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「おお、ティエラたちが戻ったか」
「はい、先ほど入港したとの報せが入りました」
ランドルフ帝国帝都・グランドール―――
その王宮の謁見の間で、
身分の高そうな初老の男が、玉座に座る
帝国の最高責任者……
マームード皇帝に報告していた。
だが、彼は手元にある報告書らしき書類と、
玉座へ視線を行ったり来たりさせ、
「どうしたのだ?
何か問題でもあったのか?」
謁見の間の側らに控えていた、
ロマンスグレーの紳士―――
ダーリマ・トジモフ外務大臣が報告者に
問い質す。
「も、問題という事ではないのですが、その。
陛下への献上品が……」
「それがどうしたのだ?
ハッキリとお答えしろ。
マームード皇帝陛下の御前であるぞ」
大臣に詰められ、報告の使者は観念したと
ばかりに口を開く。
「もっ、申し上げます!
今回、あちらの大陸からの使者も同乗して
来たようなのですが―――
航行中にシーサーペントと遭遇し……」
そこで謁見の間がざわつき始め、
「シーサーペントだと!?」
「ティエラ王女様は無事なのか!?」
口々に驚きと質問が飛び出すが、
「はっはい、無事です!
同行していたラミア族、人魚族、
ロック・タートルがこれを討伐。
そのシーサーペントをマームード皇帝陛下への
献上品として捧げる、との事です!」
彼の言葉に室内のざわつきは一瞬停止し、
「ラミア族の報告は前回受けたが……
人魚族?」
「それにロック・タートルだと?
人間に従うのか、あれが?」
疑問と困惑が入り混じる中、報告者はさらに
続けて、
「なお今回、ドラゴンやワイバーン、獣人族、
魔狼、精霊に魔族も同行しております。
さらに亜人と異なり、人外は人間の姿に
なれるので―――
謁見するにあたって何の支障も無いとの事。
ま、また……」
使者は汗をぬぐいながら報告書に目を落とし、
「訓練船団に参加していた帝国の
ワイバーンライダー……
そのワイバーン5騎全てが人間の姿に
なる事が出来た、との事で―――
うち1名も帰還しているそうです」
報告者は、それで全て終わったというように
大きく息を吐き出し、
誰もそれに答える事なく、沈黙が続いた。
「このまま引き上げるんですか?」
「まさか水中で解体するわけにもいかんからな」
その頃、私や一行はまだ港で足止めされていた。
シーサーペントの解体職人や、保存するための
氷魔法の使い手……
そしてそれを一目見ようという野次馬で、
港が混雑の極みに陥っていたのだ。
「しかしどうやったんだ?
細かい傷はあるが、あんなキレイな状態で
仕留めるなんてよ」
解体職人の一人が、浮かんでいる獲物を見ながら
両腕を組んで眉間にシワを寄せる。
「はは……
それより、引き上げるのならこちらで
手伝いましょうか?」
「そりゃ有難いが、どうやって?」
そこで私は、メルとアルテリーゼ、
ヒミコ様を呼んで、
「シーサーペント、上に上げて欲しいんだけど」
そこで女性三人が顔を会わせ―――
まず西洋風のプロポーションの妻が、
「んじゃメルっち、指示お願い出来るか?」
「りょー」
アジアンチックな妻が片手で敬礼のような
ポーズを取り、
「私はワイバーンの姿になったら手が使えぬ。
どうすればよい?」
真っ赤な長髪をした長身の女性の質問に、
「そうですね……
アルテリーゼにロープか何かで縛って
もらった後、それを口で引っ張って
頂ければ」
解体職人たちは、私たちの会話にいちいち
首を傾げていたが、
「えーと、あの―――
この2人はドラゴンにワイバーンです。
今からその姿になりますが大丈夫でしょうか」
私の説明に彼らは一瞬きょとんとするも、
「がはははっ!!
