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ギルドの扉をくぐると、カイルたちの前に広がったのは、朝とは思えないほど活気に満ちた光景だった。
室内には冒険者がひしめき合い、あちこちで地図や資料を囲んでの打ち合わせや、武器の整備をしている様子が見て取れる。依頼掲示板には新しい紙が何枚も追加されていて、貼り替えの音がパタパタと響いていた。
「今日は珍しいですね。」
厄災が段々大きくなっていってるのかもしれませんね……
「ええ。魔物が昨日から大量に発生してるのを聞きました。」
ゼリアが短く答えるその横で、カイルは眉をひそめた。
「なら、ダンジョン選んで正解だったね。」
よかったあ。昨日みたいな経験はもうしたくないからね
背筋にうっすらと冷たい記憶がよぎる。
狼に襲われ、ハニートラップに引っかかり、焼かれそうになって死にかけた。二度とあんな経験はごめんだね。 ハニートラップは悪くなかったけどさ。
「今日のダンジョンは昨日みたいなことは起きませんからね。安心してください。」
エリーゼがきっぱりと断言する。その頼もしさに、彼の表情も少しだけ持ち直した。
「ようやく、俺の力を出せるときが来たか。」
拳を握って胸を張るが、すかさず横から冷たい声が聞こえた。
「お前に力はないだろ。」
「見せてやるよ!俺の能力を!」
「何を言ってるんだお前は。」
「早く受付に行きましょうか。」
呆れたように会話を切り上げ、まっすぐ受付に向かって歩き出す。
カウンターの奥には、今日も変わらず微笑みを湛えたギルド職員のリーズの姿があった。
その姿を見つけた瞬間、カイルは素早く駆け寄る。
「おはよう。リーズちゃん。今日も可愛いね。」
「おはようございます。今日の依頼はダンジョンですよね。すぐに準備いたします。」
にこやかに応じる彼女の所作は手慣れていて、書類をまとめ、細やかな動きで準備を進めていく。
「カイルさん達が受けるダンジョンは”始まりの歴史”と言われるダンジョンです。整備されているので安全ですが、油断せずに行動してくださいね」
慎重な口調で伝えてきた。書類を抱えるその手は慣れていながらも、どこか緊張を含んでいるように見えた。
「分かってるよ、リーズちゃん!俺に任せてくれ!」
カイルがウィンクとともに親指を立てる。
その背後ではエリーゼとゼリアが揃って申し訳なさそうに頭を下げていた。
「皆さんのご無事をお祈りしています」
リーズが小さく目を丸くしながらも、微笑みで送り出してくれる。
「それじゃあ、行こうぜ!」
俺はチート持ってるはずだから、俺だけレベルアップとかできるようになるのかな。なんか想像しただけでワクワクしちゃう!!
「ちょっと待ってください。」
エリーゼの声が背中を引き留めた。
「どうしたの?」
「このダンジョンは4人で行こうと思ってるんですよ。」
「そうなんだ。後一人はどうするの?」
「こっちから、誘おうかと思ってます。入れたい職業は魔法使いですね」
その言葉が全体に届くと、ギルドの空気が変わった。
「お前行ってもいいぞ。今日のクエストは俺らだけでやるから。エリーゼちゃんの住所を聞くんだ。」
「今すぐ魔法使いになってくる。」
「いいんですか!?10年も剣士をやってきたんですよ!!」
「安いもんだ。剣の一本くらい。」
瞬く間に、あちこちの椅子から立ち上がる者たち。奥の掲示板付近、階段の途中、果ては天井近くの手すりからアピールし始める者がいた。
「私の得意魔法は火魔法です!食事のときに使えますよ!」
「私は中級魔術まで使えます!水魔法であなたの体を洗わせてください!!」
「私の得意魔法は魅了です……」
冒険者たちがなだれ込むように集まり始め、広場の中心には魔導師の花畑のような風景が完成していた。
カイル達はその勢いに思わず一歩引いた。
「なんで、こんなに入りたい人が多いの?」
「エリーゼさんの強さが、すでに広まってるんだろうな」
ゼリアの目は、押し寄せる応募者の“目当て”が何なのか、完全に把握していた。
前から噂はあった。美人な騎士がギルドにいるらしいと。しかし狼との戦い以来、その名は一気に広がった。
“最強で、最強に可愛い”
そう語られるその人こそ、今まさにその場に立っているエリーゼだった。
「俺じゃねえのかよ」
ぽつりと落ち込むカイルの声が、場にまったく響かない。エリーゼは、周囲の熱気に少しだけ目を丸くしながら、小首をかしげる。
「私って……そんなに強いでしょうか?そこまでじゃないと思うんですけどねえ」
その謙遜の仕草が逆に破壊力を増して、さらに周囲をざわつかせた。
「謙虚で強くて可愛いってなんなんだよ!」
「俺、今日のクエストが終わったらあの子に告白するって決めたんだ。」
「それはやめろ!フラグになるから!!」
やがて、エリーゼが一歩前に出て、柔らかい声で告げた。
「この中でEランクの人はいますか?」
その言葉に、会場の半分ほどが一斉に手を挙げた。
「私Eランクです……」
「私もよ!最速でEランクになったから、誰よりも強いわ!
