「よお、爆弾魔。いや――高賀藤子っていたらいいか?」
「おにーさんとは、初めましてっ! かな?」
指定された場所はとある廃ビルで周りには田んぼばかりのような田舎だった。捌剣市の北の方は田舎で、発展途上の街が広がっている。そんな人気のない所に呼び出したところを見ると、周りを巻き込みたいという意思は感じられない。
確かに、これまで爆破によって多くの死者を出してきた彼女だったが、二次被害が起きたことも、想定される人数よりも死者が少なかったのも、もしかしたら彼女なりの配慮かも知れない。まあ、犯罪者に良心があるとは思っていないが。
「いいや、初めてじゃねぇだろ、五年前に一度会ってる」
「そーだったかなぁ? 藤子覚えてないや」
きゅるん、といった感じに大きな目を輝かせて彼女は首を傾げる。その仕草は可愛らしいが、その表情はどうにも嘘臭くて仕方がない。
俺は彼女を睨み付ける。
話が通じるような相手じゃない気がして、気が抜けない。
成人はとっくに過ぎているだろうに、その若さを保ち、幼く見えるのはその仕草や、蜂蜜色の髪をツインテールにしているからだろう。一見、人畜無害そうに見えるが、騙されるわけにはいかない。綾子の話も聞いていて、彼女で間違いないと言うことは明白だった。
「藤子」
「綾子ちゃーん!?」
俺の後ろからスッと出てきた、綾子に藤子は目をよりいっそ見開いて、輝かせた。
「綾子ちゃん、久しぶり!? 元気してた?藤子がいなくて寂しくなかった?あ~会いたかったなぁ、ずっとここ数年考えていたの」
と、藤子は夢を語る少女のように甘い声色で喋り出す。その様子に綾子は気味悪がるように顔を歪めた。その気持ちはよく分かる。
だが、藤子はピタリとその鼻につくような仕草を止めると、彼女の顔から笑顔が消えた。
「それでぇ、綾子ちゃんは藤子がいない間に新しい彼氏でも作ったの?」
「高嶺刑事は彼氏じゃない」
「じゃあ何?愛人?」
藤子は、俺を睨み付けながら綾子に尋ねた。綾子は全てを否定し、鬱陶しいというようににらみ返す。そうすると、藤子は何が面白いのか腹を抱えて笑い出した。
全く狂っていると思った。
(俺が彼氏って、どう見たらそうなるんだよ)
綾子がここ毎日俺の家を訪ねたのは、藤子が狙うターゲットは、綾子に仲良くする人間らしく、何処で監視しているかは分からないが、自分と仲良くすれば必然的に藤子は現われるだろうと。それが、今回見事引っかかったわけだ。
そういうこともあってきっと綾子はこれまで孤独を選んできたのだろう。誰も傷つけないために、自ら孤立することで、藤子の目を避けようとした。だが、藤子にとってそれは好都合で、それこそが狙いだった。周りに人がいなくなり、自分を見てくれるようになると狂った思考で。
「まぁ、なんでもいいけどぉ、綾子ちゃんと仲良くしていいのは、藤子だけなんだから」
「だから、明智を殺したのか?」
「うん?」
夢語りに付合っている暇はないと、俺は口を挟んだ。
藤子は、一瞬眉を動かしたが、作ったような笑みをはっつけて「そーだよ」とクスクスと笑う。
「だって、綾子ちゃんと仲良くしてたんだもーん。だから、殺したの。でもね、別にあのもう一人の人を殺すつもりはなかったんだよねぇ。勝手に引っかかって、死んじゃったってだけでぇ。まあ、そのおかげであの探偵さんも釣れたし、一石二鳥って事で!」
と、Vサインをする藤子。
そんな軽い気持ちで、神津と明智を殺したのかと、握った拳が今にでも彼女の顔面に飛び出そうだった。俺は何とかそれを押さえつつ、それでも収まりきらない怒りはそのまま藤子にぶつける。
「お前のせいで悲しんだ奴がいる。傷ついた奴がいる、そういう奴らに報いろうとは思わねぇのかよ。お前には人の心がねぇのか!?」
