「昔から可愛いって言ってたもんね。会社じゃ鬼だって言われているのに、あの子だけ懐いてくれたんでしょ?」
「何その言い方!まぁ、そう。頑張り屋さんだし、他人の嫌な仕事もしちゃうし、残業も任されちゃうし……。でも文句一つ言わないし、私のことも認めてくれるし……。あんな妹が欲しかったなぁ」
「ごめんなさいね、こんな《《弟》》で?」
まぁまぁ二人とも……とやり取りを聞いていた蘭子が話しに割って入る。
「で、実際あの子大丈夫かしら?私も初対面だけど、桜ちゃんのこと嫌いじゃないわ。純粋無垢って感じがするし、裏表がなさそうだし。今の若い子みたいにトゲトゲしていないし。食べちゃいたい!」
フフっと笑うママにやめて下さいと椿と遥は二人でツッコみをいれた。
「あら失礼ね」
フンっと鼻を鳴らすママ。
「私に絆創膏を貼ってくれた時にね、ちょっと見えたわ。両手首に痣があった。彼氏の話をする時は表情が変わったような気がするの。だからやっぱり……」
暴力を受けているかもね……とポツリ呟く。
「私じゃ何も話してくれないのっ、だからあんた、信用されているみたいだし、またお店誘うから聞き出してよ!私の可愛い桜に何かあったら嫌なの!」
ふぅとため息を漏らし
「わかったわよ。一応、お姉ちゃんの頼みだし?私も……。桜ちゃんのこと嫌いじゃないわ。次郎みたいで可愛いし……」
ハハっと笑う彼女(彼)に
「あんた、本当に桜のことを犬だと思っているから蕁麻疹が出なかったんじゃないでしょうね?」
遥は睨みつけた。
「そんなの知らないわよ。私の身体に聞いてちょうだい?お姉ちゃん以外の女の子を触って蕁麻疹が出来ないのなんて……。ホント久しぶりだから、私の細胞があの子のこと、次郎だと思っているのかしら?」
不思議よね……と椿自身も今までにないような感覚を抱いているようだった。
「とにかく、今度来たらまたお願いね!」
遥は一言だけそう言い残し、お店から出て行った。
次の日――。
ガチャっと玄関が開く音がした。
早朝、ベッドでまだ寝ていたが音に気付いて起きた。
迎えに行かなかったら、機嫌が悪い時はまた――。
その恐怖で朝方はよく眠れなかった。
「おかえりなさい」
声をかけるも優人は返事さえもしてくれない。
私が昨日BARへ行った後も、優人は帰って来なかった。
朝まで飲んでたんだもん、疲れるよね?
そう自分へ言い聞かせる。
「これ、洗濯しといて。風呂入ってくるから」
そう言われ、ワイシャツを渡される。
他の物と洗濯をして色落ちをしたら困るということなのだろう。
でも……。
お酒の席に居たにも関わらず、タバコとかお酒の匂いが全然しない。
ずっと着てたら少しはしてもいいはずなのに。
優人がシャワーを浴びたことを確認し、ワイシャツとスーツの匂いを嗅ぐ。やっぱり……。
逆に良い匂いがする。それは優人が付けない香水の匂いだった。
私って鼻が良い?
だから椿さんにも犬っぽいって言われるのかな。
あれ……。
ワイシャツに付いていた、茶色の長い一本の髪の毛。
これって女の人の?まさか、浮気してる?
ううん、確証がないのにそんなことを聞いたらまた怒られる。
疑いの気持ちが広がったが、本人には何も訊ねることはせず、いつも通りの態度を取ることにした。
月曜日――。
「おはようございます、水瀬先輩」
出勤し、すでに自席に座っていた遥さんに挨拶をする。
「おはようございます。ちょっと時間ある?」
そう言われ、廊下に呼び出された。
「金曜日は大丈夫だった?」
「はい!とても楽しかったです。気分転換になったし……。それに私、椿さんのファンになっちゃいました!」
私の発言を聞き、片手に飲んでいた珈琲を吹き出しそうになる遥さんの背中をさする。
「ゴホッ……。え゛……。あんなやつのどこがいいの?」
まだ咽ている。
「えっと、私にはない女性らしさと気配りとか……。また会いたいです!」
椿さんの笑顔を思い出すとドキドキする。
「私、熱狂的に好きな芸能人とか今までいなかったので……。こんな気持ちになるのかなって?憧れというか」
残っていた珈琲を飲みながら
「うん。楽しんでもらえたのなら良かったけど。また行く?」
「はい!ぜひ!あと仕事とは関係ないんですけど、先輩に相談したいことがあって……。また聞いてください」
優人のこと、相談する人が誰もいない。遥さんなら的確なアドバイスがもらえる。
やっぱり、浮気しているのかな。
私の勘がおかしいのか聞きたかった。