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面白かったです!
これで本当に終わりです。最後までありがとうございました‼︎
おまけ①人物紹介
相田夏輝
15歳、男性。幼少期から入退院を繰り返す子だった。黄金病院で同じような境遇の少女である春華と出会い恋心を抱く。
相生春華
15歳、女性。2歳の時に、両親の都合で黄金町へ引っ越して来た。そこで難病を患ってしまい、黄金病院に入院する。当時は生きる希望を見失いがちであったが、同じような境遇で生きる夏輝に出会い、本来の明るい性格を取り戻す。
黄金病院の看護師
本名は灰原司。38歳、女性。黄金総合病院に勤務している。ひとつ年上の夫がいるが、子宝には恵まれなかった。そのため入院中の夏輝と春華の事を、実の子供のように可愛がっている。
花屋の店員
本名は舞川花。24歳、女性。両親が黄金町にあるフラワーショップソレイユを運営している。そのため幼い頃から花に触れる機会が多く、将来は両親の店を継ぐことを夢見ている。
服屋の店員
本名は崎浜涼佳。29歳、女性。黄金町で生まれ育ち、現在は向日葵モール内にある洋服店、Being Youを経営している。いつかこの店を全国に展開していくのが目標である。
平井大造
46歳、男性。黄金町の町役場に勤務している。できる事はなんでもやるのがモットーで、10種類全ての免許を持っていて、更に色々な資格も取得している。そのため、労働力の少ない黄金町内でとても重宝されている頼れる男である。奥さんがいて、春華や夏輝と同じ年の娘がいる。最近の悩みは娘と話をしようとするとウザがられる事。
おまけ②場所紹介
黄金町
とある田舎。本編の舞台となった町である。向日葵が咲き誇る町で、その向日葵の景色を見た偉い人が「この絶景、まさに黄金かな。」と言った事が名前の由来である。ちなみにその記録は残っておらず、デマだった説がある。最近は過疎化が進んでおり、子供が全然いない。
黄金総合病院
黄金町内にある最大の病院。春華と夏輝が入院していた。町の中心部に建っており、黄金町には欠かせない建物となっている。
黄金町立向日葵中学校
黄金町内にある唯一の中学校。夏輝が通っていた場所である。春華も、体調が良い時はたまに通っていた。少し離れた所に、向日葵小学校がある。
フラワーショップソレイユ
向日葵中学校から少し歩いた所にある。四季折々の花が取り揃えてられているが、一番の品は黄金町に咲く大輪の向日葵である。
向日葵モール
黄金町内で最大の大型商業施設。映画館やフードコートなどがある。Being Youも向日葵モール内にある店の一つである。
ソレイユランド
黄金町内で唯一の遊園地。正式名称は黄金ソレイユランドである。春華と夏輝が利用したお化け屋敷や観覧車の他に、メリーゴーランドやコーヒーカップ、ジェットコースターなどがある。イメージキャラクターとしてソレイユくんがいるが、あまり知られていない。あとあんま可愛くない。
黄金ヒマワリ園
黄金町内にある向日葵畑。一面黄色に輝いていて、よく映画やドラマの舞台に利用される。数年ほど前に某有名監督の映画に利用され、それが大ヒットを記録した事で一躍有名になる。
黄金山
黄金町で最も高い山である。かつてはここに、黄金町と言う名前の由来になった向日葵が咲いていたが、年々進む開発によって数が減少している。しかし、山の奥深くへ進むと、誰も見たことがないような向日葵の絶景が見られるという噂がある。ちなみにこの噂は春華と夏輝のどちらも知らない。つまり本編とは無縁である。
おまけ③現実の話 病院編
