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「では次にあなた方、役職付きの社員の給与と賞与についてですが、この難局を乗りきるまでは一律2割カットでよろしいですね?」
明彦の言葉は確認形式だったが、返事を求めていない。
麗の今の給与から2割も減らされたら労基署に駆け込めば勝てる額になりそうだが、元が麗より高いほかの人達はクビよりましなのだろう。
皆、ほっとして深く息を吐いた。
「さて、今後の事業展開についてです。現在、この会社の商品は、高級ラインと廉価ラインの二本でやっておりますが、廉価ラインは撤退していただきます」
驚きでザワッと声が上がる。
廉価ラインの販売は父である前社長の数少ない成功だった。
日本の自社工場で手作業で作られている高級ラインと違い、隣国の他社工場に依頼し、ブランド名にぷち、という文字が足された高級ラインの半額ほどで販売している廉価ラインは、若い世代がブランド名目当てに買っていき、父の不倫警官詰め寄りショックの後も売り上げは減ったが好調ではあった。
何故廉価ラインを止めるのか、皆、誰か質問をしろと視線で押し付けあっている。
そして、最終的に、全員の視線が麗に向き、押し付けられた。
「あの、須藤さん?」
「君も須藤なんですがね」
なんと呼べばいいのかと麗は悩んだ。
(彼ピッピ? いや、夫だし。旦那様? あなた? 我が愛し背の君? そうか、ダーリンだ。ダーリン、何で廉価ラインやめるっちゃ? と、虎柄のビキニを着て聞くのね。うん、絶対違う)
「明彦さん? 何故、廉価ラインをなくすんですか? 売上的には問題がないと思うんですが……」
フワッとした質問になったが、フワッとしか会社の状況を知らない人間に質問を任せたのが悪いと麗は開き直る。
「廉価ラインを止めるのは、ブランドイメージを守るためです。廉価ラインの先月の不良品率がお客様からの返品及び店舗からの返品を含め3%、対して高級ラインの不良品率は0.1%以下。これだけでも廉価ラインは売る価値がないでしょう」
「かの国で作っているのですから、そんなものかと」
専務がぼそぼそと、口を挟む。
「今、廉価ラインを買うのは、自分の子供のためか、友人や家族の子供へのお祝いで買う若い層です。その層が将来的に金銭的に余裕ができて、孫のために高級ラインを買ってくれるようにならなければこの会社に未来はありません。今の廉価ラインにそれが可能でしょうか?」
明彦の言葉は正しい。正しいのだが……
「しかし、ぷち、いや廉価ラインを急に止めるのは……。仰ることは勿論、皆わかってはいるのですが、今、売れなければ将来もないですし……。わが社には今を乗り切れる企業体力がもう尽きかけているわけで」
副社長が汗をハンカチで拭いている。
しかし、ハンカチ如きでは、拭いきれないくらいの滝のような汗で、麗はリングの外から白いタオルを投げてあげたくなった。まだ真っ白に燃え尽きないで欲しい。
「私はイケメンに賛成するわ」
ここにきて、今までずっと静かに成り行きを見守っていた大御所、工場長が口を開いた。