コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
知的障がいの彼 × 妻 × 愛犬
Side彼女
今日も今日とて朝から犬と戯れている彼を見て、どこか安心している自分がいる。ペットと過ごしているときは機嫌がいいからだ。
「大我ー、ご飯、食べるよ」
ゆっくり伝わりやすいように話す。
振り返ったものの、すぐにまた愛犬のあずきに顔を向ける。
「ほら、朝ご飯」と手を取ると、素直に立ち上がった。
今日の朝食には、大我のほうだけ昨日買ったプチトマトを一つ多く入れている。それに気づいたらしい大我の笑みは、赤い宝石にも負けないくらい輝いている。
「いただきます、だよ」
「…いただきます」
そう、と笑う。
重い知的障がいを持っている彼にとって、記憶することや高度な会話は難しい。でも少しだけ、何かしらの変化が見られるようになったのは大きな進歩だ。
最近は、いただきますと言っただけで合掌もできるようになった。
何が美味しい? と訊いたら、特定の料理を指させるようになった。
ほかの人にとっては当たり前でも、ちょっとずつ出来ることが増えていったらいいなと思う。
今朝もしっかりと完食し、ごちそうさまをしてから次の試練。
「お皿、シンクに持って行ってね」
お皿を見つめたままきょとんとする。仕方ない、とまずはお皿を持たせる。
「キッチンの、シンク」
指で方向を示すと、とことこと歩いていく。少し逡巡したのち、きちんと流しの中に入れられた。
「よく出来ました」
私より高いところにある彼の頭を撫でると、ふわりとした微笑みが返ってきた。
あずきにドッグフードをあげ、朝の支度が片付いたところで彼を仕事場に送る。その後は私の仕事だ。
「大我、お仕事行くよ」
お仕事というワードを聞くと、リビングのリュックサックを背負う。これも最近出来るようになったことだ。
そういえば、と思い出す。彼のリュックサックを買ったのはいつだったか。もう数年前な気がする。
「大我、そのリュック、そろそろ変えようか」
と言うと、露骨に顔をしかめた。
「ごめんごめん、嫌か」
それは彼が大好きなトマト柄なのだ。けっこう派手だからやめたら、と言っても聞かなかった。きっと私には理解できない独自の世界があるのだろう。
玄関に行くと、足元に駆け寄ってきたあずきの茶色い毛並みをわしゃわしゃする。あずきは「ワン!」とこたえた。
コミュニケーションは何も言葉だけじゃないな、と思う瞬間だ。
「行ってきますは?」
と問うと、「…行ってきます」
振り返ってあずきに言った。
「よし、行こう」
続く