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「おいガマガエル。麦茶しかないがそれで大丈夫か?」
「は、はい! 大丈夫です! ありがとうございます!」
部屋に通された私は、小さなローテーブルの前でちょこんと正座。いつもだったら大股開きでくつろぐところだけど、さすがに黒宮さんの前でそれはできない。制服のままでスカートを履いているからパンツが丸見えになってしまう。
あ、でも男性ってそういうのを喜ぶって聞いたことが――って、ダメダメ! そんなことをしたらさっきの二の舞になってしまうし、全く学んでいないと黒宮さんに呆れられてしまう。しっかりしないと。
そして私は私に言い聞かせる。ここは女性らしく振舞わねばと。
「私は淑女……私は淑女……」
「……何独り言呟いてんだよお前」
「いえ、なんでもございませんことよ。黒宮様はお気になさらず」
「いきなりなんだよ気持ち悪い! この短い時間の間にお前に一体何があった!」
「黒宮さんの前で大きく股を広げてパンツ丸出しにならないように気を付けるために、自分に暗示をかけてました! 偉いと思いません?」
黒宮さん、無言。そして私に目で訴えかけてきた。
『お前やっぱりバカだろ』と。
どうしてそんなことが分かってしまうのか。それは分からないけど、なんとなくそう感じた。でも確信はある。ドンピシャだと。
それにしても。
「あの、黒宮さん? もしかしてめっちゃ綺麗好きですか?」
「ん? なんでだ?」
「いえ。私が今日ここに来る予定なんてなかったじゃないですか? だから前もって掃除をしたわけじゃないのに、埃っぽさもないし色んな物がピカピカに磨かれてたので。それが気になって」
「気になって? ちなみに、お前の部屋はどうなんだ?」
「私の部屋ですか? 洋服とか本だとかが至る所に散らばってます。ある意味カオスです。あははっ!」
「何故笑える……。で、話は戻るが、俺が綺麗好きなのかどうかは知らねえ。気にしたことがないんでな。で、早速勉強についてだが、俺は何を教えればいいんだ? 英語か? 数学か?」
「えーと、まずはテスト範囲を教えてください」
「知らねえよ! 知ってるわけねえだろ! それすら把握してねえのかよ! ……まあいい。とりあえず教科書を出せ。初めての中間テストってことだから、それを読めば範囲は大体分かる。だから出せ」
「キョウカショ……?」
「お、お前、まさか……。教科書も持ってきてないのか?」
「それがですね。重いので、ついついいつもの癖で全部学校に置いてきちゃいました。テヘッ」
黒宮さん、呆然。そして深い深い溜め息をついた。この溜め息、今日はやたらと見た記憶が。全部私のせいなんだけど。
「……次はちゃんと持ってこいよ。呆れるを通り越して、なんか哀れに思えてきちまったじゃねか」
「哀れに!?」
これ、やってしまったかもしれない。バカだとかガマガエルだとか言われるのはすっかり慣れてしまったけど、哀れに思われるのはさすがに精神的ダメージが……。
と、そんなことを考えつつ、私は改めて部屋のぐるりを見渡してみる。そして、気になったことがあった。
「あれ? あの、黒宮さん? 黒宮さんって本が好きなんですか? 本棚にぎっしり並べられてますけど」
私の目に入ったそれは、たぶん百冊を優に超える本だった。背表紙や厚さからして、たぶん全部が小説だと思う。
「――まあ、好きなんじゃねえの。知らねえけど」
黒宮さんのその言葉には陰りが含まれていた。陰りだけじゃない。他にもたくさんの『負』の感情も。
まるで闇のような重苦しさを覚える、そんな言葉だった。
「はい! 先生! もうひとつ質問!」
「俺は先生じゃねえ。で、なんだよ質問って」
「先生――もとい黒宮さんって一人暮らしなわけじゃないですか? どうやって部屋を借りたんですか? やっぱり親御さんが契約してくれたとか?」
そう。それが不思議だった。知りたかった。
少女漫画ではよくある設定だけど、そんなことは現実ではなかなかあり得ないことぐらい私も知っている。だからこその疑問だった。
「んなこと、お前に関係ねえだろ」
「関係は確かにないですけど、でも、どうしても知りたくて――」
そう。私は知りたかった。
黒宮さんの『全て』を。
「あのな、ガマガエル。あまり人のプライベートな部分は詮索するな。俺に対してだけじゃねえ。他の奴に対してもだ」
「どうしてですか?」
「人間にはな、知られたくないこともあるんだ。お前だって同じだろ? 知られたくないことがあるはずだ。だから、そういうことはわきまえろ」
「……ごめんなさい」
あまりにも正論だったせいで、私は謝るしかなかった。
確かに私にも人に言えないことはたくさんある。それなのに私は黒宮さんの心の中に土足で上がってしまった。
失礼極まりない人間だ。
でも、知りたい。黒宮仁という一人の人間のことを。知りたいからこそ、こうして勉強を教えてもらうことにしたわけだし。
「ど、どうしたんですか?」
私がそんなことを考えていたら、黒宮さんは私の目を見つめる。そして遠くを見るようにして何かを考えているようだった。
そして――
「ちょっと待ってろ」
黒宮さんは押入れを開け、それを手に取って私に向かって投げつけてきた。
それは、一冊の小説だった。
どういう意味なのかさっぱり分からなかったけど、この後にすぐ黒宮さんは私に教えてくれた。
自分の『過去』のことを。
「なんですか、これ」
「俺が書いた小説だ」
「く、黒宮さんが書いた小説!!? でもこれって、趣味で書いたとかじゃなくて本屋さんで売ってるようなやつですよね?」
「ああ。そうだ」
その小説には帯が付いていてペンネームも記されていた。『虹色仁《にじいろじん》』と。
しかしこのペンネーム、どこかで聞いたような……。
そして教えてくれた。伝えてくれた。
黒宮さんの過去について。
「プロの小説家だったんだよ、俺は」
『第15話 黒宮さんの正体【2】』
終わり