中庭に入ると僕はいつものベンチへと向かう。そこに腰掛け、お気に入りの絵本を読むのが僕の最近の楽しみだ。しかし、そこへつくと先客が座っていた。それは髪の長い少女だった。年は僕と変わらないくらいに見える。彼女は手すりに置いた手を枕にして、すうすうと寝息をたてていた。それを見た僕は頬を膨らまして苛立ちを表に出す。そんなところで寝られたら僕が絵本を読めないじゃないか。僕は彼女に近づくと肩を揺さぶる。全然起きない彼女に僕の苛立ちは最高潮に達した。顔見知りの看護師を連れて来ると僕は事の経緯を伝える。看護師が少女を見ると、驚いたような顔をする。
「こいつが寝てるから僕の絵本を読むためのベンチが使えないの。全然起きないからどかしてよ!」
そう言うと看護師は困ったように眉を寄せる。肩の当たりで切り揃えられた黒髪が動きに合わせて揺れている。
「えっとね、夏輝くん。ここはね夏輝くんだけの場所じゃないの。わかる?」
優しく諭すような言葉だが、それでも僕は納得できない。その時、ベンチの方から声がした。
「んん、うるさいなぁ。なぁに?」
目を擦りながら彼女は起き上がる。寝起きの舌足らずな喋り方だった。
「あ、おはよう春華ちゃん。お父さんが探してたよ。一緒に行きましょうか。」
うん、と小さく頷くと、少女は看護師の手を掴み歩いて行く。その後ろ姿に向かって僕は言う。
「おいおまえ、ここは僕の場所だからな。次からここで寝たりするなよ!」
少女はキョトンとした顔をするが、何も言わずにこくんと頷いた。僕はそれを見て満足するとベンチに座り、いつものように絵本を読む。
次の日、僕はまた中庭へ向かう。ベンチが見えた時、また先客が座っている事に気が付いた。それは昨日と同じ少女だった。しかし昨日と違って、膝に大事そうにボールを抱えて、誰かを待っているようだった。彼女も僕に気がついたようで、顔に喜色を浮かべ近づいて来る。
「ねえねえ、名前教えてよ!」
突然の質問に僕は面食らう。すぐに我に返ると、僕は少女を睨みつけるようにした後、言った。
「おまえから名前言えよ。それに、もうここには来るなって言っただろ!」
苛立ちで突き放すような言葉だが、少女は気にしていないようだった。
「そっか、そうだね。私は相生春華って言うの。」
ニコニコと楽しそうな笑みを浮かべる少女、春華はじっと、期待のこもった視線を送ってくる。その視線に耐えられず、僕は言う。
「相田夏輝……。」
春華の顔がパァッと明るくなる。その表情に僕は一瞬ドキッとするが、すぐに首を横に振ると春華を見る。彼女は両手に持っていたボールを突き出すと、明るい調子を崩さずに言った。
「いっしょに遊ぼ、夏輝!」
ボールを2人で追いかける。息がきれて苦しいが、久々に体を動かすのが楽しくて、辞められない。その様子をどこから見ていたのかわからないが、灰原司と書かれた名札をつけた看護師が声をかけてくる。
「もう仲良くなったんだ。夏輝くんも春華ちゃんも良かったね。」
僕はなんだか恥ずかしくてそっぽを向いて言った。
「別に仲良くなってないから。遊んであげてるだけだし。勘違いしないでよ。」
その言葉に春華がしゅんとして、悲しそうな様子を見せるので僕は慌てて言い直す。
「でも、ちょっとくらいは仲良くしても良いかなっては思ってるよ。」
春華の表情が明るく変わる。まるで太陽の光を受けて輝く向日葵みたいだな、と僕は思った。看護師はそんな僕たちを見て、笑う。昼下がりの中庭、いつもが変わった時の事だった。
おまけ④現実の話 小学校編
入学式と書かれた看板の前に2人で並んで立つ。それを見た母がカメラのシャッターをきる。パシャ、と音がなったあと、春華は嬉しそうに母に向かって行く。
「おばさん、写真見せて〜。」
母は春華の頭を撫でると屈んでカメラを目の前に持ってくる。液晶に映し出された画像を見て春華はケタケタと笑う。