「俺もだ!エリーゼちゃんのために今、魔法使いになってきたんだぞ!」
減らない。まったく減らない。
エリーゼとゼリアが互いに視線を交わしながら小さく息を吐く横で、カイルはもう迷いもなく顔を上げていた。
「さっきの、魅了魔法を使える人!出てきなさい!!」
人垣がざわめき、わずかに空いた隙間を縫うようにして、一人の少女が足を運ぶ。歩みは慎重だが、足取りは揺れていない。
濃い緑色のとんがり帽子。長いつばの丸い黒縁メガネ。その奥に伏し目がちな瞳が揺れる。
だが視線を落とせば、胸元は大きく開き、谷間がはっきりと覗いている。腰回りは布地が薄く、まるでチャイナドレスのようにスリットが深く切られ、その奥の太ももまでも透けて見えた。
周りの男たちが思わず息を呑むのがわかった。
少女は少しだけ伏し目を落とす。だが声は揺れない。
「ラシアと申します。魅了…..専門の魔導師です。」
「ラシアちゃんね。」
カイルの頬がわずかに緩む。
やっぱりな。俺のセンサーが美女を逃すはずがない。しかし、なんてセェクシーな格好なんだ。
鼻の下をのばしてにやける彼を横目に、エリーゼは申し訳なさそうにラシアへと軽く頭を下げた。
「申し訳ありませんが…..魅了の魔法は求めてないんですよね….」
その言葉に、空気がふっと変わった。ラシアの肩が小さくすくみ、視線が足元に落ちる。
「魅了以外にも使えるでしょ?そうだよね?そうらしいよ、エリーゼ?」
このままじゃ、この子と話せなくなる。それたけは避けねば!!
それにしても胸大きいな。
「….まだ何も言ってないだろ」
ゼリアがそう言うと、ラシアはとんがり帽子を深く被った。
「そうですよね….私…..弱いですもんね…..」
丸眼鏡の奥の瞳が潤む。隠しきれない悔しさが、目ににじんでいた。周囲の男冒険者たちもどこかもどかしそうに視線を交わしている。
「….もういいでしょ!うちのパーティーに入れさせてやってくれよ!」
朝からこんな悲しい気分になりたくないよ!! 胸揺れてるな。
「そうですね。他に使える魔法はありますか?」
エリーゼの問いかけにラシアがはっと顔を上げる。恥じらいと希望が入り混じった声が返ってくる。
「….火魔法なら使えます!」
その言葉に、エリーゼはしばらく沈黙したのち、静かに頷いた。
「なら、大丈夫ですね。一緒に行きましょうか」
「ありがとうございます!」
ぱあっと表情が明るくなったラシアが、まっすぐカイルの方へ歩み寄り、勢いよく両手で彼の手を握った。
「よろしくお願いしますね」
「お…..おん」
冷静を装おうとしたものの、視線は明後日の方向を泳ぎ、耳の先まで真っ赤だった。
胸が当たってるんですけど!!最高ですなぁ!!絶対ダンジョン早く終わらせて二人でイチャイチャしてやる!!
「早く行こうぜ!」
握った手を離さぬまま、カイルとラシアは一足先にギルドの扉を押し開けた。それを見送ったエリーゼとゼリアが、同時に小さくため息をつく。
「….本当に大丈夫でしょうか?なにか、裏があるようにしか見えないんですが..」
ゼリアの呟きに、エリーゼも神妙に頷く。
さっき私が断ったとき、一瞬だけど、とても冷たい目をしていましたもんね……
「なにより、カイルさんを狙ってる時点で怪しいですからね。」
「確かに。あのクズを好きになるなんて、あり得ない話です。」
ギルドの外へと足を踏み出す二人。その背中にはまだどこか、疑いの影がちらついていた。
早く金稼ぎてぇ。
ぼーっと掲示板を眺めながら、ラシアはそう思っていた。
せっかくこんな格好してんのに、寄ってくるのは変な男ばっか。
前、寄生してた杉本とかいうやつ、魅了かけて使ったのに、盗作で飛ばされて終わりとかマジで使えない。この服もらった時点で縁切っときゃよかったわ。。”色”に釣られたくせに、”色”に見合う価値も無いとか、終わってんだろ。
まあ、目立つからいいけど。使い捨てなんて最初からわかってたし。
突っ立ったまま眺めてると、視界の端に、妙に品のある女の後ろ姿が映った。
あれが、エリーゼ。あの噂の騎士様ってやつか。そっちの器に乗っかるのも、悪くないかもね。
けど、近づく理由が無い。無理に絡めば戒されるだけ。その程度のこと、私だってわかる。…..なのに。よりによって、あの間抜け面の男が、私をパーティーに誘ってきた。
笑っちゃうわね。
どうせなら、このままエリーゼにすり寄って、人気に便乗してやる。馬鹿な男でも、うまく転がせば、意外と使い道あるもんよ。
は?いらないって何よ。こっちは静かに踏み台にしてやってんのに、調子乗ってんじゃないわよクソアマ。まぁ、あの馬鹿が粘ってくれたおかげで拾ってもらえたけど。丸眼鏡で泣きそうなキャラ作っとけば、誰にでも効果あることは知ってるし。
周りの男も悲しそうな目で見てくる。ブサイクばっかだな。….にしても、手ずっと握ってくんのマジで無理。
胸当ててアピったのミスったわ、まさか、こんなの早く釣れるとは思ってなかったし。ほんと、杉本と何が違うんだか。
あーあ、こういう男に限って「運命かも」とか思ってんだろうな。
笑える。