ただひたすらに絵を描いてた
絵を描いて、描き続けて絵で食べていけるようになったら報われて、解放されると思った
報われるて、解放されると思ったのに…
???)此処、何処?
黄昏時の空、遠く離れた場所には地平線
とても綺麗な場所に来た
???)凄い…
私は1言そう呟き、長い時間風景を楽しんだ
太陽がまだ沈まない
???)不思議な場所。此処は夜にならないのかな?夜にならないなら朝にもならないって事かな?
いや、もしかしたら私が思っているよりも時間が進んでいないだけかもしれない
???)歩いてみようかな
???が歩き出す
相変わらず黄昏時のままの世界だった
???)やっぱり夜にならないな…もしかして私以外の物、全部時間止まってるのかな?
私は独り言をブツブツ言いながら歩いた
???)看板…?ルテホ昏黄…ん?何この言葉。あ、黄昏ホテルか。あっちの方向に行って、道尋ねるか
スマホも無ければ財布も無いけど何故か気分がいい
綺麗な景色が私の気分を良くしてくれているのかな?
いや、これは気分が良いとは少し違う
解放された気分みたいだ
解放って何から?
視点を変えてみよう
私は何に縛られていた?
思い出せない
そんな事を考えていたら突然建物が見えた
???)おかしいな、さっきまで建物見えなかったのに…考え事に集中し過ぎて視界が狭ばってたかな?
ブツブツ独り言を言いながら私は建物のドアのドアノブをゆっくり回した
支配人)おや、お客様ですか
???)道に迷いましたので地図を見せてください
支配人)地図をなどございません。ここは生と死の間ですから
???)なるほどです。では私は家に帰れないのですね
支配人)そうですね。お客様はご自身が生きてるか死んでいるかも定かではない魂なのです
???)そうなんですね。あの、私は如何すればよろしいのでしょうか?
支配人)ここで泊まっていただきます。お部屋に案内しましょう
???)私はお金になる物、持っていませんよ。あるとすれば己の身体です
支配人)いえ、お代は頂きません
???)え…本当ですか?
支配人)本当です。ご自身が何者であるか、どうして生と死の間を彷徨っているのかがわかるまでいてくださって構いません
???)ありがとうございます
支配人)ではここにサインを
???が差し出されたペンを握り、名前を書こうとするが…
???)えっと…私の名前はなんでしたっけ?
支配人)僕は存じ上げません
???)そうですよね…どうしましょうか、サイン
支配人)ここにくるお方は名前を思い出せないかたが一定数いらっしゃるので大丈夫ですよ
???)そうなのですね
支配人)ではお部屋に案内しますね。阿鳥くーん
遥斗)お客様、どうぞこちらへ
???)はい
遥斗と???が移動し、部屋に入る
???)あの、質問いいでしょうか?
遥斗)どうなさいましたか?
???)どうしてこの部屋はこんなにも汚いのでしょうか?
絵の具が散らばった床
ゴミ箱いっぱいの睡眠薬
キャンバス、筆etc…
お世辞にも綺麗とは言えない汚部屋
遥斗)黄昏ホテルの部屋はお客様の記憶に繋がっております。なのでお客様がこのようなお部屋に住んでいたと考えられます
???)なるほど…
遥斗)私達はお客様の記憶を思い出すお手伝いをさせていただきますが、よろしいのでしょうか?
???)お願いします
そうしてお掃除しながら私の記憶を探し始めた
遥斗)お客様は絵がお好きなんですね
???)そうですね。絵は好きです
遥斗)これ、一緒だ…
???)あ、ホルベインの透明水彩絵の具ですね。阿鳥さん、一緒とは…?
遥斗)お客様のお顔です。自分の事が分かっていない状態なので顔も上手く作る事ができないんですよ
???)ホルベインの透明水彩絵の具が今の私の顔ですか
遥斗)自分の事が分かっていない状態の顔は自分のアイディンティティが顔になる場合が多いんですよ
???)そうなのですね
阿鳥さんとは話しやすい
あの人達とは正反対…
???)あの人達って誰?
無意識の内に思い出してきている?
遥斗)にしてもお客様のお部屋は色々なものがありますね
???)そうですね。血のついたカッター、太い縄、大量の睡眠薬の空箱、様々な画材。私は自殺をしたかったのでしょうね
遥斗)ここに来たのは自殺ということでしょうか?
???)違うと思いたいです。死を選ぶまで辛い人生は少し嫌です
遥斗)学生証がありましたよ
???)△△ 〇〇…
遥斗)あ…
???)どうなさいましたか?