「見て見て夏輝、目閉じてるよ!」
その画像の中の僕は、春華が言うように目が閉じていてなんとも間抜けな顔をしていた。そんな顔を見て春華はずーっと笑っている。その手からカメラを奪おうと手を伸ばすが、逃げ回る春華に追いつくのは難しく、疲れただけで取り返せなかった。
それから時がたち、僕たちは小学三年生になっていた。体が弱い僕たちは、いつも2人で学校に通っていた。そんなある日、クラスメイトの1人が言った。
「毎日一緒に来るなんて、おまえ春華の事が好きなのかよ!」
いかにも子供が言いそうなものだったが、この子供っぽい彼と同じく僕も子供だったのである。口を衝いた言葉は全て嘘だったとはいえ、言ってはいけない最低な言葉だった。
「誰が好きなんだあんなヤツ!ずっとニコニコ笑ってる馬鹿なブスなんて、嫌いだよ!」
それを聞いた彼がケタケタと笑うと、後ろを指差した。その意図がわからず後ろを振り向くと、春華が僕を見ていた。その目にはいっぱいの涙を溜めていて、今にも溢れ出してしまいそうだった。僕が春華に声をかけようと一歩踏み出した時、春華は教室の外へ走り出した。それを追って僕も教室を飛び出すが、体が弱いわりには足の速い春華に追いつけなかった。謝る事もできぬまま、一日が終わる。一緒に帰ろうと僕は春華の姿を探すが、その様子を面白がってクラスメイトは笑う。嘲笑に耐え、やっと見つけた春華は校舎の裏で泣いていた。餌やり当番でもないのに、ウサギに餌を食べさせながら1人で泣いている春華に、僕はなんと声をかければいいかわからなかった。餌をあげ終えた春華は手の甲でゴシゴシと顔を拭うと、立ち上がった。そこで僕が見ていた事に気づくと反対方向に走り出した。しばらく走ると何か石にでも躓いたのか春華は派手に転ぶ。そんな春華に追いつくと僕は春華の手を取った。春華はまた泣いていて、鼻水も出ていて、酷い顔をしていた。
「夏輝が私の事嫌いだって気づいてなくてごめんね。嫌だったよね。」
その言葉に僕は苦しくなる。今までずっと一緒に過ごしてきた友達にこんな事を言わせてしまった僕自身が嫌で嫌でしょうがなくなってしまう。
「ごめんね春華。ひどい事言ってごめんね。本当は春華の事嫌いじゃないよ。」
立ち上がった春華の土で汚れた手を握り、僕は何度も何度も謝る。謝ったって僕が春華を傷つけた事は変わらないけど、何度も謝った。持っていたティッシュで春華の鼻水を拭き取ると僕は固く決意を結んだ。次の日、僕は教室に入る。先に来ていたクラスメイトがニヤニヤと隠しきれない笑みを浮かべているのがわかった。僕の後ろから春華が入ってくると、堰を切ったように笑い声が溢れる。それを聞いた春華の体がビクッと震えるのがわかる。僕は春華の手を握った。それを見たクラスメイトの1人、垣原が近づいて来た。
「やっぱり夏輝は春華の事が好きみたいだぜ皆んな!応援してやろーよ。」
そのニヤケ面が限界まで近づいたその時、僕の右拳が垣原の頬にめり込む。尻餅をついた垣原の顔が呆然とした表情からしだいに泣き顔へ変わっていく。
「僕と春華は友達だよ。そんな友達を馬鹿にするのは許さないからね。」
涙が溢れ出した垣原に向かって僕は言い放つ。何も言えなくなった垣原の周りを取り巻きが取り囲み、一斉に慰め始める。僕は精一杯のキメ顔をして春華を見るが、春華は僕を見ず、垣原の取り巻きたちの中へ入っていく。
「ほっぺ赤くなってるよ、保健室に行こう。垣原、立てる?」
僕は鳩が豆鉄砲を食ったようになる。手を繋いで教室を出て行く2人を見て、僕は初めて本当の敗北を理解した。そんな気がした。
おまけ⑤現実の話 中学校編