そう叫べば、煩いとでも言うように耳を抑えながら顔をしかめる。
「人でなしーとか、人の心ないんですかーって聞かれるけど、別にどうでもイイじゃん? 人の価値感とか、価値基準とかもあるわけだし。藤子の一番は綾子ちゃんで、どんな手を使ってでも綾子ちゃんを手に入れるって決めてたの。だから、殺した。それだけじゃん。てか、刑事さんには関係無いよね?」
と、藤子は笑う。
確かに、藤子からしたら俺は第三者でしかないだろう。明智と綾子は繋がっていたが、明智と繋がっていた俺は綾子と接点がそれほどなかった。明智の事務所に行かなければ知り得なかったかも知れない。だが、こうして繋がっているのは何かの縁なのだろう。
それは置いておいたとしても、神津は完全に巻き込まれだし、明智もいってしまえば巻き込まれで、一般的な価値感や良心が欠如している綾子には何も響かないのだと分かった。
だからといって、許せるものじゃないし、それを押し通そうとするのは間違っている。
「ていうか~刑事さんの親友が死んだのは藤子のせいじゃないし、この事件に首を突っ込みさえしなければ、刑事さんは死ぬこと何てなかったのに、すっごい哀れ」
藤子はそう言うと、ポケットから手榴弾を取りだした。
「それじゃあ、始めよっか。楽しい、楽しいお遊戯を♡」
ドカン――
夕焼け色に染まる廃ビルに、耳をつんざく爆発音が響く。
パラパラとコンクリートの壁は崩れ、砂埃が舞った。
「――……綾子、おい、綾子大丈夫か!」
「あ、ああ、高嶺刑事が守ってくれたからな。高嶺刑事は?」
「俺のことは気にするな。は……よかった」
至近距離で爆風をくらい吹き飛ばされたが、手榴弾の中心から外れていたこともあって、俺達はかすり傷はしたものの、ほぼ無傷だった。俺は吹き飛ばされる際に、綾子を抱き込み、そのまま壁に激突する。これぐらいの痛みはよく感じてきたため、ヘでもない。
(しっかし、物騒すぎるな)
爆弾魔というだけあって、きっと他にも沢山の爆弾を所持しているに違いない。そう思うと、露骨に手が出せないと思った。自爆、というのはあの感じから見て無いと思う。少なくとも俺と二人で自爆とは、ならないだろう。
「あーそういうのダメなんだー綾子ちゃんを抱きしめていいのは、藤子だけなの!」
砂埃の中、そんな怒ったような声が響く。だが、何処にいるかまでは把握できなかった。
藤子は、鼻につく奴だが戦いになれている……そんな気がした。何処で経験を積んだのかは分からないが、隙を突くやり方や、用意の周到さは見習うべきだろう。頭が上がらない。
爆発の威力がそこまでだったのは、きっと自分が爆発に巻き込まれこのビルを崩壊させないためだろう。自分の逃走経路も確保していなければならないだろうし、計算し尽くされてんだろうと思う。
俺は起き上がりながら、周りを見渡せばフロアはかなり悲惨なことになっていた。綾子も咳き込みながら立ち上がり周囲を確認する。
「藤子は爆弾造りに長けているが、今ので分かったと思うが戦闘も優れている。だから、一筋縄ではいかない」
「だから?」
「二手に分れるというのはどうだろうか」
「……名案、と言いたいところだが、いいのか?」
「狙いは、高嶺刑事だけだろう。アタシなら大丈夫だ。きっと藤子なら痛めつけるが生け捕りにするはずだ」
「怖ぇよ、お前のダチ」
物騒な事をつらつらと言うところを見ると、やはり綾子も異常な部分を持っているのだと思う。誰しもそういう部分は何処かしらにあるのだろうが、綾子の場合物事を客観的、他人事のように捉える癖があるようだ。自分の命もただの数値になっているのかも知れない。
(それじゃ、いけねぇってこと知らねぇのか?)
