テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
豪華なシャンデリアが煌めく書斎。
椅子にもたれかかっていた青年――九条 蓮(くじょう れん)は、携帯をいじりながらニヤついていた。
「チョロいな、あの子も。泣きそうな顔、たまらなかったわ。……で、次はどの子にしよっかな〜」
その様子を見ていたのは、完璧なスーツ姿の男・篠宮(しのみや)だった。
彼は蓮の専属執事。無表情のまま、しかしその目は静かに怒っていた。
「坊ちゃま、また女性を泣かせたそうですね」
「えー、いいじゃん別に。遊ばれたほうが悪いんだし? こっちは金もあるし顔もいいし、選ぶ側だよ?」
「……まったく、性根が腐っていらっしゃる」
「おい、それ言いすぎだろ?」
篠宮は一歩、蓮に近づいた。
その目は冷たく、だがどこか…挑発的な光を帯びていた。
「――矯正の時が来たようですね」
「は? なにそれ」
「“坊ちゃまが本当に下に立つ”経験をしない限り、人の痛みは理解できませんから」
「は、はあ!? 何言って――おま、なにして――っ」
篠宮は無言で蓮の顎を掴み、椅子に押し倒す。
スーツの手袋を外し、手首をくいと動かしたその瞬間。
「ちょ、まっ、やめ、ふざけんなッ……っ!」
「躾けの時間です。坊ちゃまには、たっぷり感じていただきますよ」
執事の声はいつも通り冷静だったが、その手は容赦なく――
上から目線だった蓮のプライドを、静かに、そして確実に崩していくのだった。
「……っ、やめろ、ふざけんな……」
椅子に押し倒されたままの蓮は、顔を赤くして目を逸らす。
篠宮はそんな彼を見下ろしながら、胸元のボタンに指をかけた。
「いつも女の子にしていたこと、そっくりそのままお返しします。
坊ちゃまはどれだけ“雑に扱われていたか”――身をもって知るといい」
「は、ァ……っ、ま、待てって……っ」
脱がされるのがこんなに恥ずかしいなんて、思ってもみなかった。
いつもなら、女の子が顔を赤らめてる側だったはずなのに――
今日は、自分がその役だ。
篠宮の指先が、ゆっくりと蓮の素肌をなぞる。
ピクリと跳ねた身体に、執事はうっすらと笑った。
「……嫌なことをされて、こんなふうに震える。
――それでも、坊ちゃまは続ける側だったのですね」
「う……るせ、ぇ……っ」
「ほら、我慢しないで。
さっきまで偉そうにしていた坊ちゃまが、どれだけ可愛らしい顔をするのか……私にも興味がありますので」
「っ……っ♡」
篠宮の指が蓮の弱いところをゆっくり、いやらしくなぞるたびに、
言い返そうとする言葉は喉の奥でかき消された。
息が上がって、声が漏れて、
自分でも知らなかった“感じる場所”が、執事の手のひらに暴かれていく。
「っ……ぁ……な、なんで……っ、俺……っ、こんな……」
「不思議ですか?
坊ちゃまが女性にしていたこと、意外と――自分も好きだったみたいですね」
「……っ、っ、しの、みや……っ」
耳元にそっとかかる吐息、
執事の手は優しく、それでいて容赦なく、
蓮のプライドも、快感も、ゆっくりと崩していった。
「……ふざけんな……なんで、あんなヤツに……!」
乱れたワイシャツのまま、蓮は屋敷を飛び出していた。
篠宮の指の感触が、吐息が、まだ身体に焼き付いている。
「やば……マジ、気持ち悪い……ありえねぇ……!」
自分は女好きで、遊び慣れてるはずだ。
なのに、あんな冷たい執事に――“感じさせられた”。
自分の中でなにかが、確実に壊れかけていた。
蓮はすぐに、連絡帳の中から適当な女の子にメッセージを送った。
《今夜、ヒマ? ドライブしようぜ》
数時間後、彼はホテルのベッドにいた。
隣には、少し頬を赤らめた女の子。
軽くキスをして、胸元に手を伸ばす――
けれど。
「……っ、あれ……?」
ズボンの中。
そこは――静まり返っていた。
「ちょ、まじ……なんで、立たねぇ……っ」
焦って刺激を加えてみても、
全くと言っていいほど反応がない。
女の子が心配そうに覗き込んでくる。
「……どうしたの? 疲れてる?」
「……いや、そんなワケないだろ……っ」
イラついて、ベッドの端に背を向ける。
けれど、頭に浮かぶのは――篠宮の指先。
耳元で囁いた、あの低い声。
「……まさか……」
自分が“勃たなくなった”のは――
あの執事のせい?