中学一年生になった春華はとある壁にぶつかっていた。勉強が全くわからないのである。中学に進学してからは体の状態があまり良くなかった事もあり、あまり学校に来れていなかった事も原因なのだが、春華自身にあまり勉強のやる気がなかったのが大きな要因だった。そのあまりのやる気のなさに、初めは親身に寄り添っていた夏輝もお手上げ状態だった。正直、春華は勉強しなくても良いかな、という甘い考えだったが、ここは中学校で、小学校ではない。つまり、期末テストが存在する。病状を言い訳に勉強から逃げに逃げた春華はこれを乗り越えられる程の学力を持っていなかった。そして、この期末テストの成績が悪い生徒は浜ちゃん先生の特別授業に夏休み中、通わなければならない。それだけはどうしても避けたかった。しかし、勉強はわからず、夏輝にも愛想を尽かされた春華には厳しかった。春華は教室の隅で時計を見上げるとため息をつく。昼休みの教室にはエアコンの音だけが響いていた。春華は教科書を閉じると体育館シューズを手に取る。気分転換も大事だよね、春華は1人、心の中で言い訳を述べると、体育館へ向かった。
重い引き戸を開けると、体育館から熱気が溢れ出す。中にはバスケットボールを床に叩きつける音が反響していた。1人の男子がボールを手に持ち、大きく飛ぶ。手から離れ、ゴールに向かって放たれたボールは、綺麗な放物線を描いて網の中に吸い込まれていく。周りから歓声が聞こえていた。その美しいフォームに私は思わず拍手する。彼がそんな私に気がついて近づいて来た。
「よお相生。勉強してるんじゃなかったか?」
まだ幼さが残るが低い声だった。声変わりが始まっているようだ。
「まぁ、してたんだけど、疲れてきちゃって。そうだ、ナイスシュートだね垣原。」
差し出した手を垣原はぶっきらぼうに叩く。小学校の時は坊主頭だったのに、ストレートに伸びた髪がよく似合っている。まるでテレビに出ている芸能人のようだった。彼は汗で濡れた髪をかきあげる。
「疲れたって嘘だろ。本当は全くわかんなくて逃げて来たとかじゃねーの?」
垣原はそう言うと、ぱっちり開いた一重の目でじーっと見つめてくる。それに耐えられず目を逸らした私を垣原は鼻で笑うと、またバスケの続きを始めた。何か文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、鼻筋の通った彼の横顔を見ているとそんな気も失せてくる。その整った顔と、それが魅力的になるバスケの組み合わせを見て、映画かなんかの登場人物かよ、と1人心の中で呟いた。私は辺りを見渡すと、目的の人物を探す。見つけた彼女は体育館の隅っこで、1人でバレーの練習をしていた。壁にボールを当てて跳ね返ったのをレシーブし、トスを上げようと手を構えるが、汗で滑ったのか床に落としてしまう。そのボールが足元に転がって来たので私はそれを拾い彼女の方へ向かう。
「ユナ、お疲れ様!私も混ぜて!」
ユナはあからさまに困った顔をする。その細い眉を細めて、気まずそうに笑っていた。
「えっと、春華、あんまり激しい運動しない方が良いんじゃなかったっけ?」
その言葉に私は頷く。ほっとした顔をしたユナに私は続けて言う。
「でも練習は激しい運動じゃないでしょ?」
ユナの動きが固まるのがわかった。わかりやすく動揺しているユナに向かって私はボールを飛ばす。咄嗟にユナがレシーブで返したので私は上に飛ぶと容赦なくスパイクを叩きつける。スパン、と床にボールがぶつかる音がする。手のひらがジンジンと痛むが、その痛みが少し心地よかった。ユナがうなじの見えるポニーテールを揺らしながら近づいて来て言った。
「これは激しい運動でしょうが!」
普段は垂れている目尻を吊り上げユナは怒ると、ポコポコと私を軽く叩く。
