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妻、杏奈の妊娠を知った時は、とんでもなく大きなプレゼントを神様から授かった気がした。
_____俺の遺伝子を持つ子どもが生まれる
結婚すれば、それは大多数の人にもたらさせる幸せの一つかもしれない。
でもいざ、その時が自分自身に訪れると、想像以上にテンションが上がった。
「できたかもしれない」と杏奈に言われた時、産婦人科について行くと言ったのは俺だった。
よくテレビで見るような、妊娠の診断を医師の口から聞きたかったからだ。
よくわからない胎児のエコー写真だったけど、妻のお腹に確かに宿っている命が、とても尊いものとして俺の目に映った。
___俺の子供!
そう思うだけで、体の奥底から不思議なパワーのようなものが湧いてきた。
家事も育児も、仕事だってこれまで以上にやれる、そんなドーパミンが噴き出してきたようだった。
実際、妊娠がわかったあとすぐに始まった悪阻の時期も、できる限り杏奈のことを手伝った。
慣れなくて時間がかかったけど、ゴミ捨てもトイレ掃除も洗い物もなんとかやれた。
最初はゴミ分別とか洗い物の順番とか細かい注文があったけど、そのうち何も言われなくなった。
____ま、俺だってやればできるってことだな
そうやって、杏奈のお腹がだんだん大きくなって赤ん坊が動くようになると、お腹越しに話しかけることも忘れなかった。
出産にも立ち会うことができ、2週間と少なかったが育休もとれた。
会社では若い女の子から、褒められた。
「岡崎さんって、育メンですね、素敵な旦那様で、奥様が羨ましいです」
その度に俺はこう答えた。
「君たちもそんな旦那さんを見つけることだね、それが幸せになる秘訣だよ」
と。
◇◇◇◇◇
家事も育児も手伝う、つもりだった。
けれど、世間が不景気を謳いだしてきたころ、俺の勤め先の外食チェーン店はもろにその不景気の煽りを受け、人員削減を余儀なくされた。
エリアマネージャーの俺も、担当店で人手が足りない時はエプロンをつけて店内で働いた。
「いらっしゃいませ!本日のオススメはこちらの刺身の盛り合わせです。いかがですか?」
「お客様、お飲み物を先にオーダー願います」
入社当初しか経験のないフロアの仕事は、思ってた以上に疲れた。
フロアが落ち着くと、あとは洗い物を片付けて最後はレジ締めまでやる日もある。
そんな日は、家に帰ってまで洗い物などの家事をしたくなくて、ほとんど杏奈に任せるようになった。
___まぁ、杏奈は専業主婦だから俺がやらなくても、これくらい大丈夫だよな
そんな日がしばらく続いた。
エリアマネージャーの仕事だけの時は、事務的なことばかりだったから、帰りはそんなに遅くなることもなかったし、店舗回りはあったが体力的な疲れを感じることもあまりなかったのだけど。
連日の店舗業務に追われていると、先が見えないこの仕事に焦りをおぼえる。
「はぁー!」
思わずでた深いため息は、上司のところまで届いたようだ。
「どうした?岡崎くん」
どうしたもこうしたもないだろこの勤務状態で、と言いたいところだがそこは抑えた。
部長も慣れないパソコン業務を回されて、あくせくしているのを見かけていたからだ。
「いや、なんていうか……この景気の悪さっていつまで続くんですかね?」
「わからんな、国がなんとかするじゃないのか?」
「先行きが見えないと、この忙しさを乗り切れる自信がありませんよ。毎日、疲労困憊です」
俺のグチを聞いて、ポリポリと頭をかく営業部長。
「そうだな、俺もパソコンなんてやってるとさらに老眼がひどくなるようだよ。そういえば、岡崎くんとこは子供が産まれて間もないんだったよな?」
「はい、もうすぐ半年になります」
「そうか、赤ん坊がいたらそりゃ、こんなふうに先行きが見えないと不安にもなるよな……でもな、いいこともあるぞ」