「ふざけんなよ……俺が、女で立たねぇって……」
それは、蓮にとって最大の屈辱だった。
何より、自分で気づいてしまった。
女の子の体じゃ、もう……反応できないことに。
そして、代わりに脳裏に浮かんでしまうのは――
篠宮に支配された夜の、
恥ずかしくて、でも確かに“気持ちよかった”あの感覚。
「……クソっ、マジでおかしくなってんのか、俺……」
枕に顔を埋めたまま、蓮は誰にも見せたことのない顔で震えていた。
「は、っ……ふざけんな、なんで……!」
目の前の扉が、ノックもなく開いた。
「坊ちゃま。お迎えに上がりました」
ホテルのスイートルームに似つかわしくない、完璧なスーツ姿の男――
篠宮が、まるで当然のようにそこに立っていた。
「……ッ、おま……なんでここが……!」
「坊ちゃまのGPS設定、解除しておりませんでしたので」
「……マジかよ……」
蓮はシーツを握りしめた。
女の子は状況が呑み込めず、目を丸くしている。
「え……執事さん? どういう関係……?」
篠宮は無表情のまま、蓮に一歩近づく。
そして、ベッドの縁に片膝をついて、顔を覗き込んだ。
「坊ちゃま、続きはここで――いたしますか?」
「な……っ、バカ言うな! 女がいる前でできるわけ――っ」
「ですが、“もう勃たない”と仰っていたのは……彼女ではなく、私の前では?」
「~~~~っ!!」
蓮の顔が一気に真っ赤になる。
女の子は、驚きと戸惑いで言葉も出ない。
「……やめろ、マジで……ここじゃ……無理に決まってんだろ……っ」
篠宮はその言葉に、ゆっくりと口元を綻ばせた。
「なるほど。では――どこでなら、よろしいですか?」
「っ……は……、やめろ、そういう言い方……!」
篠宮の手が、蓮の頬にそっと触れる。
その瞬間――心臓が跳ねた。
女の子の手でも、誰のキスでも跳ねなかったのに。
「“どこで”など関係ありません。
坊ちゃまが“誰に触れられたいか”、それが全てです」
「……俺は……っ、触れられたくなんか……」
口では否定しながら、
篠宮の指に、反射的に頬がすり寄ってしまっていた。
「……やっぱり、帰れ。
ここじゃ、ムリだから……」
「承知しました。では、“別のお部屋”をご用意いたします」
「……っ、誰が、行くって言った……」
「――では、お手を」
蓮はしばらく黙っていた。
女の子は何も言えず、ただシーツを握りしめていた。
そして――
「……先に出ろ。
俺が……“行くかどうか”は、あとで決める」
「かしこまりました。では、すぐ隣の部屋で、お待ちしております」
扉が閉まる音が、やけに静かに響いた。
蓮はシーツの上でひとり、頭を抱えた。
でも、心臓は……今までより、ずっと速く鳴っていた。
ホテルの隣室。
ふかふかのソファに座る篠宮の前で、蓮は震える指を伸ばしていた。
「……やっぱ、無理だわ……」
「――そうですか」
篠宮は、変わらぬ穏やかな声音でそう返した。
「でも……ッ、だからって、お前の前で情けねぇとこ見せんのも……もっと無理……」
蓮の目元が、じわりと赤く滲んでいく。
噛みしめるように吐き出した声は、涙で震えていた。
「……俺さ、昔から“手に入らないもんなんかない”って思ってた。
女も金も、親の期待も、全部……思い通りになるって……」
「……」
「でも、お前だけは……違った。
お前の言葉も、触れ方も、全部……ずるくて、苦しくて……」
その場にしゃがみこみ、頭を抱えた。
かつての傲慢な“坊ちゃま”の面影は、そこにはなかった。
「……篠宮、お願いだから……っ」
蓮は泣きながら、必死に言葉を絞り出す。
「もう一回……俺に触って。
誰でもなくて、お前がいい……
俺、もうわかんねぇけど……でも……っ、お願い……っ」
嗚咽混じりの声に、篠宮が静かに立ち上がる。
そして、跪いた蓮の前にひざまずき、その頬を包み込んだ。
「……ようやく、心からの願いを言ってくださいましたね、坊ちゃま」
「……うっ、ひぐっ……もぉ……っ、恥ずかしいし、ぐちゃぐちゃだし……っ」
「いいえ、とても綺麗です。
本音をこぼせるあなたの方が、ずっと魅力的です」
篠宮は優しく、その涙を舐め取るように唇を重ねた。
「……今宵は、わたくしが――あなたを、ただ愛する番です」
「……うん……お願い……」
蓮の指が、篠宮のシャツの裾を必死に握る。
「ちゃんと……俺を、俺として、扱って……
“躾け”じゃなくて……“好き”で、してほしい……」
「――もちろんです。
あなたを壊すことはあっても、捨てることなどあり得ません」
篠宮の声が、そっと胸に染み込むように響く。
その夜――
蓮は初めて、「愛される痛み」と「満たされる快感」を知った。
涙の跡が消えた頃、
彼はもう“坊ちゃま”ではなくなっていた。