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リフェアリー
128
四月。証の偽造が、二度目に起きた。
今度は、台帳ではなかった。証そのものだった。
米屋のカウンターに置かれた一枚を、つむぎは、裏返した。漉き目を、光に透かした。四つの印を、順に見た。それから、顔を上げて、持ってきた男の顔を見た。
「これ、違う」
男は、隣村の若い男だった。顔は、つむぎが知っていた。評判台帳に、丸が四つ。
「何が」
「紙が、違う。漉き目が、縦に入ってる。本物は、斜め。それと、印が、四つとも、同じ朱の色をしてる。本物は、四人が別々の朱肉を使うから、少しずつ違う」
男は、黙った。
「誰から、受け取ったの」
「……知らない。市で、薪を売って、もらった」
「相手の顔は」
「覚えてない」
つむぎは、その一枚を、引き出しに入れた。別の引き出しに。
「この紙は、預かる。あなたには、バツはつけない。でも、次に、この紙を持ってきた人がいたら、その人の顔を、私は覚える」
男は、米を受け取れずに、帰った。
*
夜、峠の小屋で、要は、偽の一枚を見た。
よくできていた。紙は、和紙だった。印は、朱だった。文字は、要の字を真似ていた。遠目には、わからない。
「誰が作ったと思う」つむぎが聞いた。
「わからない。でも、三つの村の人間じゃない。紙が違う。三つの村の紙漉きは、一軒しかない。あそこの漉き目は、斜めだ。縦の漉き目は、別の場所で漉いた紙だ」
「外から、来た」
「外から来た。証が、三つの村の外で、知られてる。知られてるから、偽物を作る人間が出た」
要は、少し、笑った。
「なんで笑うの」
「偽物が出るのは、本物が価値を持った証拠だ。誰も、千円札の偽物を作らない時代はなかった。証が、金になった」
「笑いごとじゃない」つむぎは言った。「あの人、米を受け取れなかった。薪を売ったのに」
要は、笑うのをやめた。
「……そうだな」
「要さんは、仕組みで考える。偽物が出た、だから仕組みを直す。漉き目を変える。印を増やす。それは正しい。でも、あの人は、仕組みじゃない。今日、米を持って帰れなかった人」
「わかってる」
「わかってない」つむぎは、初めて、強く言った。「要さんは、偽物を見つけたのが、仕組みだと思ってる。違う。私が、見つけた。漉き目を、何百枚も見てきた私の目が。印の色の違いを、覚えてた私の頭が。仕組みは、私が見つけた後で、それを書くだけ」
要は、何も言えなかった。
「仕組みは、人を見る目を、忘れるためにあるんじゃない」つむぎは言った。「人を見る目を、助けるためにある。要さんは、ときどき、それを逆にする」
小屋の中が、静かになった。
要は、偽の一枚を、机に置いた。それから、本物の一枚を、隣に置いた。並べると、違いは、はっきりしていた。つむぎが言ったとおりだった。縦と斜め。同じ朱と、四つの朱。
要には、見えていなかった。見ようとも、していなかった。偽物が出たら、仕組みで対応する。それしか、考えていなかった。
「……君が、いなかったら」要は言った。「この一枚は、通ってた」
「通ってた」
「仕組みは、君の目の後ろにしかない。先には、ない」
「うん」
「それを、忘れてた」
つむぎは、少し、息を吐いた。
「忘れてたなら、いい。忘れてるって、気づかないのが、怖いだけ」
*
翌日、要は、三つの村の長に、一つだけ、提案した。
漉き目を変えることでも、印を増やすことでもなかった。
「証を受け取る人、全員に、本物の見方を教えます。漉き目。朱の色。字の癖。米屋も、味噌屋も、塩屋も、薪小屋も。全員が、つむぎの目になる」
「それで、偽物を防げるのか」大畑が聞いた。
「防げません。でも、通りにくくなる。偽物を作る人間は、通りにくい場所には、持ってこない。通りやすい場所に、持っていく」
「仕組みじゃ、ないな」隣村の長が言った。
「仕組みじゃないです」要は言った。「目です。人の」
ばあさまが、小さく笑った。
「おまえ、少し、変わったな」
要は、答えなかった。変わったかどうかは、自分ではわからなかった。ただ、昨夜から、つむぎの言葉が、頭の中にあった。
人を見る目を、助けるための、仕組み。
ロードマップの八つの段を、要は、もう一度見た。顔。三冊。割符。評判。手形。証。組合。貸す。全部、一段目の「顔」の上に乗っている。一段目が、なければ、残りは、紙だ。
要は、ノートの隅に、小さく書いた。
『〇、目』
一の前に。
コメント
1件
つむぎの「仕組みは人を見る目を助けるためにある」って言葉、すごく響きました。要さんが偽物を見つけたことを「仕組み」で片付けようとしたのに対して、つむぎが「私が目で見つけたんだ」って言い返すところが特に好きです。最後にノートへ『〇、目』って書き足すシーン、胸が熱くなりました。要さんの変化が丁寧に描かれていて、続きが楽しみです!🌾✨