その美人さんがかい!?」
「あー大丈夫だ。
帝国にゃワイバーンライダーもいるからよ」
「それならシーサーペントも運べるわな。
頼んだぜー!」
と、問題が無いのを確認したので、
「じゃ、お願いします」
私の言葉に二人はうなずき……
『元の姿』になったのだが、
なぜか港湾がパニックとなり―――
それが静まるまで、さらに時間を要する事に
なった。
「……最初から自分に言ってくだされば
良かったですのに」
パープルの長いウェービーヘアーをした、
身長190cmくらいある女性がこぼす。
「も、申し訳ない」
あの後―――
オトヒメさんがロック・タートルの姿に戻り、
水中から押し上げるような形で、
アルテリーゼ・ヒミコ様も協力して、
何とかシーサーペントを水揚げする事が出来た。
その後、ティエラ王女様がまず皇帝陛下へ
報告に行き、
私たちは陛下に御目通りするため―――
まず王宮の一室に通されていた。
「だがこれで少なくとも、初見で舐められる事は
ないだろうよ」
ライさん……
もといライオネル・ウィンベル様が
ニヤリと笑う。
「確かにな。
力にしか反応せぬ者もおる。
思わぬ形で力を見せつける事になったが、
むしろ交渉で有利に働くであろう」
四・五才くらいの巻き毛の少年が、外見に
似つかわしくない口調で話し、
パープルの髪をやや外ハネにし、ミディアムボブに
した、モデルのように目鼻立ちがクッキリとした
女性と―――
もう一人の女性、漆黒の肌と対照的なロングの
白髪を持つ魔族、
イスティールさんにオルディラさんがうなずく。
「お父さんもお母さんも、交渉は最初、
ガツンと強気でいけ!
って言ってましたし」
ブラウンのロングヘアーをした、半人半蛇の
亜人……
エイミさんがボクシングのようなポーズで
パンチを空中に打ち、
その横では待ち疲れたのか、十才くらいの
少年、アーロン君がもたれかかってウトウトと
していた。
「でも大丈夫だべか。
俺なんかが王様や貴族の前に出ても」
獣人族代表として来ていた熊型の獣人、
ボーロさんが不安気に語るが、
「あの『ボーロ』の創作者なんですよ。
もっと自信を持ってください」
「あれはワイバーンの子供たちも、喜んで
食べるからのう」
淡い紫色の短髪を持つ王子、エンレイン様が
婚約者のヒミコ様と微笑む。
「一応、私も出ますので……」
「ごめんなさい、ケイドさん。
付き合わせる形になってしまって」
「いや、リリィ。
夫なんだから当たり前だよ」
赤毛のアラサーの男性が、ダークブラウンの
髪の魔狼の妻と互いを気遣う。
「シンは何か緊張してないっぽいね?」
「さすがに度胸があるのう」
「ピュウ!」
家族にそう言われた私は苦笑し、
「まあ、ここまで来たらなるようになれ!
としか言えないですよ。
そういえば人魚族の方は」
陸上移動出来ないという事を、すっかり
忘れていたからなあ。
どうやって謁見するのだろうと思っていると、
「ああ、帝国の方で移動式の風呂みたいな物を
用意してくれるそうです」
サラサラした髪の隙間から、エメラルドの瞳を
のぞかせる―――
外見上は十才くらいの土精霊様が答える。
「後なぁ。
俺やエンレイン王子殿やマギア様以外は―――
多分そこまで緊張する事は無いと思うぞ?」
「と言いますと?」
私がライさんに聞き返すと、
「恐らく全員謁見するだろうが……
その後、国の代表クラスは皇帝に直接会う場を
設けられるだろう。
他はそれぞれ担当者と、交渉なり話し合う席を
用意されると思う」
それを聞いてなるほどと納得する。
ライオネル様はウィンベル王国の前国王の兄。
エンレイン王子様はマルズ国の王族―――
魔王・マギア様は文字通り魔族領のトップだ。
この三人は直接皇帝陛下に会う機会を与えられる
としても……
私やボーロさん、エイミさん、オトヒメさん、
人魚族、土精霊―――
それにケイド夫妻が会うには、『立場』が
違い過ぎるのだろう。
私はその説明に内心ホッとしつつ……
呼び出されるその時を待った。
「……海の向こうから遠路はるばる、
よくぞまいった。
大義である」
到着から二日後―――
謁見の場で大臣らしき人から声をかけられ、
皇帝陛下の前に一同跪き、それぞれが
