テラーノベル(Teller Novel)

ホームホラーミステリー青春恋愛ドラマファンタジー
「29話」のメインビジュアル
両片思いをこじらせている二人の話。

29話

29

45

2022年03月21日

#青春恋愛#コメディー#甘々

第29話 「隠した気持ち」

夏実からもらったチョコレートと、同じパッケージの箱を持っていた篤彦。

「――さっき井野(いの)ちゃんにもらったんだー」

井野とは、京輔と篤彦がこの店で働き始めた頃からいる、バイトの女性である。

(そういえば桜木、コンビニのだって言ってたもんな……同じの誰かがあげてても、不思議じゃないか)

「まぁ義理だけどね。コンビニのチョコだって言ってたし、店長にもあげてたからねー。京輔はもらってないの?」

「っ……」

義理、という言葉に一瞬京輔の胸が痛んだ。

(や! 今まで義理ですらもらったことないこと考えれば! てか義理なのはあくまで篤彦が今もらったやつのことだから!)

そう自身に言い聞かせ、京輔は精神衛生を保つのだった。

そして一呼吸し、今の話題を改めて思い出す。

「断った。そしたらバラで配ってるほうを一つだけくれたけど」

「あーっそ。彼女持ちはいいねー」

京輔の返答が気に入らなかったのか、一瞬顔を顰(しか)めた篤彦だったが、すぐ笑顔に戻った。

「独り身には義理でもこういうのは嬉しいんですよー」

そんなことを言いながら、いそいそとリボンを解き、箱を開ける篤彦。

何となく――本当に何となく、京輔はじっとその様子を見ていた。

中から出てきたのは。

「最近毎年思うけど、コンビニのでもバカにできないよなー」

「――っ!」

すべて、立方体形のチョコレートの数々だった。

きっちりとすべて同じように成型されている。

(え、でもその箱は確かにさっき桜木にもらったのと同じ――)

そう思うと同時に、京輔はそのときのことを思い出した。

その場で食べる、と言ったときの妙な戸惑い方をする夏実。

妙に緊張した面持ちで食べる京輔を見る夏実。

おいしい、と言ったときのはにかんだ表情――

「――あ」

「んー、うまいー……やんないよ? どうせ桜木さんにもらうんだろうしさー」

「……いらないし」

「うわ何笑ってんの感じ悪ぃ!」

思わず浮かんでしまう笑みを、京輔は何とか手で隠す。

この笑みは、決して篤彦に向けたものではなく。

(色々、考えたんだろうなー……)

あの雨の日に、気まずくなってしまって、その後どうすればいいかわからなくなっていたのだろう。

それでも――初めてチョコレートを渡すために、試行錯誤して。

嬉しかった。

だが同時に、京輔は思う。

(やっぱり、責任取って付き合う、ってのが気になってるのかもしれないよな――)

そもそも、どうしてそうなってしまったのか。

嫌われていないとは思う。

こんな凝った形で、手作りのものをくれるくらいには――気にしてくれているのだと思う。

それなのに――どこか、遠慮や一歩引いた感じが消えない夏実。

そうなる原因は――どう考えても、二人とも記憶がない、すべてが始まったあの日の夜のこと。

今までは、うやむやだったことをそのままにしてきた。

それでも、少しずつでも距離を縮めつつある。

だからこそ――

あの日の夜のことを、ハッキリさせたほうがいいのではないか――京輔は、そう思い始めていた。


ある日。

「今日、何時まで?」

「んー? 七時半までー」

「じゃあとで、一緒にメシ行こう」

「いいよー。金欠だから安いとこねー」

京輔が上がる際、篤彦と夕食の約束をした。

普段通りの仕事を終え、京輔と合流する篤彦。

「おつかれ」

「はー、つっかれたー。今日やたら混んだし。腹減ったよー」

「んじゃいくか」

そのまま篤彦は京輔に連れられて移動した。

が。

「……え、ここ入んの? オレ金欠なんだけど」

連れてこられたのは、ファミレスではあるものの、チェーン店ではなくそこそこ値が張るお店。

だが確かに、篤彦はこの店が好きで、時折京輔やバイト仲間、仲のいい夏実や史花と一緒に行くことがある。

「気にしないでいいって。今日は俺が奢るから」

「え、マジで!? どうしたの京輔……ずいぶん気前いーじゃん。まだ給料日前なのに」

「まぁまぁ、ほら腹減ったし、入ろう」

驚(きょう)愕(がく)する篤彦など気にせず、京輔は笑って店の中に入った。

夕飯時で混んだ店内だったら、二人くらいならどうにか入ることができる。

安くて回転が速いファミレスよりも店内は少し落ち着いており、それでいて静まり返っているわけではない。

席に案内された二人は、メニューを開く。

「好きなの頼んでいいからな」

「えー……迷うなー……ディナーのセットか、単品に色々つけるか……」

「いっつもディナーセットで我慢してんだし、こういうときくらい好きなの頼めよ」

「マジで!? 京輔マジ神様!」

なんてやり取りをしながら注文を済ませる。

「やー、ほんとどうしちゃったの? もしかして人生相談でもしちゃいたい感じ?」

さすがの篤彦も、好きなものを奢る、とまで言われれば何も察するはずもなく。

それでも篤彦は大変、上機嫌だった。

だがその言葉を聞いた瞬間――京輔の表情がすっと消えた。

「――あの日の夜のこと、お前なら知ってるんじゃないか?」

あの日の夜。

夏実と京輔が、同じ布団で目覚めた――あの日のことを。

「っ……」

「お待たせしましたー」

篤彦の笑みが固まったと同時に――注文した料理が、二人の元に運ばれてくるのだった。

次回へつづく。

両片思いをこじらせている二人の話。

作品ページ作品ページ
次の話を読む

前後に投稿された作品

第15話