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第194話:結愛の絶句〜エウリアンの真実と、崩れ去る社長のプライド〜
「ぎゃああああああああああああああああああああああああっ!?」
北海道、帯広市。
築三十年のボロアパート、四畳半の部屋に、40歳社長の情けない悲鳴が響き渡った。
会社の経費で落ちない。
それどころか、月給10万円の俺の個人口座から、夏と冬のボーナス月に『18万円』が強制引き落としされる地獄のローン契約。
俺——株式会社インフィニティ・ワン代表取締役社長、秋谷雪(40歳)は、限界を迎えた三万円のゲーミングチェアから転げ落ち、カビ臭い畳の上で頭を抱えていた。
「ま、待て! 待ってくれ結愛(ゆあ)! 経費で落ちないのは百歩譲って受け入れよう! だが、これはただの借金じゃない! 価値ある芸術への『投資』なんだ!」
俺は、這いつくばったままPCモニターのマイクに向かって叫んだ。
「この版画は、ファン〇ジ〇文庫で大人気のあの神絵師の作品だぞ!? いざとなったら転売すれば、300万円以上の価値がつく資産なんだよ!」
そうだ。あのタイトな黒スーツの美人営業スタッフも言っていた。
「社長様の審美眼でお選びになったこの作品は、将来的に必ず価値が上がりますよ」と。
俺の言葉を聞き、ディスコードの向こう側にいる冷徹秘書・結愛は、氷のように冷たい声で問い返してきた。
『……念のためお伺いしますが。その版画、どこの会社から購入したのですか?』
「駅前の『とかちプラザ』でやってた展示会だよ! 主催は【ノールビバン社】だ! ネットでWEB予約したら、無料でクリアファイルもくれた優良企業だぜ!」
俺が自信満々に答えた、その瞬間。
PCモニターの向こう側が、ふっと静まり返った。
いつもなら、間髪入れずにタイピング音と共に論破してくる結愛が、完全に沈黙したのだ。
「ゆ、結愛……?」
十秒ほどの、恐ろしいほどの静寂。
やがて、スピーカーから聞こえてきたのは、これまで聞いたこともないような、結愛の【深すぎるため息】だった。
『……ルシフェル様。貴方という人は、なぜそうも古典的な詐欺まがいの商法に、自ら喜んで飛び込んでいくのですか?』
「さ、詐欺まがい!? 失礼なことを言うな! あの会場にいた綺麗なお姉さんたちは、俺のことを一流の経営者だって、何度も尊敬の眼差しで褒めてくれたんだぞ!」
俺の猛反発に対し、結愛の声はどこまでも冷酷だった。
『……【エウリアン】。別名、絵画商法。社長は、その言葉すら知らないのですね?』
「エウリアン……?」
『はい。無料のポスターやクリアファイルでアニメ好きのオタクを会場に釣り上げ、美人の営業スタッフがマンツーマンで自尊心をくすぐる。そして、閉鎖空間のブースに連れ込み、断りきれない空気を醸成して、法外な価格の版画のローンを組ませる……。数十年前から存在する、悪名高きビジネスモデルです』
「なっ……」
俺の心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。
『彼女たちがターゲットにするのは、「本当のお金持ち」ではありません。プライドが高く、見栄っ張りで、女性に褒められることに免疫がない【気の弱い男性】です』
「ち、違う! 俺は経営者としてのオーラがあったから、特別にVIPルームに案内されて……!」
『特別ではありません。カモがネギを背負って、自ら鍋の中に入ってきただけです。だからこそ、法人の審査が落ちた後も、なんとかして貴方【個人】に借金を背負わせようと誘導したのでしょう?』
結愛の言葉は、恐ろしいほどに正確に、あの会場での出来事を言い当てていた。
俺の脳裏に、あの美人スタッフの顔が浮かぶ。
『社長様なら、月に一回ちょっといいランチを我慢する程度ですよね?』
『社長様のオーラを見ていたら、どうしてもお見せしたくなってしまって』
『秋谷社長様は器が違います!!』
あれは、俺の経営者としての才能を認めていたわけじゃない。
俺の『見栄っ張りで断れない性格』を的確に見抜き、300万円のローンを組ませるための、ただの【営業トーク】だったというのか。
「う、嘘だ……。だって、この絵は本物だぞ! 神絵師の描いた、世界で数枚しかない限定品の……!」
『社長。現実から目を背けないでください。今すぐ、スマホでメルカリかヤフオクを開き、その版画の作品名で検索をかけてみてください』
俺は震える手でスマホを取り出し、言われた通りにフリマアプリで検索窓に文字を打ち込んだ。
検索結果が表示される。
そこには、俺が今まさに100万円のローンを組んで持ち帰ってきた『桜舞う美少女の版画』と全く同じものが、いくつも出品されていた。
『……販売価格は、いくらになっていますか?』
結愛の問いかけに、俺の口から魂が抜け出た。
「に、にまん……えん……」
『それが、その版画の【市場価値】です。特殊な印刷とはいえ、所詮は大量生産されたポスターの豪華版。美術品としての資産価値などゼロに等しく、買取業者に持ち込んでも数千円になればいい方でしょう』
スマホの画面から、無慈悲な現実が突きつけられる。
市場価値2万円の印刷物を、俺は100万円のフルローン(しかも金利手数料が乗って総額165万)で買わされた。
しかも、それを3枚も。
「あ、ああ……あぁぁぁ……っ」
俺は、スマホを取り落とし、畳の上でうずくまった。
「俺は……俺は……一流のプロデューサーなんかじゃなかった……。三億円の器なんて、ただの幻想だったんだ……っ」
『ええ。貴方はただの、月給10万円のチョロい40歳です』
美人営業マンの香水の匂いも、VIP待遇の優越感も、すべては幻。
残ったのは、四畳半の極貧アパートの面積を圧迫する、3枚の巨大なアクリル板と。
俺の人生を完全に終わらせる、10年間の極悪ローンの契約書だけ。
壁に立てかけられた、総額300万円の美少女の版画たち。
極彩色の彼女たちは、畳の上に崩れ落ちた俺を見下ろしながら、まるでこう言って冷たく嘲笑っているようだった。
——『本当にバカな男ね、スーパーボトム社長』と。
コメント
1件
あらら…ついに社長がエウリアンに引っかかっちゃったか😂 でもさ、こういう「プライド高いオタクが美人営業にチョロい」構図、めっちゃリアルで笑ったわ。結愛のため息がめっちゃ深くて草。市場価値2万を100万ローン×3枚って…泥沼っぷりが笑えるけどホラーでもあるな。次、社長どうやって這い上がるんだろ🔥
まう
104
81
魚卵
75
ゆうき あきや
4,132