「春華がまた体調崩すのも、相田くんに怒られるのも、どっちも嫌だよ私。」
そう言ってユナはぎゅっと私を抱きしめてくる。そうして上目遣いで見つめてくるので、ユナの顔のパーツ一つ一つが良く見えた。眉毛が長くて量が多い。肌が程よく焼けていて、健康的なイメージを受ける。
「大丈夫だよユナ。私がまた可愛いユナを置いて入院するわけないじゃん。」
私より少し低い位置にある頭を撫でる。また上目遣いで見てくるユナはまるで小動物みたいだった。
「そういえば春華は勉強してるんじゃなかったっけ?もう終わったの?」
じーっと見つめてくるユナから目を逸らすが、簡単には逃がしてくれない。
「浜ちゃんの特別授業受けたいの?」
ユナの視線が睨みつけるようなねっとりしたものへと変わっていく。その視線に耐えられず私は諦めてユナに助けを求めた。
「しょうがない、私でよかったら教えるよ。」
相田くんほど上手じゃないけど、そう言うとユナはボールをそそくさと片付け始める。ダメ元で頼んだお願いを聞いてくれたユナには頭が上がらない。私たちは残りの昼休みを勉強に費やした。
すでに帰りのチャイムから一時間半が経過していた。私は開いた問題集についた赤いバツ印を見て絶望している真っ最中だった。
「えっと、あ、一問は当たってるよ!」
ユナの優しい言葉により深く私の心は傷を負う。これが解けないといけない、そう思うと気が重くて仕方がなかった。
「それにしても最後の問題は難しいね。私も解けないかもしれない。考えてみるね。」
そう言ってユナは顎に手を当て、考え込む。その仕草が可愛くてつい見入ってしまう。しばらくそうしていると、ユナは答えの冊子を開いた。それでも答えがわからないようで、傷一つないおでこに皺を寄せる。その時、教室の引き戸が開き、夏輝が顔を出す。
「もうすぐ五時だから迎えに来たんだけど、もう少し勉強する?」
そう聞きながら夏輝は私たちの近くに腰掛ける。正直、私は帰りたかったんだけど、ユナが勉強会にノリノリなため、帰るに帰れない。
「そうだ、相田くん。ここの問題が2人ともわかんなくて。よければ教えてくれない?」
そう言うとユナは申し訳なさそうに問題集を差し出した。それを見た夏輝の表情が曇る。
「一問しか合ってないんだけど。平井さん、これ春華が解いたんだよね?」
冷房で部屋はキンキンに冷えているはずなのに、私の背中に一筋の汗が流れ落ちる。やばい、怒られるかもしれない。夏輝は一度私の方を見ると、大きくため息をつく。それから問題集を受け取ると、取り出したシャーペンをはしらせる。
「ここはえっと、あれ、ごめんちょっと考えさせてほしいかも。」
自信ありげに解き始めた夏輝だったが、途中で何度も消しては書きを繰り返す。だんだん自信をなくしていくその様子を見て、私は魔が差してしまった。
「あれ、夏輝?もしかして解けないの?あんなに自信ありそうな感じだったのに?」
ちょっとしたやり返しのつもりだったのだが、夏輝は苛立たしげに計算式を見せてくる。
「僕は解けたけど、そう言うって事は春華はもちろん解けるんだよね?」
完全に怒っているようだった。夏輝の答えと冊子の解答は同じで、夏輝の正解を確定させる。目でユナに助けを求めるが、ユナは夏輝に解き方を教わろうとするのに夢中で気が付かない。いつの間にか、私のやるべき問題は増えていて、教えてくれていたはずのユナは夏輝から教わっている。2人の楽しげなその姿に私は少し複雑になる。私もあっちに混ざりたいな。私はそのためにペンをはしらせる。
