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嫌な予感というものは存外、的中するものだと思った。
握られた手紙はもう既にくしゃりと歪んでおり、俺は今すぐにでも破り捨てたい衝動に駆られていた。
「お前のダチ、趣味悪すぎんだろ」
「……そうだな」
綾子も手紙に一通り目を通したのか、冷静にそう呟いてため息をついた。
綾子とて、音沙汰なかったダチからのいきなりの手紙がこれじゃ、溜息をつきたくもなるだろう。
俺は手紙に書かれた文字を読みながら頭を抱えたくなった。
差出人は間違いなく高賀藤子本人。そして内容はこうだ。
【高嶺澪刑事へ
貴方のご友人の仇を討ちたければ、指定した場所まで来てね♡
四年前の勇敢な探偵さんみたいに、返り討ちにしてあげるから】
たったそれだけの内容だったが、俺はこれが本気だと確信した。巫山戯た文章だと思う、これを書いているときの藤子の様子が頭にちらついて俺はその手紙を破り捨てた。ハラハラとバラバラになった紙くずは地面へと落ちる。
「高嶺刑事……」
「お前はここで待ってろ、俺がいく」
俺は、部屋の中に戻りスーツを着て髪をギュッと結び直した。その間、綾子は黙っていたが、絶えられなくなったとでも言うように俺の腕を掴んだ。
「指定まで時間がねぇ、離せ、綾子」
「何で一人で行こうとする?」
「お呼びなのは、俺だけだ。お前じゃねぇ」
手紙には綾子のことなど一つも触れていなかった。だから、連れて行く理由もないと思ったのだ。
そういえば、綾子は首を横に振った。
「……明智探偵の上司が言っていた。明智探偵も同じ手口で呼び出されて殺されたって。だから、一人で行くのは危険だ」
「だからっていって、お前を巻き込むのは」
「アタシは、高嶺刑事の協力者だ。アタシのこと頼ってくれていいじゃないか!」
と、綾子はガラにもなく叫んでいた。
それを聞いて、スッと頭の中が軽くなったような気がして、俺は手を力なく振り下ろす。
(そうだ、冷静さが欠けていたら何にもならねぇ、落ち着かねぇと)
年下の女に促され、冷静さを取り戻すなど本当に笑いものだと思ったが、綾子が言ってくれなければ、また感情のまま行動していたに違いない。そして、仇を取れずに死んでいたかも知れない。それこそ、綾子の言う明智のように。
明智がそのような手口で呼び出され殺されたことを知り、いつも冷静な彼奴でさえ、恋人である神津の仇を目の前にして冷静ではいられなかったのだろう。だが、理由は他にもあるはずだ。明智は冷静なだけじゃなくて、お人好しで優し過ぎた。もし、爆弾魔の正体が綾子のダチだって知って、女だって知ったら、彼奴は撃ち殺せなかっただろう。その優しさを爆弾魔は藤子は利用したのだろう。
「高嶺刑事、落ち着いたか?」
「お前のおかげでな。あー全く情けねぇ」
「いつもの事だろ」
そう綾子は毒づく。
そんな憎まれ口ももう慣れたものだと、俺はふと笑いが漏れてしまった。それを怪訝そうに綾子は見る。
「そーだな、お前の事頼りにしてるわ」
そう言ってやれば、綾子の顔は真っ赤に染まり、俺の背中をバシバシ叩いてきた。痛ぇ。
「おい、叩くなって! 痛ぇだろうが!」
「今のは、高嶺刑事が悪いだろ!」
「お、俺が悪い!? 意味が分かんねぇ、取り敢えず叩くなよ!」
久しぶりに、分からない女になった綾子を見つつ、俺は乾いた笑みを零すほかなかった。綾子も手が出るようになって、大分俺に気を許してくれているんじゃないかって、少しだけ嬉しくなったような気がした。まあ、叩かれるのは別だが。叩かれたくもないし。
綾子はひとしきり叩き終わり、気が済んだのか乱れた呼吸を整え俺を見上げた。
「アタシのこと、置いていくなよ」
「ああ、分かってるって。俺はそんな柔じゃねぇし、勿論お前も勝手にくたばるような奴じゃねぇって分かってる」
「…………そうか」
嬉しそうな、それでもなんとも言えないようなかおをして綾子は返す。俺はそんな綾子を見て微笑みながら、もう一度スーツをしっかり着直し、玄関に行き靴を履く。いつもの革靴ではなく、陸上をするときに履いていた靴に。勿論数年前のものじゃなくて買い換えたが、自分の気が引き締まるのはこの靴だった。
「んじゃまあ、いくか。明智の仇を取りに。勿論、無傷で制圧だけどな」
「それが、警察官の心構えなんだな」
「まぁな」
俺はそう言いながら外へ出る。
(なあ、神津、明智……空、お前達の仇も約束も絶対に果たしてやるからな。見守っててくれ)