遥斗)大学で会ったことある
???)え?では阿鳥さんとは同じ大学だったのですね
遥斗)そうですね。美術科専攻なんですね
???)絵で食べていこうと思ってた…そう、私は…
ホルベインの透明水彩絵の具の顔がだんだんと溶けていく
遥斗)思い出されたのですね
〇〇)私の名前は△△ 〇〇。23歳で、イラストレーターです
遥斗)そうなのですね
〇〇)生死は…思い出せないですね
遥斗)私もなんですよ。自分の生死だけ思い出せないんですよ。朝、家に出て行くまでは覚えているんですけどね
〇〇)私は家で絵を描いてましたね…まぁ気長に思い出すまで黄昏ホテルに滞在しましょうか
遥斗)そうですね。何かあればご遠慮なくお申し付けください
〇〇)では早速一つ。私は貴方と会った記憶がありません。何処で会いましたか?
遥斗)あれはすれ違ったと言う方が正しいですね。大きなキャンバス片手に歩いているお客様を大学ですれ違いました
〇〇)あら、そうなのですね。それはまた凄い偶然です
遥斗)そうですね
〇〇)貴方が私の担当になってくれて良かったです。これからもよろしくお願いします
遥斗)こちらこそよろしくお願いします、△△様
そうして黄昏ホテルでの生活が始まった
電子機器はラジオと調べる専用のスマホだけ
スマホが私の部屋から出てきたが、Googleしかできなかった
長時間絵を描いていた
基本1食生活なので…
遥斗)△△様、朝食、昼食は食べないのでしょうか?
と、本気で心配された
けど私は1食で十分なのだ
食べてる時間があれば絵を描かないと
あれ、如何して私は描かないとって思ってるの?
絵は義務じゃないて仕事で趣味
私は絵が大好きなだけで……
そっか…
私は、私は絵を嫌いになっていったんだ
なかなか売れない
食べる物にも困る
両親には頼れない
そっからだんだんと追い詰められて、睡眠薬のOD(オーバードーズ)リスカ(リストカット)首吊りに発展していったんだ
けど最近は売れ始めた
だから自傷行為をしてなかったのに如何して…
如何して私は…
駄目だ、上手く描けない
如何しよう
このままじゃ、本当に絵が嫌いになる
如何したらまだ絵を好きでいられる?
如何したら……
考えても仕方がない
今日は違う物を描こう
同じ物を描き続けたらしんどいから
そう思い、私はスケッチブックと鉛筆を持って自分の部屋を出た
人物像を描きたい気がする…
〇〇)ロビーならいるかな…
そう思いロビーへと足を運んだ
支配人が居眠りしてる
疲れているのかな
描いてみようか
絵を描き始めた私はたしかに楽しかった
遥斗心の中)また支配人が居眠りしてる。起こさない…△△様?絵を描いているのか。起こしたいけど起こせない…
〇〇)阿鳥さん、私は邪魔でしょうか?
遥斗心の中)え、後ろ向いていないのに気づいた?
遥斗)邪魔だなんてとんでもない
〇〇)そうですか。ではもう少しこの場にいさせてもらいますね。もう少ししたら描き終えますから
遥斗)承知いたしました
遥斗心の中)相変わらずのようだな、△△様は。大学でもそこら中で絵を描いていた。真剣な横顔で、それでいて楽しそうに。けど今は真剣に苦しそうに描いている。どうして変わってしまったのか
〇〇)私の顔に何か付いていますか?
遥斗)え?
〇〇)私の顔、見ている気がしたので。違いましたか?
遥斗)真剣に描いていらっしゃると思いまして。大変失礼しました
〇〇)怒ってないですよ。私の描いてる顔、面白いですか?
遥斗)現世と同じ様にどこにいても書いていらっしゃるなと思いました
〇〇)そうですね。私は何処にいても描いていました。大好きだったから…
遥斗心の中)過去形、か
〇〇)また大好きになりたいから初心に戻って色んな所で描くことにしました
支配人)ンガッ!?また居眠りしてしまった…
〇〇)また居眠り…常習犯なんですね
遥斗)そうですね。支配人は何時も居眠りとか飲酒とかつまみ食いとかしますね
〇〇)お茶目な支配人さんですね
支配人)お茶目?そうでしょう!僕はお茶目なんです!
遥斗)お茶目だからって仕事をサボっていい理由にはなりませんよ
支配人)え〜
〇〇)仕事かぁ
仕事、絵を描くだから肩、腰凝って大変なんだよなぁ
支配人)△△様、仕事に興味が?
〇〇)イラストレーターだと肩と腰凝るから運動したいなぁと思いまして。自分ではしようとは思えないんで
支配人)では黄昏ホテルの従業員になってもらいましょう!
〇〇)従業員にでしょうか?具体的になにをするのでしょうか?
遥斗)ホテルの掃除、洗濯、お客様の対応が大まかな仕事ですね
〇〇)いい運動になりそうですね。私、黄昏ホテルの従業員になりたいです
支配人)おぉ〜!新人さんが入ってきた〜!指導は阿鳥くん、よろしくね
遥斗)わかりました
〇〇)これからもよろしくお願いします、阿鳥先輩
遥斗)こちらこそよろしくね、〇〇ちゃん
支配人)じゃぁ早速仕事着に着替えてもらおっか
〇〇)ではスケッチブックと鉛筆を置いてきますね
遥斗)凄い上手だね。大学でもチラッて見たけどやっぱり上手だ
〇〇)じょう、ず?私の絵が、ですか?