期末テスト当日、私は祈るように時計を見上げる。もうすでにテストは終了しているのに、こうするしかなかった。私たちの学校は全校生徒が百人いかないくらいの小さな学校であるため、テストの結果がすぐに発表される。そのため私はこうして祈りを捧げているのだ。不意に扉が開くと、先生が入ってくる。その手に握られた答案を見て、私は呼吸が荒くなる。ここに私の人生がかかっているようにも思えた。私の名が呼ばれ、答案を受け取る。点数を見た私はヘナヘナとその場に座り込んだ。次に呼ばれていた夏輝が上から私の答案を覗き込む。
「良かったね、特別授業回避じゃん。」
その言葉にやっと実感が湧いてくる。私はしっかりできていたんだ、とホッと息を吐き出した。しかし、ほっとしたのも束の間で、答案を受け取った垣原が自慢げに見せつけてくる。そこには84点と、私とは比べものにならない数字が書かれていた。それから私の答案を覗くと、垣原は鼻で笑う。その様子があまりにもムカつくので、私と垣原は言い合いを始める。なんて事ない日常の風景であった。
おまけ⑥現実の話向日葵モールにて
私たちは暗い館内で席に着く。私たちは、今話題の映画を見に来ていた。私は膝の上に置いたポップコーンケースから2、3個ほど取り出すと、口に運ぶ。軽くまぶされた塩の味が口の中いっぱいに広がった。
「ちょっと春華、私にもちょうだいよ。」
そう言うとユナはポップコーンを手に取ると口に入れる。その時、スクリーンに映像が映り、映画が始まった。その映画は、三人の男女の恋愛模様を描くものだ。主人公の光が、高校で出会ったヒロイン、桜に恋をするところから始まる、甘酸っぱいものだ。夏輝がこんな映画を見ようと誘ってきたのは意外だったが、どうやら夏輝の読んでいた漫画が原作だったらしい。一時間半が経過して、エンドロールが流れ始める。いつの間にかユナが隣にいなくって、私は夏輝と2人っきりになる。恋愛映画が終わった後の静かな館内で、何を言えばいいかわからず、私は黙りこくる。その間、夏輝は何か言いたげだったが、私は無心でポップコーンを食べ続けた。明かりが灯ると、私は立ち上がる。結局、ユナは帰ってこなかったし、夏輝は何も言わなかった。私たちは映画館から出ると、ユナの姿を探した。見つけたユナは柱にもたれて、パンフレットを読んでいた。顔を上げたユナと目が合う。その顔には緊張がはしっていた。
「えっと、どうだった?相田くんも。」
歯切れの悪い言葉に私は、おもしろかったよ、と軽く答えた。夏輝の方は黙ったままで何も答えない。その様子を見たユナは気まずそうに目を逸らすと、向日葵モール内で遊ぶ事を提案してきた。私たちはその提案に賛成すると、歩いて行く。
空調がよく稼働したモール内を三人で歩いて行く。そうしていると、ふと、とある洋服店が目に留まった。入ってみたい、と私は二人の手を引く。店内の中央には綺麗な水色のワンピースが飾られていた。ところどころに縫われたリボンがなんとも可愛らしかった。私はこのワンピースに見惚れてしまう。ユナも気に入っているようだった。値札を確認すると、二万二千円の文字が見えた。当然、買えるわけがない。ユナも諦めたようで、他のを見始めた。それでも私はこのワンピースから目を逸らす事ができないでいた。隣に立つ夏輝に私は言う。
「いつか、こんな服を着てみたいね。」
夏輝は私の顔を見ると、ゆっくり頷いた。
「春華は綺麗だから、きっと似合うよ。」
ボソッと呟いた夏輝の言葉に私は顔が赤くなるのがわかった。夏輝は優しいから褒めてくれただけだというのに、意識してしまう。この空間に、ユナを置いて二人だけの時間が流れていた。
おまけ⑦現実の話 最後の夏祭り
ピンポーンとインターホンが来客を告げる。扉を開けると、春華が立っていた。普段と違って、長い髪はお団子状に結ばれ、浴衣を身につけていた。
「どうかな?似合ってる?」
