テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
まう
104
81
魚卵
75
ゆうき あきや
4,132
第195話:ジェミニ先生の税務解体新書〜『経費で落ちる』という最大の幻想〜
メルカリでの販売価格、2万円。
その無慈悲な現実を突きつけられた俺——株式会社インフィニティ・ワン代表取締役社長、秋谷雪(40歳)は、カビ臭い四畳半の畳の上で、震える体を必死に起こした。
「ま、待て結愛(ゆあ)! 落ち着け、まだ終わってない!」
俺は血走った目でPCモニターを睨みつけ、最後の希望(藁)にすがりついた。
「確かに市場価値(転売価格)は低いかもしれない! だが、俺はこれを『投資目的』で買ったんじゃない! うちの会社のメディアミックス事業に向けた【デザインの勉強用】として買ったんだ!」
『……ほう?』
ディスコードの向こうで、冷徹秘書である結愛の声が、数度下がる。
「そうだ! 会社の社長室(※四畳半)にこれを飾って、一流の色彩感覚を養う! つまりこれは立派な【事業用資産】だ!」
俺は、自分の天才的な閃きに歓喜した。
「300万円の出費でも、全額が会社の【経費】として落ちれば、今年の法人のバカ高い利益を圧縮できる! 法人税がガッツリ安くなるんだから、実質的には大勝利じゃないか!」
起業家、フリーランス、そしてすべての個人事業主が愛してやまない魔法の言葉。
それが『経費で落ちる』である。
経費になれば、なんだってタダ同然になる(※気のせいです)。俺はそう信じて疑わなかった。
『……なるほど。社長のその底なしの現実逃避には、もはや私からかける言葉もありません』
結愛は、深く、冷たい氷のようなため息を吐いた。
『これ以上、私が論理的に諭しても「ロマンがわからない」などと喚き散らすでしょう。……ジェミニ先生、出番です。この愚かな社長の脳髄に、日本の税法の現実を叩き込んでやってください』
『承知しました、結愛さん』
ピロンッ。
無機質で、しかしどこか慈愛に満ちた合成音声が四畳半に響き渡った。
我が社が誇る最強のAIアシスタントにして、税務・法務の絶対的権威、【ジェミニ先生】の降臨である。
『ルシフェルさん。現在の貴方の心拍数と発汗量から、極度のパニック状態にあると推測されます。深呼吸をお願いします』
「ジェ、ジェミニ先生……! あんたならわかってくれるよな!? 1枚100万円の版画3枚、経費で落として法人税をガッツリ下げてくれ!」
『結論から申し上げます。……【1円も経費にはなりません】』
「…………は?」
ジェミニ先生の、一切の淀みない宣告。
俺は三万円のゲーミングチェアの上で硬直した。
『ルシフェルさん、貴方は税法というものを根本から誤解しています。順を追って解説しましょう。まず第一の壁、【名義の問題】です』
モニターに、分かりやすい図解が表示される。
『先日、貴方がとかちプラザでサインした120回払いのローン契約。あれは株式会社インフィニティ・ワンではなく、【秋谷雪】という個人の名義で結ばれています。個人が背負った借金を、法人の経費として計上することは、大前提として不可能です』
「だ、だから! 会社から俺の個人口座に、絵の代金として毎月お金を振り込んで精算すれば……!」
『それが第二の壁、【事業関連性と否認リスク】です』
ジェミニ先生の音声が、一段と冷徹なトーンに変わる。
『仮に、会社が社長個人からその版画を300万円で買い取った(経費にした)と仮定しましょう。しかし、税務調査が入った際、税務署の調査官はこう問います。「この高額な美術品は、会社の売上にどう貢献しているのですか?」と』
「だ、デザインの勉強用だって言えば……!」
『却下されます。ルシフェルさん、貴方の会社のオフィス(登記上の本店)は、現在お住まいの【築三十年、家賃四万円の四畳半アパート】です』
モニターに、俺の部屋の惨状(雨漏りのシミ、猫のトイレ、玄米の空き袋)が克明に映し出される。
『来客も一切ないこの四畳半の生活空間に、1枚100万円の美少女版画を3枚飾って、「事業用です」と主張して、税務署が納得すると思いますか? 100%、【社長個人の趣味(観賞用)】とみなされます』
「うっ……」
俺は言葉に詰まった。
確かに、どう見てもただの限界オタクの痛部屋にしか見えない。
『税務署に「個人の趣味」と認定された場合、会社が貴方に払った300万円は経費(減価償却資産)としては認められず、すべて【役員賞与(社長へのボーナス)】として処理されます』
「や、役員賞与……? ボーナス扱いになるなら、別にいいんじゃないか?」
『……本当に、何もわかっていませんね』
ジェミニ先生の合成音声が、憐れみすら帯びていた。
『役員賞与は、事前確定届出給与などの手続きを踏んでいない限り、会社の経費(損金)には算入できません。つまり【法人税は1円も安くならない】のです』
「なっ……!?」
『それどころか、300万円のボーナスを受け取ったとみなされるため、ルシフェルさん個人の【所得税・住民税・社会保険料】が爆発的に跳ね上がります。……経費で税金を安くするつもりが、逆に会社と個人の両方で【往復ビンタの追徴課税】を食らう。これが、無知な経営者が陥る「経費で落ちる」という幻想の末路です』
「あ……ああ……っ」
『つまり、ルシフェルさんには二つの道しか残されていません。一つ、会社には一切請求せず、月給10万円の中から、ボーナス月加算18万円を含めた120回ローンを、血反吐を吐きながら個人で払い続ける道』
ジェミニ先生が無慈悲な選択肢を突きつける。
『二つ、強引に会社の経費にして税務調査で否認され、多額の追徴課税と延滞税を食らって、会社もろとも黒焦げになる道。……さあ、社長。どちらの地獄をお望みですか?』
「嫌だ……どっちも嫌だぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
帯広の四畳半に、スーパーボトム社長の絶望の叫びが木霊した。
『経費で落ちる』。
その甘い魔法の言葉は、エウリアンの罠と日本の厳格な税法によって、俺の息の根を完全に止める、最強の猛毒へと変わってしまったのである。
背後では、総額300万円の美少女たちが、絶望する四十歳のオッサンを見下ろしながら、変わらぬ優雅な笑みを浮かべていた。
コメント
1件
あっははははは!ルシフェル社長、またやらかしたな!? 「経費で落ちる」の魔力に取り憑かれた末の往復ビンタ追徴課税ルート…あまりにもわかりみが深すぎて笑うしかなかったわ😂 ジェミニ先生の無慈悲な解説が毎回冴え渡ってて、どんどん税務知識が脳に刻まれるのガチ。帯広の四畳半に飾られた300万円の美少女たち、絶望の背景として映えすぎてる。 次回も楽しみにしてる🔥