ずっと、ずっと言われたかった言葉
〇〇)ありがとうございます、阿鳥先輩
泣きそうになったけど、堪えた
精一杯の笑顔で感謝を伝えた
そうして黄昏ホテルの従業員としての生活が始まった
大正時代の喫茶店の店員さんみたいの仕事着
動きにくい
遥斗)〇〇ちゃん、仕事は慣れた?
〇〇)はい、慣れてきました。阿鳥先輩の教え方が上手なのですぐに慣れちゃいました
遥斗)お世辞が上手な口だね
〇〇)そうですか?思った事を素直に言っただけです
ルリ)なんか胡散臭いわね
〇〇)そうでしょうか、ルリちゃん先輩?
ルリ)笑顔が嘘くさい…
遥斗)そうかな?俺はそうは思わないけど
ルリ)目元しか見えないからかしら?
〇〇)黒マスクで笑顔は嘘くさいかぁ
遥斗)結構派手な見た目だよね
ルリ)金髪、ピンクのインナーのウルフカット、黒マスクにチョーカー。派手過ぎよ
〇〇)私を変えたかったから派手にしたんですよ
遥斗)イメチェン?
〇〇)そうですね、イメチェンです
私は変えたかった
両親の子どもという真実を隠したかった
両親も私の事を自分達の子どもとは思いたくなかっただろう
柔道の金メダリストの両親
私も柔道の金メダリストになる為に小さい頃から指導されたが…
才能が無かった
身長は低く、体が弱い私はとても金メダリストにはなれない
だから中学でやめさせてほしいと両親に土下座した
本当に申し訳なかった
両親の期待に答えられない私なんかいなくなればいいと何度も思った
その後はそんな思いをなんとか消そうと努力し、行き着いたのが絵だった
せめて絵で結果を残したかった
色々なコンクールに出展しては、佳作止まり
苦しくて、辛くてを何年も過ごした
だから私は絵を描くのが嫌いになっていった
休息と思おう
黄昏ホテルで過ごした日々を
今まで頑張って両親からの期待に答えようとした私
少し休まないと死んでしまう
あ、もう死んでるかもしれないのか
ルリ)△△はどうして絵を描くの?
〇〇)絵を描く理由…今は好きになる為に描いてます
ルリ)嫌いなの?
〇〇)嫌いになってきてます。だから此処で自分を見つめ直しながら絵を描くことにしたんです。絵は好きでいたいから
遥斗)そっか
阿鳥先輩は優しくて穏やかで細くてスラッとしてる人
ルリちゃん先輩はちっちゃくてツンデレで料理が上手
切子さんは常連さんで、なんか怪しそうだけど優しい
瑪瑙さんは色気の塊で姉御って感じの人で優しいけどお母さんに雰囲気が似てて怖いとたまに思ってしまう
支配人はガタイがいいから本当に怖い
お父さんに体格が本当に似ている
ポワポワしているのは全然似てないのに…
私は両親の事は大好きだ
けどそんな大好きな両親の期待に答えられなかったから合わせる顔がなくて、失望した顔を見たくなくて怖くなる
瑪瑙)〇〇ちゃん、貴方支配人を怖がってる?
核心的な質問をされてしまった
〇〇)そう、見えますか?
瑪瑙)えぇ、見えるわ
〇〇)優しくてポワポワしているのはわかってるんです。けど体格が私の父に似ているから怖くて…
瑪瑙)貴方のお父さんに何かされたの?
〇〇)違うんです。お父さんは厳しいけど、優しいんです。私、そんなお父さんの期待に応えられないんです。大好きなお父さんの失望した顔を見るのが怖くて…
瑪瑙)なるほどねぇ
〇〇)私、如何したらいいんでしょうか
瑪瑙)どうしたらってどういう意味?
〇〇)私は如何したら両親の期待に応えられるのでしょうか?柔道で失望させて、更に絵でも失望させると考えると本当に申し訳なくて…
瑪瑙)〇〇ちゃん、考え過ぎじゃないかしら?
〇〇)え…?
瑪瑙)貴方の両親が優しいのなら期待に応えられなくっても愛するはずよ。たしかに失望するかもしれない。けどね、本当の親っていうのは子どもを愛して、幸せにするような人達なのよ
〇〇)愛して、幸せに…ですか?
瑪瑙)そうよ。生きていたなら1回家族で話し合いなさい。そうじゃないと貴方、後悔するわよ
〇〇)わかりました。生きていたら話し合います
両親の話をしたら会いたくなってきた
失望した顔を見るのが怖くて、大学卒業と同時に勝手に家を出て行ったくせに…
次回、初めての後輩
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