「え?なんですか?」
部長がわざわざ席を立って、 周りを見渡して耳打ちしてきた。
「嫁さんが赤ん坊におっぱいやってるうちは妊娠しないらしいぞ。ってことはだ、やりたいだけやれるってことだ。それに、奥さんは働いてないんだろ?だったら夜遅くなっても相手してくれるだろう」
「いや、そ、そんなことは……」
部長はさらに近づいて言う。
「男ってのは不思議なもんで、体が疲れてくるとよけいにしたくなるもんだよ、特に君みたいに若いころはな。俺にもおぼえがある。たまには奥さんにスッキリさせてもらうことだな」
なんとも言えない話題に何も答えずにいたら、ぽんぽんと肩を叩かれた。
「ま、そういうことだから、明日からもよろしく頼むよ。景気が上向いてきたらまた人員の補充もする予定だから」
「まぁ、はい……」
部長に言われてみたら、そんな気がしてきた。
___そうか、このモヤモヤしたストレスはもしかすると……
部長の言う通りかもしれないと思った。
圭太が生まれてから、杏奈を誘ってもいい顔はしなかった。
ハッキリと断られたことはなかったけど、よろこんで応えてくれることはなくなった。
でも、部長が言うように杏奈は専業主婦だし仕事で頑張っている俺のためなら、相手をしてくれるだろう、というか、それくらいやって当然なのでは?と思えてくる。
これから先の不安と毎日の疲労からのストレスを、妻の杏奈に癒してもらおうと思った。
その日の夜。
帰り着いた時、時計は10時を回っていた。
杏奈と圭太は、もう寝てしまっているようだ。
テーブルには焼きおにぎりとサラダが置いてあり、“遅くまでお疲れ様。私と圭太のためにありがとう”とメモが添えられていた。
少しタバコ臭くなったシャツを脱ぎ、シャワーを浴びてビールを飲んだ。
時計は11時になった。
明日は朝イチから会議があり、その後は少し離れた店舗まで応援に行くことになっている。
14時間勤務になりそうだった。
いつになったらこんな状態から解放されるのだろうか?
このまま不景気が続けば、給料だって下がるのは目に見えている。
___あーっ!もうっ!
不意にセックスしたい欲望が湧いた。
杏奈を抱きたいというより、ただ単純にしたいという感情だった。
寝室へ行くと、圭太に寄り添ってぐっすり眠っている杏奈がいた。
あまりにも無防備な寝姿に、いくらかの苛立ちをおぼえた。
___俺はこんなに働いてるのに!
その感情のままに少し手荒く毛布をめくり、杏奈のパジャマのボタンをはずす。
その気配に気づいて、杏奈が目覚めた。
「……え?なに?」
「そのままでいいから」
「いやよ、圭太が起きてしまうわ」
「よく寝てるよ、すぐ終わるから」
「そんな……」
パジャマを押さえて毛布をかぶる杏奈。
「いいだろ?俺はしたいんだ」
「私はいや、こんなの、違うわ」
「違わない」
「眠いの、お願い、やめて」
「そんなの、専業主婦なんだから明日昼寝すればいいだろ?ほら、いいから、脱いで、ほら!」
押し殺した声でも、口調を荒げたらそのまま俺のするがままに任せていた。
杏奈の感じるところとか、好きな手順なんかまるで無視して、ひたすら自分が《出す》ことだけに意識を向けた。
「ね、お願い、付けて。まだ妊娠したくないの」
「は?おっぱいやってるうちは妊娠しないんだろ?部長が言ってた、あっ、あ、もうイクから……」
「…そんな……」
杏奈の声は、泣き声のようだった。
一気に放出した俺は、体に蓄積していたいろんな負の感情も出し切った気がして、快感というか爽快感を得た気がした。
不安や焦りも、温かい杏奈の中で薄らいだ。
ほーっと息を吐くと、俺は自分のベッドに倒れ込んだ。
杏奈は寝室を出てシャワーを浴びに行ったようだ。
___そういえば、キスもしてなかったな
眠りに落ちながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。