名前と身分を明かし、一礼する。
「ウィンベル王国の前国王の兄にして、現国王の
叔父……
ライオネル・ウィンベルでございます」
まずはライさんから皮切りに、
「新生『アノーミア』連邦の一国……
マルズ国王子、エンレインです」
「婚約者であり、ワイバーンの女王を務める
ヒミコにござります」
マルズ国の王族と婚約者が自己紹介し、
「魔王・マギアである」
「魔王様の側近、イスティールです」
「同じく側近、オルディラです」
魔族の三人が身元を明かす。
『ワイバーンだと!?』
『あの少年が魔王!?』
と、さすがにその説明に戸惑う者もおり、
「ボ、ボーロにござります」
獣人と名乗る必要すらないくらいに、
ずんぐりした熊型の体系の彼がペコリと
頭を下げると、
『ボーロ……?』
『あのボーロの発案者か!』
どうやらボーロという名のカレーを食した事が
あるのか、あちこちから反応が返る。
「ラミア族のエイミです。
こちらは、アタシと婚約している
アーロンです」
「は、初めましてっ」
「人魚族のスクエーアです」
さすがにこちらは亜人と一発でわかるからか、
ざわめきもそれほどなく、
「魔狼のリリィと申します。
ケイド様の妻です」
「お、夫のケイドです」
ケイド・リリィ夫妻があいさつすると、
『魔狼だと?』
『まさか、あの報告にあった……』
やはり、人外が人間の姿になるというのが
半信半疑なのか、好奇心と疑い、半々の視線が
向けられる。
「ロック・タートルのオトヒメです」
「つ、土精霊です。
どうかお見知りおきを―――」
百九十センチはある長身の美女と、
十才くらいの美少年に謁見の場の空気は
少し和む。
そして私たちの番となり―――
「ウィンベル王国所属、シルバークラス
冒険者、シンです」
「同じくシルバークラスの冒険者でシンの妻、
メルです」
「同じくシンの妻にして……
ドラゴンのアルテリーゼじゃ。
この子はラッチ。よろしくのう」
『ドラゴン……
ドラゴンと言ったか、今』
『あの子供は確かにドラゴンっぽいが』
再び周囲はざわめき始めたが、皇帝陛下が
スッ、と片手を挙げ、
「大義であった」
そこで場は静まり返り―――
初見のあいさつはようやく終わる、
そう思っていたのだが、
「陛下、今しばらくお待ちを」
「何だ?
トジモフ外務大臣」
いかにも位の高そうな初老の紳士が、
皇帝陛下の側により、
「先ほど彼らから、ワイバーンだの魔狼だの
ドラゴンだのと……
名乗る言葉が出ましたが。
今ここで、その姿を見せて頂くのはどうで
しょうか?
帝国には、人外が人間の姿に変わるなど、
半信半疑の者も未だ多く―――
ハッキリさせる良い機会かと」
「それは―――」
見知った顔の女性……
紫の長髪をし、前髪を眉の高さで切り揃えた
ティエラ王女様が、その発言に反発しようと
するが、
『おお』『そうだそうだ』『事実なら見せて
もらわねば』―――
そう、同意する声が聞こえてくる。
その事自体は別に問題は無いのだが……
「一つ、おたずねいたします」
「何かな?」
先ほど、外務大臣と言われた紳士にライさんが
質問する。
「彼女たちに取っては『元の姿』ですので、
そこは問題ありません。
ただここは屋外ではありません。
強度は大丈夫でしょうか?」
私は思わず足元の床を見る。
そう、ここは王宮―――
ドラゴンやワイバーン、ロック・タートルが
いきなり出現したとして……
床が抜けたりしないか、という心配があった。
すると質問を受けた彼は笑い出し、
「ここは皇帝陛下の謁見の場だ。
その危惧は無用。
例えワイバーンが10体20体いようと、
耐えられるであろう」
広さはちょっとした体育館くらいあるが、
それだけ豪語するのなら、きっと大丈夫
なのだろう。
天井も相当な高さがあるし……
私は立ち上がると、まずオトヒメさんに
近寄り、
「すいませんが、まずオトヒメさんから」
「わかりました」
彼女が答えるのと同時に、私たちはそこから
離れ始める。
そして甲羅だけでも直径五メートルはあろう、
巨大な亀の魔物がその姿を現す。
『ううわっ!?』
『キャーーーッ!!』
と、驚きと混乱の声が聞こえ、警備担当であろう
騎士たちが武器を構えるが、
「控えよ!
