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そんなことがあってから、僕と真帆は久しぶりに部室|(という名の元地下研究室)に向かった。
その道中、僕らは全くひと言も口にすることはなかった。
これから先、自分たちはどうなっていくのか、どうするべきなのか、そんなことばかりを考えながら歩いていたと思う。
きっとそれは真帆も同じで、真帆もまた僕と並んで歩きながら、神妙な面持ちで部室までの道のりを黙々と歩いていた。
真帆だって、普段おちゃらけたようなことばかりしているけれど、全く考えない人間ってわけではない。口に出さないだけで、たくさんの悩みを抱えていることだろう。それは僕にすらわからないように自分の中に隠していて、普段は決して表に出さないようにしているのかも知れない。
それなのに、今日の真帆は僕の言葉によってその隠していた気持ちを表に出してしまった。
本当に申し訳ないことをしてしまったと、ただただ自己嫌悪に駆られてしまうのだった。
はたして真帆はいつ自分の事実を知ったのだろう。
以前から知っていたのだろうか。
それとも、乙守先生から聞かされたのだろうか。
あの様子だと、たぶんここ最近になってその事実を知らされたのではないかと僕は思う。
魔力の高いものは若さを長く保っていられる、というのはいつだったか聞いた覚えはあるのだけれど、それが寿命にまでここまで関与してくるだなんて思ってもいなかった。
乙守先生の年齢が二百を超えているのであれば、はたして真帆は何歳まで生き続けることになるのだろう。
真帆の中に巣食う夢魔の魔力は、実際のところ、どれほどのものなのだろうか。
昨年対峙した時のことを思い出せばこそ、それが重く胸にのしかかってくる。
重たい、本当に重たいため息が漏れるのだった。
お互いに黙り込んだまま部室に入れば、先に来ていた鐘撞さんと肥田木さんが楽しそうにお茶を飲んでいるところだった。
なんとも普段通りというか、呑気な光景である。
「あ! ずるい! 私も飲みたいです!」
途端に真帆がいつものテンションで声を上げれば、
「あっ、真帆先輩。どうしたんですか、最近きてなかったじゃないですか。ちょっと待っててくださいね、すぐ淹れてきますので」
鐘撞さんがすっとソファから腰を上げ、部屋の片隅に置かれた小さな卓上コンロへ小走りに駆けて行った。
真帆は床の上に通学鞄を放り投げるように置くと、肥田木さんの隣に腰かけて、
「あぁ! しかも順子さんのところのミラクルショートケーキ! まさか、私やシモフツくんがいないのをいいことに、ふたりで楽しくティータイムを楽しんでいたんですね! ますますズルい!」
「だいじょーぶですよ、真帆先輩」
と肥田木さんはあははと笑う。
「ちゃんと真帆先輩とシモハライ先輩のぶんも買ってきてますから!」
まぁ、こなかったらふたりで食べちゃおうと思ってはいましたけど、と呟くように言いながら、肥田木さんはテーブルに置かれた箱から僕らのぶんのケーキを取り出して紙皿に乗せてくれたのだった。
「やった!」
真帆はにこにこと満面の笑みを浮かべて、
「私、優しい後輩に囲まれてとっても幸せですね!」
「そうですよ、真帆先輩は幸せ者ですよ。その幸せを十二分に噛みしめながら食べてくださいね!」
鐘撞さんが真帆と僕の紅茶を運んできてくれて、改めて四人|(横長のソファにキツキツに座る真帆たち三人と、ひとり掛け用のソファにゆったり座る僕)で優雅?なティータイムを過ごすことになった。
真帆は先ほどの保健室での話を忘れようとしているかのように、鐘撞さんや肥田木さんと楽しそうにはしゃぎながらケーキを食べ、紅茶を飲んだ。
……鐘撞さんも、肥田木さんも、真帆の寿命のことを知っているのだろうか。
――いや、たぶん、知らないだろう。
もし知ったら、彼女たちはどう思うのだろうか。
或いはもしかしたら、昨年の夢魔の件もあって、薄々感づいていたりするのだろうか。
だからこそ、あんなふうに真帆と接してあげているのではないか――なんてことを考え始めて、どうにも胸がモヤモヤしてくる。
考え過ぎだ。あんな話を聞いてしまって、色々なことが頭の中を駆け巡って、余計なことまで考えてしまっているだけに違いないのだ。
――そうだ。
これから先のことなんてわからないけれど、今はとにかく、この時を大事にしていきたい。
真帆や鐘撞さん、肥田木さん、そして今ここには居ないけれど、榎先輩たち魔法使いの少女たちとのこの時間も、やがては長い時の中で大切な思い出となっていくのだから。
……特に、真帆にとっては。
だから、僕も、真帆の願う通り、普段通りにしていよう。
真帆が少しでも辛い思いをせずにすむように、いつものように。
「あれ? シモフツくん、全然食べてないじゃないですか! 要らないんなら、私が食べちゃいますよ?」
「あ、ズルいです、真帆先輩! ここは三人で分けましょうよ」
「そうですね、そうしましょう、そうしましょう!」
「ダメですよ、ふたりとも」
鐘撞さんが前のめりな真帆や肥田木さんを止めてくれた、のだけれど、
「――でも、本当に要らないのなら切り分けましょうか」
やれやれ、と僕は肩を竦める。
「そんなに食べたいんなら、三人でどうぞ」
ケーキを差し出す僕に、
「……本当に食べないんですか?」
と意外にも真帆が眉をひそめた。
「……まぁ、また今度ふたりで食べに行こう」
そう答えれば、真帆は口元に笑みを浮かべて、
「――じゃぁ、遠慮なく!」
僕からケーキの乗った紙皿を受け取ったのだった。