事実無根なら、こんな悪質な噂を誰が流したのよ、と発狂するところかもしれない。
心当たりがあり過ぎて驚くに値しない。というより、噂になっていないのでは困る。
「メアリーには聞かなかったの?」
「彼女は、アイリスには何もされていないと……」
「なら、そういうことでしょう。……ね、リュゼ?」
「ええ、お姉様」
私と一緒にティーパーティーをしているリュゼはニコニコと応じた。
「偉大なるお姉様が、聖女様に手を挙げるなど、あろうはずがありませんわ」
ゲームでのリュゼの行動を知っていれば、『お前がそれを言うか』なのだが、それを知っているのは、ここではプレイ経験のある私くらいなものだ。
「そう、聖女様には、ね……」
意味深な笑みを浮かべるリュゼ。
噂というのは本当にあったこともあれば、まったく何もないところから生まれることもある。悪意を持った何者かが、特定の人物を攻撃するために噂が作られることもあるのだ。
今回の噂については前者だ。何もないところからではなく、噂にされるだけの出来事があった。
何があったのか?
顔を袋に包まれた平民生徒が、私に踏みつけられたり、乗馬鞭で叩かれたりしているというやつ。
その服装がメアリーの普段着だったり、平民がどうのって私に罵られていたから、それで聖女が虐められていると錯覚したのではないかしら?
顔がわからないから余計に、服で判断するしかなかったんでしょうね。
ちなみに、中の人は――言うまでもないわね。私のそばで頬を染めながら紅茶を飲んでいるお嬢様よ。
「……」
アッシュはじっと何か言いたげに私を見つめている。
「心配性ね。本当に私はメアリーには手を出していないわ。それに、もし本当なら見ていた人が止めるでしょう?」
もっとも、侯爵令嬢である私の報復を恐れて、止められる人間がいるとは思えないけれど。それも計算でやっている。
貴族の力というのは恐ろしいものなのよ。
それはそれとして、この分なら私の悪評も学校中に広がるのも、そう時間はかからないわね。
ここ最近、平民差別の貴族生が密かに粛正されて、学校内が静かになってきていたからね。きっと余計に目立つことになるでしょうよ。