望んだのはこちらであろう」
と、皇帝陛下の一言で場は静まり返り、
「それでは、私も良いか?」
「メルっち、ラッチを頼む」
そして今度はヒミコ様とアルテリーゼが、
『元の姿』となり、
「では私も……」
最後に、リリィさんが魔狼の姿となる。
さながら怪獣大決戦のような様相だが、
四・五階くらい高い天井に届きそうなヒミコ様や
アルテリーゼを見上げるようにして―――
帝国の方々は口をあんぐりと開けていた。
そして一方、下の方では……
『わんわんー!
おっきいー!』
『やわらかーい!』
貴族の子弟と思われる子供たちに抱き着かれる、
リリィさんがいて、
『こ、こら! やめないか!』
『申しわけありません!』
他国の使者、それも皇帝陛下の面前という
事もあり、彼らの親であろう大人たちが
焦って頭を下げるが、
「いえ、私たちにもこれくらいの子供たちが
おりますので―――」
ケイドさんがフォローを入れ、
「ラッチはどうでしょう?
抱いてみますか?」
すかさずメルが営業スマイルで、ドラゴンの
子供を勧め、
『わぁ……!
ドラゴンの赤ちゃん』
『ちゃんとシッポも翼もありますわ。
可愛い……♪』
と、女性や子供たちのハートをガッチリ
つかむ事に成功し、
和気あいあいとした雰囲気の中―――
最初の『謁見』は終わった。
「終わってみれば、何かあっさりと
済んだねえ」
別室で一息つきながら、エイミさんが
口を開く。
多少の混乱はあったものの……
顔見せとしては成功と言っていいだろう。
皇帝陛下からは一言二言あっただけで
終わったが―――
それはウィンベル王国の対応と大差は無い。
ラーシュ陛下が帝国の使者にお目通りを許した
時も、全員に声をかけて終わり、
その後、ティエラ王女様や主要人物との会談に
入る、という流れだったから。
そしてまた、私たちは待機していた部屋へ
通され……
それぞれが呼び出されるのを待つ身と
なったのである。
「はあ。
しかし疲れたな、土精霊殿」
「そうですねー……」
一方で、魔王・マギア様と土精霊様が
グロッキーになっていた。
外見上は幼く、特定の相手がいないように
見える二人は―――
魔狼やラッチとはまた別の注目を浴び、
『ぜひウチの子と誼を!』
『帰国する前に、ぜひ我が屋敷へ……!』
と、謁見の間から退室する直前まで声を
かけられ続けていた。
そこへ、一人呼び出されていたライさんが
ティエラ王女様と共に戻って来て、
「明日以降になるが―――
取り敢えず予定が決まったぞ。
やはり俺とエンレイン王子殿、それに
魔王・マギア様は直接皇帝陛下が交渉する
ようだ」
「他は各担当者が決まるまで、王宮内に
留まっていて欲しいと。
各自、それぞれ部屋を用意させますので」
帝国の王女様が深々と頭を下げ、そして
護衛であろうカバーンさんとセオレムさんも
一礼する。
しかし、王宮内に留まってと言われても。
その間何をしていたらいいのか……
「……ん?
