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萩原なちち
「おはようしゅうと。そろそろお寝坊すぎるんじゃない?」
「ん……おはようございます。だいきさんが、早起きすぎるんじゃないんですかぁ……?」
だいきさんの声がする方へ寝返りを打ちながら、冗談まじりに答える。
「人をおじいさん扱いすんな」って返ってくる声は、どこまでも優しくて。
付き合って半年。この人は、相変わらず……というか、付き合う前よりずっと、僕に甘い。
「ほんともう、10時になるよ? 映画行かないの?」
「まだ10時でしょう。あと一時間はゆっくりできません?」
「そんなギリギリじゃ、支度間に合わないじゃん」
とか言いながら、僕のTシャツの裾から器用に手を突っ込んでくる。
ほら、だいきさんだって用意する気なんてさらさらないやん。……って、あれ?
「……僕、パンツ穿いて寝ませんでした?」
なんなら、ズボンも穿いていた記憶がある。だいきさんはガンガンに冷房をかけないと眠れない人だから、僕は自衛していたはずなのに。
「ん? なんかぁ……可愛いから、Tシャツ一枚にしちゃった」
「可愛いの可能性、探りすぎやろ」
「え、だって見て! めっちゃ可愛いじゃん」
「うわっ……!」
急にタオルケットを剥ぎ取られたかと思えば、僕のそこは、朝の生理現象で律儀に「おはよう」していた。
オーバーサイズのTシャツの裾から覗く無防備すぎる姿。朝からこんな羞恥プレイ、ある……?
「最悪。……通報したろかな」
「えー、するなら、食べた後にして?」
「ん、もうっ……!」
抗議する間もなく顔を埋められ、一気にお口に閉じ込められる。
最初の頃は「シャワー浴びないとダメ」なんて言ってたのに、今はもうお構いなし。隙あらば、すぐにこうして食べてしまうんやから。
「あっ……だめ、出ます、あっっ……!」
「ん……っ! ふぅ……全部飲んだよ。ねぇ、褒めて?」
「……もう! それはほんまに辞めてっていっつも言うてるのに!」
口の中を見せつけるように舌を出して笑うだいきさん。
そのままキスを強要される僕の身にもなってほしい。……だって美味しくない味するやん。
結局、苦笑いしながらそれを受け入れてしまう自分も嫌なんやけど。
ちゅっとわざと音を立てて、唇が離れる。
お返しにとだいきさんの中心に手を伸ばそうとすると、「そんなことしなくていいの」といつものようにかわされた。
僕だって、朝からだいきさんに触れたくて仕方ないのに。
「ほら、顔洗っておいで。朝ごはん、もう買ってきといたから」
「え……一緒に買いに行きたかったのに」
「だって、しゅうと昨日も残業だったでしょ? ゆっくり寝かせてあげたいじゃん」
「ううぅ~……」
悔しくて唸り声を上げると、犬をあやすみたいに髪をわしゃわしゃと撫でられた。
幸せ。間違いなく幸せなんやけど……何かが、少しずつズレているような気がする。
他人同士なんだから、考え方が違うのは当たり前。
でも、この小さな違和感が、胸の奥で静かにモヤを広げているのは……きっと、嘘じゃない。
「髪、めっちゃ跳ねてる」
「髪あんまり乾かさないうちに、だいきさんがベッドに引きずり込むからでしょ?」
目の前には、空になったお弁当の容器。
それを早々に片付けた本人は、僕の跳ね狂った髪を一生懸命に直してくれている。
……違う。違うねん。
僕の髪なんてどうでもいい。僕はただ、だいきさんと一緒に「いただきます」をして、並んでお弁当を食べたかっただけなのに。
「どうしたの? 体調悪い?」
顔を覗き込まれても、本音を言えばいつもの調子でかわされてしまう気がして。
セックスばかりになるのを避けているのか、休日は必ず外に連れ出される。食事は外食か、家ならお弁当。
「好きな人とスーパーで食材を選んで、お家で一緒にご飯を作る」
そんな、簡単そうで一番幸せな僕の夢は、半年経ってもまだ叶えられないままだ。
「……僕、もうすぐ誕生日なんです。その日だけ、僕のわがまま、聞いてもらえませんか?」
「え、俺もうその日、レストラン予約しちゃったんだけど。ほら、テーマパークのチケットも買っちゃったし」
マジか。
本当に、この人ほど優しさが空回りしている人はいないと思う。
僕を大好きでいてくれることも、一番に考えてくれていることも痛いほど伝わるから、自分がどれだけ贅沢なことを言っているのかも分かっているけれど。
「……ありがとうございます。じゃあ、いいです」
あ、今の言い方はまずかった。
いくらだいきさんでも、今のはイラッとしたはず。最悪だ。
大好きな人に甘やかされて、僕は調子に乗っているのかもしれない。付き合う前の、あの謙虚さを思い出さないと。
「……ごめんね。喜ぶと思って先走っちゃって。じゃあ、これはいっちゃん達にあげよう。レストランも二人にプレゼントってことで」
「……だいきさん」
どこまでも優しい彼に、申し訳なさがこみ上げる。
僕は、間違ってるんかな。こんなに素敵な人に、自分の我儘を押し付けるなんて。
「……もしかしてさ、映画もあんまり乗り気じゃなかった? 貴重な休みなのに、家でゆっくり寝たかったよね。疲れてるのに無理に泊まらせてごめん。あ、俺、これ食べたら家まで送ってくわ。昨日のしゅうとの服ももうすぐ乾燥終わるし、見てくる……」
「待って、だいきさん! 僕、そんなこと一言も言ってない!」
立ち上がりかけただいきさんの腕を、咄嗟に掴む。
久々に見た。だいきさん、追い詰められて焦ると早口になってめちゃくちゃ喋るんだ。
……出会った頃、僕が『カレンちゃん』だった時にも、こんなことがあったな。
でもあの時と決定的に違うのは、投げられる言葉が全部、僕への優しさで溢れていること。
かつての『ゲスいだいきさん』は、もうどこにもいなかった。
「……ごめん。ちょっと、落ち着くわ」
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