そう言うと、春華はクルッと回ってみせた。その動きに合わせて浴衣の裾が翻る。その隙間から覗く白い肌から僕は目を逸らす。
「うん、似合ってると思うよ。」
それを聞いた春華の表情が笑顔になる。明るいその笑顔に、僕の心も明るくなっていく。
「ねえ、相田くん、私には何もないの?」
そう言うと、不機嫌そうな平井が、春華の後ろから顔を出す。140cmと、この年の女の子にしては背が低い平井は、春華の影に隠れて、見えなかったのだ。僕は慌てて取り繕うように言った。
「あ、平井さんも似合ってるよ。」
平井の普段は優しげな瞳が細くなり、じっと僕を睨みつける。たまらず僕は目を逸らすと、鞄を手に取り外に出る。もう夕方だというのに、じっとりと湿気のこもった空気が流れていて汗ばんでしまう。平井はもう気にしていないようで、手に持ったスマホで時間を確認すると、言った。
「次は垣原の家だね。四人揃ったら夏祭りに行こっか。」
そのまま平井は、停めてあった小さな車の助手席に乗り込んだ。それに続くようにして僕たちも後部座席に乗り込む。
「送迎ありがとうございます大造さん。」
僕がそう言うと運転席の大造は嬉しそうに笑った。
「うちのユナはありがとうなんて言わないのに、偉いな夏輝くんは。」
大きな声でそう言った大造に対して、平井は先ほどとは比べ物にならないほど苛立った様子を見せる。いつも優しい癒し枠の平井が珍しく苛立っているのが面白かったのか、春華が笑う。賑やかな車は町の中を走り出す。
車を降りると、僕は大きく伸びをする。垣原が加わった車内は狭く、身動き一つ取れなかったため強張った体がほぐれて、パキパキと小気味良い音を鳴らす。全員が降りたのを見届けると、大造は車に鍵をかけた。それを見た平井が苛立たしげに言う。
「送迎終わったんだから帰ってよ。今日は友達と遊ぶんだから。」
それを聞いた大造が悲しげな様子を見せる。実の娘に帰れと言われたのには同情するが、友達と遊んでいる時に、親に邪魔されたくない子供の気持ちも僕は良くわかってしまう。大造はしぶしぶ車の鍵を開けると乗り込んだ。
「じゃあ、ユナ、お父さんに何かご飯買って来てくれ。腹が減ったら何とやらだからな。」
帰る気を見せない大造を無視して平井は進む。春華は大造に手を振ってから平井を追っていく。僕はマイペースな垣原の手を掴むと、二人を追って行った。
僕は右手に持った袋を確認すると、集合場所へ向かう。ある程度、射的や金魚掬いなどのゲームを楽しんだ後、僕たちは一度解散した。普通に買いたい物を買ってもつまらないのでそれぞれが一品ずつ持ち寄って、分けて食べよう、という提案が平井から出たためだ。他の三人と合流すると座れる場所を探し、そこに腰掛けて買ったものを広げる。僕は自分の買った物を見る。袋の中に入っていたのは、バターが香る焼きとうもろこしだった。垣原の袋の中には焼きそばが入っていて、ソースの匂いが食欲をそそる。平井は、たこ焼きを買っていて、こんな田舎では滅多に食べれないそれはたいへん魅力的に見えた。最後に春華の方を見ると、彼女は気まずそうに食べ物を取り出す。出て来たそれは光を透過して、赤い色を輝かせていた。
「りんご飴を食べたかったのって私だけ?」
恐る恐る言った春華を見て、平井はため息をつき、垣原は笑いをこらえていた。僕たちは食べ物を取り分けると、手を合わせて食べ始める。その間、りんご飴は再度、袋の中で待機してもらう事になった。春華は長い髪を耳にかけると、焼きそばを頬張る。少し甘めのソースがお気に召したようで、すぐに食べ切ってしまった。僕も自分の焼きとうもろこしを食べようとするが、春華の物欲しげな視線を受けて、その一本を差し出す。それを見た平井が、たこ焼きを食べていた手を止めて言った。
「相田くんは優しいね。春華はそれ二本目じゃないの?」
