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教室には、もう誰もいなかった。
机と椅子の並ぶ静寂。
窓の外では、蝉の声だけが遠くを震わせていた。
日下部は、一番後ろの席でうつむいていた。
蓮司が近づいてくるのは、気配でわかった。
だが、顔は上げなかった。
逃げる理由も、残っていなかった。
「……さ。どっちが壊れるか、賭けない?」
唐突な声だった。
軽い。空っぽの笑みのように。
「おまえって、さ。意外と壊れづらい顔してるよな」
蓮司が笑いながら、机に肘をついてのぞきこむ。
その距離の詰め方に、悪意はない。
ただ──何もない。執着も、憎悪も、興味すら。
それが一番、厄介だった。
「……何がしたい」
日下部は、低く訊いた。
抑えた声の裏で、指先が震えていた。
蓮司はそれを見ていた。
「いや。ちょっと、試してみたくなっただけ」
「おまえが、どこまで“良い子”でいられるか」
その二人の様子を、遥は階段の影から見ていた。
音は聞こえなかった。
けれど──蓮司のあの立ち姿と、日下部の表情。
全てが既視感だった。
遥の中で、何かがざわめいた。
(また、始まる)
(今度は──日下部が、壊される番だ)
遥の胸に、熱く鈍いものが渦巻いていた。
怒りではなかった。
悲しみでもない。
それは──確信だった。
(俺のせいだ)
(俺が、あいつ(日下部)を見てたから)
(俺が、欲しかったから)
(俺が──“選ばれなかった”から)
だから、日下部が代わりに壊される。
そう思った。そう思ってしまった。
「あいつに触れても、壊れないかどうか──蓮司は試してる」
「俺と、同じように」
それは蓮司に対する怒りではなく、自己嫌悪の強化として遥に蓄積していく。
「今度もまた、俺が黙ってる間に、誰かが壊される」
「それを“見てるだけ”の自分が──一番、気持ち悪い」
日下部は、蓮司の手口に“かつての自分”を重ねていた。
弱いものに、無関心のふりをして近づき、踏みにじる。
「あの頃の俺と、同じじゃないか」
でも──だからこそ、強く出られない。
(遥にしてしまったことを、蓮司に返すのか?)
(それとも……遥を守る“フリ”をして、自分を許すだけか?)
沈黙は続く。
殴ることも、叫ぶこともできない。
それは、遥との関係を壊した“あの時の自分”の続きでもあった。