それは王宮内であれば、ある程度自由に
動いても良いという事でしょうか?」
「そうですね。
単独では難しいですが―――
誰か王宮の者と同伴であれば。
どこか行きたいところでも?」
ティエラ王女様が私に聞き返す。
「出来れば、厨房を見せて頂けないかなぁ、と。
あとみなさんお疲れでしょうし……
軽めのものでも作ってこようかと」
するとライさんが大きくため息をついて、
「そうだなぁ。
こっち来てから何かしらご馳走されたが、
ちょっとくどくて。
いや、味は極上だったんだが緊張もあって、
あんまり味わえなかったっつーか」
彼は言葉を選びながら、私の行動に同意する。
「そうですか……
いえ、実はですね。
料理人たちもシン殿に会いたがって
おりますので。
出来ればボーロ殿にも同行願いたいの
ですが」
「お、俺―――
いえ、私もですか?」
急に名指しされた獣人は戸惑うも、
「今や帝都・グランドールで、ボーロの名前を
知らない者はおりません。
あの『ボーロ』の発案者は、帝国の全ての
料理人の憧れでもあります」
「いや、でも、ありゃシンさんが……」
照れながら小さくなっていくボーロさん。
そして妻たちが、
「じゃーさっそく行こうか」
「我もシンの手料理が食いたいしのう。
ティエラよ、ラッチを頼めるか?」
そう言ってアルテリーゼがラッチを彼女に
渡すと、
「いえ、そういう事でしたらわたくしが同行
いたします。
それに、わたくしも久しぶりにシン殿の
料理が食べたいですからね」
その言葉に、アラフィフの赤髪の男と
ボサボサ髪のアラフォーの従者二人が、
「お嬢、そりゃずるい!
じゃあワシたちも」
「当然、僕も同行しますよ」
その言葉にみんなが笑い―――
私と家族、ボーロさん、ティエラ王女様と
従者二名で、厨房へ向かう事になった。
「え? ティエラ王女様?」
「このようなところに一体……」
厨房付近には警備兵が立っており、
王族が来た事に驚きの表情を見せる。
「向こうの大陸から使者が来た事はご存知
でしょう?
こちらの料理にご興味があるようですので、
わたくしが案内しているのですわ」
すると警備兵の目付きが鋭くなり、こちらを
見つめる。
実際、料理に毒を混ぜての暗殺などは、
どこの国でも世界でもポピュラーだろうしな。
警戒し過ぎる、という事は無いだろう。
「料理人、でしょうか」
「それに獣人もいるようですが」
やはり被差別対象なのか、嫌悪感すら
混じっているような視線になるが、
「こちらの方は『ボーロ』と申します。
あなた方も、一度くらい食べた事が
あるのでは?」
カバーンさんがボーロさんの説明をすると、
「えっ!?」
「向こうの大陸の獣人が作った料理とは
聞いていましたが、まさか本当に!?」
それを聞いて、二人の背筋がピン!
と伸ばされる。
「そしてこちら、シン殿だが―――
向こうの大陸から来た調味料や麺類の
ほとんどは、この方が作った物。
その方々が厨房を見たいと言っているのだが、
通してもらえないかな?」
次いでセオレムさんが私について語ると、
「しょ、少々お待ちください」
一人の警備兵がそう言って奥へと去っていった。
するとすぐに複数の駆け足と共に、
「『ボーロ』の発案者がいらっしゃった
だとお!?」
「『料理神』までもが!!
すぐに来て頂くのじゃああああ!!」
と、責任者と思われる年配の男性が、ダッシュで
こちらに走ってくるのが見えた。
「ほお、調味料を入れるのも順番が」
「ええ。
まずはハッキリと味のわかる砂糖、塩、
それからお酢に―――
醤油、味噌は最後になっています。
風味が逃げるから、と言われていますが」
こちらの料理事情を聞くどころか、逆に
質問攻めに遭い―――
私の説明を、料理人たちが集まってガリガリと
メモに書き込んでいく。
「あのう、俺は獣人族だべ。
それでもいいだか?」
「それがどうかしましたか?」
「あの『ボーロ』を食べて感動を覚えぬ
料理人などおりません!」
一方でボーロさんも料理人たちに囲まれていて、
困惑の表情になるが、
「職人や技術職は良くも悪くも実力主義ですし、
新しいものに結構貪欲ですよ」
「どうか本場の『ボーロ』を教えてやって
ください」
と、カバーンさんとセオレムさんに促される。
「それよりシンー、何作るの?」
「そうだなあ。
軽めのものと言ったし、パンケーキでも」
「おお!
ラッチも大好きじゃからなあ、アレは」
そう家族で料理を決めていたところへ、
「た、大変です料理長!