まあ、こんな奴に付きまとわれているようじゃ感覚もおかしくなってしまうのだろうが、綾子には普通であって欲しい。
そんなことを思っていると、綾子は懐から拳銃を取りだし弾を装填した。
「おお、おい、何つぅもん持ってんだ」
「ああ、これか? これは、明智探偵の上司から借り受けた奴だ。何でも、明智探偵の父から、そして明智探偵に……そして、この拳銃は明智探偵の命を奪った拳銃でもある」
と、綾子は苦しそうにいって、目を背ける。
確かに、以前見せ貰ったような気がするデザインに、見覚えがあり、それで明智の命を……とそこまで考えると、俺まで辛くなってきた。それを今、綾子が持っている。その拳銃を、命を奪った相手に向けるということは、どういうことを意味するのだろうか。
「兎に角、アタシはこれがあれば大丈夫だ。だから、二手に分れるぞ、高嶺刑事」
「おう、絶対に死ぬなよ」
「フラグを立てるのはやめよう。高嶺刑事」
クスッと綾子は笑いながら、互いにフロアにある反対側の扉から出て行く。
正直、あの藤子に勝てる自信はないが、俺には俺の戦い方というものがある。俺は、腰につけていたホルスターから銃を取り出した。壁や、柱に隠れながら移動し、そのフロアに藤子がいないか確認して慎重に歩く。そうして、次に足を踏み入れたフロアにて藤子の姿を見つける。
「あ~あ、見つかっちゃった♡」
「鬼ごっこじゃねぇんだぞ! かかってこいや!」
「やぁーだ。多分、藤子は刑事さんには勝てないもん。だから、卑怯な手だって使っちゃう!」
そう言って、藤子は煙幕を投げつけてきた。
視界を奪われ、咳き込みながらその場を動けずにいると、後ろの方から足音が聞え、俺は攻撃に備える。煙を巻き込み、そしてその間を縫って蹴りが炸裂する。俺はそれを腕でガードし、後ろに下がる。
「あちゃぁ、やっぱダメかぁ。タフだね、刑事さん」
「悪いが、俺は明智よりも鍛えてるんでな!」
スッと右ストレートを打ち込んだが、宙を切るばかりで、そこに藤子はいなかった。上手く煙で姿を隠し、奇襲を仕掛けようという魂胆である。
(なら、フロアを変えるほかねぇな。これじゃ、不利だ)
俺はそう思い、次のフロアへ続く扉を開け階段を上った。
「あれぇ~誰だっけぇ? 鬼ごっこじゃないっていったのは」
「先回りかよ……!」
次のフロアに移動すれば、既にそこには藤子がいた。
藤子の作る爆弾の匂いはかなり独特で、キツく吸い込んだだけでむせ返る。そんなものを至近距離で浴びている藤子は平気な顔をしている。
藤子は俺が階段を上り切ったところで待ち構えており、手榴弾を投げてくる。それを間一髪で避け、階段の下に蹴り落としまた走り出す。藤子はそんな俺を見て楽しげに笑っていた。
それから、何個もの手榴弾をピンを抜いて投げてきたため、さすがに避けきることが出来ず、威力は小さいものの、至近距離であたりバランスを崩しコンクリートの地面に顔から突っ込んだ。
「あははは! だっさぁ~」
「……プッ」
ゲラゲラと笑う藤子の声がフロアに響き渡る。俺は立ち上がり、服についた埃を払う。口にたまった血を吐き出して、俺は藤子を睨み付けた。
(このままじゃ、ジリ貧だ……何とかして打開策を考えないと……)
すると、藤子は何か思いついたのかニタリと口元を歪めた。
「ねぇねぇ、刑事さん。刑事さんは何のために戦ってるの?」
「は? 質問か?」
「そーだよぉ、質問。藤子は綾子ちゃんのために刑事さんと戦ってるけど、刑事さんが藤子と戦う理由なんてなくない? 諦めたら? 藤子と綾子ちゃんが海外逃亡できたら、見逃してあげるから」
「それは、見逃してくれっていっているようなもんだろ」
そうともいうね~と、藤子はまたゲラゲラと腹を抱えて笑っていた。
何のために戦うか、愚問だ。
俺は口元を拭い、拳銃を強く握りしめた。正直身体は傷だらけでようやく痛みが身体に伝わりだし、動きも鈍ってきたところだった。だが、俺がここに立っているのは俺の為じゃない。俺が背負ってきたものを、彼奴らのために立っている。戦っているんだ。俺だけの戦いじゃない。
(別に彼奴らは仇を取ってくれなんて直接いったわけじゃねぇけど、これは俺のエゴで、彼奴らに誓った約束なんだ)
警察学校時代の同期を、これからもっと仲良くなれるかも知れなかったそいつの恋人も、ずっと大好きだった親友も、俺は色んな思いを背負っている。
一人だったら、お前らの思いや思い出が中ったらここには立っていられなかった。
「ダチのためだ。テメェが、綾子を愛してるって言うように、俺にも大好きだったダチがいたんだ。そのために、俺はここに立っている。お前を殺すためじゃなく、お前を捕まえる為にだ!」
そうだ、殺すなんて彼奴らは望んでいない。警察官として、犯人を無傷で制圧することが求められている。そう学んだ、染みついてきたそれに、誇りを胸に、俺は藤子に銃口を向ける。殺すためではない、威嚇だ。
藤子は顔を歪め、ポケットに手を突っ込んだ。また手榴弾を出すつもりだろうと、俺は一歩、また一歩と距離をつめる。至近距離であれば、彼奴もそのピンを抜かないと踏んだからだ。
「……刑事さん、藤子の嫌いなタイプだ」
「いいぜ、お前に好かれようとはしてねぇ」
「あっそ、じゃあ、死んでよッ!」
そう言って藤子が取りだしたのは手榴弾ではなく、拳銃だった。そのトリガーには既に指がかけられており、迷いなく俺に向ける。
(不味い……よけきれな――)
「高嶺刑事――ッ!」
バンッ!
