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夕暮れの廊下は誰もいない。教室も鍵がかかり始めていた。
靴音を吸い込むような階段の踊り場で、蓮司は日下部を壁際に追いやる。
何かをするわけでもない。ただ立ったまま、近い。
異常なのは“その距離”だけだ。
「……こういうとこ、誰も来ないんだな」
蓮司の声はいつも通り、飄々としている。
だがその口調が、沈黙を許さない。
「おまえさ、怖いって顔しないんだな。昔からそうだったっけ?」
日下部は何も言わない。
言葉を出せば、軽くされる気がした。
沈黙は、わずかに守ってくれる“最後の壁”だった。
蓮司は笑う。
「遥と同じだ。何も言わないくせに、身体の方が早い」
ふと、手が伸びる。制服の襟をつまむ。
引き寄せるでもなく、ただ握る。
けれどそれだけで、喉元に冷たい刃を当てられたような息苦しさがある。
「日下部ってさ、なんでいつも、そうやって黙ってんの?」
「……おまえが黙らせたんだろ」
初めて、日下部が返した。
声は掠れていたが、後退らなかった。
蓮司の指が止まる。
「へえ……いいじゃん、それ」
「そういうの。ちょっとムカつくくらいの、反発」
その手が、今度は襟から頬へと滑る。
一瞬、ふれるだけ。
けれど日下部の肩がわずかに揺れる。
「びくってしたの、今」
「そういうの、ちゃんと見てるよ」
声に悪意はない。興味本位だけがある。
その方が、残酷だった。
「俺ね、壊れかけてるやつ見るの、結構好きなんだよな」
「ぐちゃってなってるのを、こう……上から覗くの。たぶん性癖」
「……最低だな」
「知ってるよ。でも──おまえ、そこそこ似合ってるよ」
微笑みながら、蓮司は指を引く。
触れることも、傷つけることもなく。
けれど確実に、“輪郭だけ”を奪っていく。
「ま、壊れたら教えて。拾ってやるから」
去っていく背中に、日下部は手も伸ばさなかった。
背中の壁が、いつの間にか冷えていた。