『奴隷殺し』が届きました……!」
顔色を変えた料理人の一人が飛び込んで来た。
すると、一斉に帝国の料理人たちが苦々しい
表情に変わる。
「奴隷殺し?」
「何やら物騒な名前じゃが……
食材か?」
「ピュイ?」
妻たちと子供が首を傾げると―――
ラッチを抱いていたティエラ王女様が、
「料理長。
『奴隷殺し』とはいったい?」
「……王族の方に聞かせるようなものでは」
彼は拒否するが、
「答えなさい。
『奴隷殺し』とは何なのです?」
すると室内に大きなため息が蔓延し、
「野菜の一種です。
味は極上で刻んで味付けに使うのですが、
取り扱いに難があり……」
料理長の説明によると、植物系の魔物の
一種らしく、
捕獲は難しくなく、土に埋められたまま
搬送されて来るのだが、
掘り出す時に無数の枝葉を触手のように動かして
抵抗し、またそれには猛毒があるとの事。
土から完全に出して一定時間経過すれば、
枝葉も動かなくなり無害化するが、
鎧や分厚い布を着込んでも、その隙間に
差し込んでくるし、
遠距離からの攻撃などで死ぬと、あっという間に
腐敗が始まるので、
人外や亜人、罪人の奴隷を使って掘り起こさせ、
その命と引き換えに収穫する『食材』だという。
「まっとうな料理人なら―――
『外道の食材』と言って扱いません。
もちろん、王宮でも禁忌の食材ですが、
ただ物好きの中にゃ、こういうものを好んで
食べるお人もいるんですよ」
「そんな……」
ティエラ王女様が愕然としていると、
「王女様。
多分、ですが……
『ボーロ』様や『料理神』様が来られたと
聞いて、希少な食材が発注されたと聞いて
おります。
その中に、王宮でも禁じていたものが
紛れ込んでしまったのでは」
料理人の一人からフォローが入り、『あー……』
『そうかもな……』と、二人の従者も同調する。
「『奴隷殺し』は―――
土の詰まった箱ごと運ばれて来たのか?」
「は、はい。
恐らく担当の奴隷は後から来るかと」
それは即ち、死ぬ事が確定している人間だ。
そんな食材が来た事を恥だと思っているのか、
料理長を始めとした料理人たちも……
ティエラ王女様たちの顔にも影が差す。
しかし、話を聞くにどうもそれは根野菜だ。
いわば大根やごぼう、ニンジンと同じ物。
食虫植物ならともかく、そこまでアグレッシブに
動く根野菜など聞いた事も無い。
ましてやそれが猛毒を持っているなど。
「それ、見せてもらえませんか?」
私がたずねると、その場にいた全員(家族除く)
が、サーッと顔色を変えるが、
「あー、シンなら大丈夫だから」
「ここは我が夫に任せてみるがよい。
何せ『料理神』であるぞ?」
そこでティエラ王女様と料理長は顔を
見合わせ―――
『奴隷殺し』を見せてもらう事になった。
「ふむ、これですか」
周囲は遠巻きになり、私はその箱を見て
うなずく。
箱自体は三十センチ四方くらいのものだ。
底はやや深く五十センチほど。
一応、厚手の衣装と手袋を身に着け、
それと対峙する。
「シ、シン殿」
「どうかそれ以上は」
帝国の方々が心配する中、私は小声で、
「根野菜で―――
触手のような枝葉を持ち、しかもそれが
猛毒を持っている事など、
・・・・・
あり得ない」
多分、触手も毒も魔力絡みだろう。
条件を細かく設定してそうつぶやくと、
わずかにブルッと箱が震えた気がした。
これで触手だの毒だのは無効化されているはず。
次いで私は何かの発掘作業のようにパッパッ、と
表面の土を払っていき、
「う、うわ」
「シン殿、およしくだされ」
不安の声があちこちから聞こえるが、
何事も起きず―――
やがて私がずるずると土から引っ張り出すと、
人面のような模様がついた大根みたいなものが
姿を現し、
それにはダラン、と腕を下げたように、複数の
枝葉がぶら下がっていた。
「『抵抗魔法』……したのですか」
ティエラ王女様の問いに、
「そのようで」
私が答えると、周囲の料理人たちから
歓声が沸き起こった。
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