銃声の音、そうして、ポタリポタリとコンクリートに垂れる血の音。
「あ……ぁ……」
ガシャン……と、藤子の持っていた拳銃は地面に落ち、藤子は肩を押さえながら顔を歪ませ後ろを振向いた。藤子の後ろには拳銃を構えた綾子がおり、彼女が発砲したものだと瞬時に理解する。
「りょ、綾子、ちゃん……何で?」
「藤子、もうやめよう。こんなこと」
綾子は拳銃をおろし、藤子に近付いてくる。藤子は近付くなとでも言うように後ずさるが、俺が後ろにいることに気がつき、逃げ場はないとさとる。
「こんなことをしてもアタシは藤子のことを好きにならない。だから、もうやめにしよう。アタシも藤子も傷つくだけだ」
「……そん、なの……だって、藤子は綾子ちゃんのために!」
藤子は歯をむき出しにし、痛いぐらいに叫んだ。
虚しい叫びがフロアにこだまする。
俺は、何かを言うべきではないと綾子と藤子の行く末を見守った。
綾子は、俺に小さく頭を下げると、藤子に手を差し伸べる。
「自首しよう。もう、こんなことやめるんだ。アタシは何処にも行かないから」
そう言って、差し伸べられた手を藤子はじっと見つめた。そうして、震える手で綾子の手を取ろうとしたとき、藤子はフッと口角を上げた。まさか、まだ何価格死もっているんじゃないかと、俺は綾子に近付こうとしたとき、先ほど綾子が入ってきた扉の方から凄い爆発音が響いた。ただの黒煙や匂いが広がるだけではなく、メラメラと燃える炎が見えた。
「綾子ちゃん逃げなよ。このまま、藤子と死んじゃう?」
藤子はニヤリと笑い、綾子を押しのけフロアの闇に消えていった。
「ま、待て、藤子!」
「おい、ダメだ。あっちに行ったら、煙に巻かれて死んじまう」
「で、でも、藤子が」
「……ッ」
藤子をおって走ろうとした綾子の腕を俺は引っ張った。
綾子は、普段では考えられないぐらい焦った表情で俺を見つめる。結局爆弾魔といっても、綾子のダチなのだ。
俺は、そう思い少しだけ彼女の腕を握っていた手を緩めた。
「いくのか?」
「あ、ああ……連れ戻しに」
「俺も」
「いいや、アタシだけでいく。これは、けじめだ」
と、綾子は俺の手を完全に振りきっていってしまった。
帰ってくる。そう言い残し、彼女も闇の中に消えていく。
俺はどうにかして彼女たちを追おうとしたが、また別のフロアで爆発音が響き、ビルが崩壊するんじゃないかと言うぐらいに揺れ出したため、外に出るべきか、と悩んだ。
(……待て、彼奴どうやって帰って来るつもりだ?)
向かうのは簡単だ、だが逃げる道は?
「彼奴、まさか――!」
そう考えたとき、嫌な想像が頭を巡り、最後に見た綾子の顔を思い出し、俺は炎が渦巻くビルのフロアを全力で駆けだした。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!