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その日は、望と陽太が、カフェの店内でSNSに載せる写真を撮った後の料理を運んで来て、昼食に食べていた。パスタを小皿に取り分けながら、望が言う。
「陽太くん、写真撮るのがすごくうまいんだよ。センスがあるっていうか」
「へぇ」
朔は自分の部屋にいたので、写真も、写真を撮るところも見ていない。陽太が照れくさそうに微笑んでいるそばで、望が言った。
「ねぇ、僕たちも撮ってもらおうよ」
朔は、フォークでグラタンを口に運びながら言う。
「望は撮ってもらえよ。俺はいい」
「またぁ。たまにはいいじゃない。朔ちゃんってば、写真嫌いなんだから」
「まぁな」
撮影に使った後のグラタンは、程よく冷めていて、猫舌の朔にはちょうどいい。知らん顔をして食べていると、さらに望が言う。
「そんなこと言ってると、写真に写らないままおじいさんになっちゃうよ。今の若い姿を残しておこうよ」
「また、大げさなことを」
まともに取り合わず、ミモザサラダに手を伸ばそうとすると、突然、望がドンとテーブルを叩いた。
「もう! 朔ちゃんは、いつもいつもそうやって」
思わず顔を上げると、望が険しい顔でこちらをにらんでいる。
「たまには、僕の言うことを素直に聞いてくれてもいいだろ」
「あ……」
言われてみれば自分は、世話になりっぱなしのくせに、いつも望に対して素っ気ない態度を取ってばかりいるような気がする。
「じゃあ、まぁ、そんなに言うなら」
仕方なくそう言うと、途端に望はにっこり笑った。その後、言われるまま、一人でグラスを持つ姿や、望に頬を寄せられたツーショットなどをさんざん撮られたのだったが。
貼られているのは、真顔の朔の横で、笑顔の望がピースサインをしているもので、「店長&店員♥」というキャプションまでついている。朔は抗議する。
「こんなの、聞いてないぞ。だいたい、俺は手伝うなんて言ってない」
だが、望は平気な顔をして言う。
「だって朔ちゃん、『俺に出来ることがあれば協力する』って言ったじゃん」
「それはそうだけど、でも、こういうことじゃ……」
「あっ!」
さっきから二人のやり取りを黙って見ていた陽太が、朔が話している途中で、突然声を上げた。
「何?」
望が、陽太の手元のスマートフォンをのぞき込む。
「お店のために作ったSNSのフォロワーが200人を超えました」
「すごいじゃん! こんな田舎のちっぽけなカフェ、しかも開店前なのに。これも全部、陽太くんのおかげだよ」
「そうじゃないですよ。ほら、このコメント見てください」
「えっ、どれどれ。わっ、『店長さんも店員さんもイケメンで、会うのが楽しみ過ぎて開店が待ちきれません!』だって」
嫌な予感がして、朔は椅子から立ち上がる。
「ちょっと見せてくれ」
手を差し出すと、陽太が、そっとその手にスマートフォンを載せた。
「おい……」
予感は的中した。朔の肩に頭を預けるように望が寄り添っている写真に、「満月のように明るい望さん(店長)と、新月のようにクールな朔さんは従兄弟同士です。満月(望)と新月(朔)、二人の名前が店名の由来です」という一文。
「陽太くん」
「すいません……」
陽太が、怯えた目で朔を見る。すかさず望が言う。
「店名のことは本当だよ。僕が陽太くんに教えたの。自分で言うのもなんだけど、しゃれてるでしょ?」
陽太が答える。
「はい、すごく素敵です」
「そういえばさ、陽太くんは、文字を逆にすると太陽だよね。わぁ、月と太陽ってすごくない?」
「おい」
朔を無視して、二人は早口で話し続ける。
「それにしても、この写真、なんか恋人同士みたいじゃない?」
「これがいいんです。女性にはBLっぽいのが受けるんですから」
「へへっ、そう。あっ、ねぇ、看板だけじゃなくて、ここにも陽太くんの写真を載せようよ」
「えっ、僕はいいですよ」
「何言ってんの。陽太くんだって、ずっとバイトに来てくれるんでしょ?」
「そのつもりですけど」
「陽太くん、かわいいタイプだから、きっと陽太くん目当てのお客さんも来るよ」
「まさか」
「いや、そうだって。よし、うんとかわいい写真、僕が撮ってあげる。フォロワー、もっと増えるよ」
「おい……」
結局、朔の写真を削除してもらうことはかなわなかった。改めて、きっぱりと強い口調で、店に顔を出すつもりはないと宣言したが、望に軽くいなされた。
朔は、本当に顔を出さないつもりだ。少なくとも、当分の間は。
もしも客に何か言われたとしても、知ったことではない。体調が悪いと言って部屋から出なければ、まさか無理やり連れて行かれはしないだろう。
別に仮病を使うわけではない。本当に、具合が悪くてベッドから起き上がれないことがしばしばあるのだ。
それに、菜月のことを考え、一日のうちに、ひどく気持ちが沈んでどうしようもない時間があって、店で愛想よくふるまう自信がない。そもそも、早くから絵の仕事をしていたせいで、自分はアルバイトをしたこともない。
とはいえ、望と陽太が、自分を元気づけようとしてくれていることも、よくわかっている。そのことが、ありがたくもあり、申し訳なくもある。