春華はもごもごと何かを言うが、詰め込んだとうもろこしで、何を言っているのかわからない。そんな春華を呆れたように垣原は見ていた。食事が一通り終わると、僕は、買った一部を持って立ち上がる。
「どこ行くんだ夏輝。もうすぐ花火だろ。」
腕時計を見て、垣原は言った。もうそんな時間か。僕は1人考える。
「大造さんにご飯持って行こうと思って。でも花火もうすぐなのか。どうしようかな。」
それを聞いた平井が立ち上がると、僕から袋を奪い取った。
「私が垣原くんと一緒に行って父さんに餌やりしてくるから、二人は先に境内に上がっててよ。」
そう言うと、垣原の腕を無造作に掴むと、平井は来た方向に歩いて行く。僕に気を遣ってくれたのだとわかり、僕はなんだか申し訳なくなる。
「じゃあ、行こっか春華。先に境内に上がってよう。」
春華は頷くと立ち上がった。僕たちは長い階段を登っていく。
祭会場と違って、境内は少し暗かった。隣に座る春華の顔が闇に紛れて朧気で、少し安心する。僕は鞄に入っている腕時計を確認すると、春華に何か言おうとする。その時だった。夜空に炎の花が咲いた。大きな音とともに空を占領したその花に春華は見惚れている。僕は一瞬、唖然とするが、すぐに我に返り時計を見る。花火の時間にはまだ少し早いはずだった。その間も夜空には次々と大輪の花が光り輝いている。まるで花びらが落ちるように、花火の残穢が揺れながら闇に溶けていく。それを見て僕は思う。このチャンスを逃せば次はない。覚悟を決めて僕は春華の方を見た。春華はとても楽しげだった。先ほどまで闇に紛れて朧気だったその横顔は花火の煌めきを受けて、はっきりと目に映った。それを見て僕の覚悟は消えていく。今はこのまま花火に浸らせてあげたい、そう思った。最後の花が、その煌めきを失った後、階段の方から声がした。
「ごめん二人とも、間に合わなかった〜。」
わざとらしく現れた平井は僕と春華の間に割り込んでくる。僕が失敗したと思ったのか、必要以上に明るい調子で話す平井の後ろから、垣原が現れた。
「もう祭も終了だってよ。ほら、帰ろうぜ。大造のおっさんも待ってるだろうし。」
そう言うと垣原は僕らを急かした。しぶしぶ立ち上がった春華は、平井と二人で先に境内から降りていく。それを見てから垣原は言う。
「お疲れ様。帰るぞ。」
垣原は全てが雑に見えて、それでいてちゃんとした男だ。僕に気を遣っているはずなのに、それを悟られないように言葉を選んでくれている。言いたい事だけ言うと、垣原は僕を置いて、境内から降りていく。その後ろ姿に追いつくと僕は言う。
「言えなかったんだよね。ビビっちゃった。」
垣原は一瞬、驚いた顔をしたが、すぐにいつもの調子に戻った。僕は長い階段を降りながら、口に出さずに決意を固める。来年、またここに来て、必ず想いを伝える。絶対、絶対だ。僕は拳を握りしめる。伸びた爪が肉に食い込んで、少し痛い。そのまま歩くと、下で待っていた二人と合流する。振り向いた春華の笑顔を見て、僕は改めて思う。僕はこの笑顔が好きだ、と。中学二年の夏、黄金町夏祭りにて、僕は一つの願いを胸に抱く。まだ、この願いが叶わない事が分からない僕は、この四人で過ごす来年が来ないことを知らなかったから。
あとがき
おまけ話「残雪」、最後まで読んでいただき、ありがとうございます。さて、この残雪ですが、溶け残った雪、と言う事で本編「雪華」では語られなかった物語が中心となっています。黄金町に住む人々だったり、夏輝と春華のクラスメイトだったり、雪に囚われる前の二人だったり、書いててとても楽しかったです。次回作でもやったりするかもしれないので、よかったら「いいね」「コメント」「フォロー」をよろしくお願いします‼︎