第29話 「隠した気持ち」
夏実からもらったチョコレートと、同じパッケージの箱を持っていた篤彦。
「――さっき井野(いの)ちゃんにもらったんだー」
井野とは、京輔と篤彦がこの店で働き始めた頃からいる、バイトの女性である。
(そういえば桜木、コンビニのだって言ってたもんな……同じの誰かがあげてても、不思議じゃないか)
「まぁ義理だけどね。コンビニのチョコだって言ってたし、店長にもあげてたからねー。京輔はもらってないの?」
「っ……」
義理、という言葉に一瞬京輔の胸が痛んだ。
(や! 今まで義理ですらもらったことないこと考えれば! てか義理なのはあくまで篤彦が今もらったやつのことだから!)
そう自身に言い聞かせ、京輔は精神衛生を保つのだった。
そして一呼吸し、今の話題を改めて思い出す。
「断った。そしたらバラで配ってるほうを一つだけくれたけど」
「あーっそ。彼女持ちはいいねー」
京輔の返答が気に入らなかったのか、一瞬顔を顰(しか)めた篤彦だったが、すぐ笑顔に戻った。
「独り身には義理でもこういうのは嬉しいんですよー」
そんなことを言いながら、いそいそとリボンを解き、箱を開ける篤彦。
何となく――本当に何となく、京輔はじっとその様子を見ていた。
中から出てきたのは。
「最近毎年思うけど、コンビニのでもバカにできないよなー」
「――っ!」
すべて、立方体形のチョコレートの数々だった。
きっちりとすべて同じように成型されている。
(え、でもその箱は確かにさっき桜木にもらったのと同じ――)
そう思うと同時に、京輔はそのときのことを思い出した。
その場で食べる、と言ったときの妙な戸惑い方をする夏実。
妙に緊張した面持ちで食べる京輔を見る夏実。
おいしい、と言ったときのはにかんだ表情――
「――あ」
「んー、うまいー……やんないよ? どうせ桜木さんにもらうんだろうしさー」
「……いらないし」
「うわ何笑ってんの感じ悪ぃ!」
思わず浮かんでしまう笑みを、京輔は何とか手で隠す。
この笑みは、決して篤彦に向けたものではなく。
(色々、考えたんだろうなー……)
あの雨の日に、気まずくなってしまって、その後どうすればいいかわからなくなっていたのだろう。
それでも――初めてチョコレートを渡すために、試行錯誤して。
嬉しかった。
だが同時に、京輔は思う。
(やっぱり、責任取って付き合う、ってのが気になってるのかもしれないよな――)
そもそも、どうしてそうなってしまったのか。
嫌われていないとは思う。
こんな凝った形で、手作りのものをくれるくらいには――気にしてくれているのだと思う。
それなのに――どこか、遠慮や一歩引いた感じが消えない夏実。
そうなる原因は――どう考えても、二人とも記憶がない、すべてが始まったあの日の夜のこと。
今までは、うやむやだったことをそのままにしてきた。
それでも、少しずつでも距離を縮めつつある。
だからこそ――
あの日の夜のことを、ハッキリさせたほうがいいのではないか――京輔は、そう思い始めていた。
ある日。
「今日、何時まで?」
「んー? 七時半までー」
「じゃあとで、一緒にメシ行こう」
「いいよー。金欠だから安いとこねー」
京輔が上がる際、篤彦と夕食の約束をした。
普段通りの仕事を終え、京輔と合流する篤彦。
「おつかれ」
「はー、つっかれたー。今日やたら混んだし。腹減ったよー」
「んじゃいくか」
そのまま篤彦は京輔に連れられて移動した。
が。
「……え、ここ入んの? オレ金欠なんだけど」
連れてこられたのは、ファミレスではあるものの、チェーン店ではなくそこそこ値が張るお店。
だが確かに、篤彦はこの店が好きで、時折京輔やバイト仲間、仲のいい夏実や史花と一緒に行くことがある。
「気にしないでいいって。今日は俺が奢るから」
「え、マジで!? どうしたの京輔……ずいぶん気前いーじゃん。まだ給料日前なのに」
「まぁまぁ、ほら腹減ったし、入ろう」
驚(きょう)愕(がく)する篤彦など気にせず、京輔は笑って店の中に入った。
夕飯時で混んだ店内だったら、二人くらいならどうにか入ることができる。
安くて回転が速いファミレスよりも店内は少し落ち着いており、それでいて静まり返っているわけではない。
席に案内された二人は、メニューを開く。
「好きなの頼んでいいからな」
「えー……迷うなー……ディナーのセットか、単品に色々つけるか……」
「いっつもディナーセットで我慢してんだし、こういうときくらい好きなの頼めよ」
「マジで!? 京輔マジ神様!」
なんてやり取りをしながら注文を済ませる。
「やー、ほんとどうしちゃったの? もしかして人生相談でもしちゃいたい感じ?」
さすがの篤彦も、好きなものを奢る、とまで言われれば何も察するはずもなく。
それでも篤彦は大変、上機嫌だった。
だがその言葉を聞いた瞬間――京輔の表情がすっと消えた。
「――あの日の夜のこと、お前なら知ってるんじゃないか?」
あの日の夜。
夏実と京輔が、同じ布団で目覚めた――あの日のことを。
「っ……」
「お待たせしましたー」
篤彦の笑みが固まったと同時に――注文した料理が、二人の元に運ばれてくるのだった。
次回へつづく。