雪解け間近の早春、雅也は意外な知らせを受けた。彼に政治的価値を見出した藤原家が、自らの娘を雅也に嫁がせることを決定したのだ。藤原家は幕府に次ぐ権力を持ち、その娘との婚姻は、雅也がさらなる勢力を築く足がかりとなるはずだった。
雅也の婚約者となる藤原家の娘は、名を千鶴と言った。18歳の彼女は、噂通り美しく、長い黒髪と清楚な顔立ちが印象的だった。しかし、内面には芯の強さと冷静な知性が隠されている。
婚姻話を告げられた雅也は、当初、冗談かと思った。
「いやいや、俺に結婚って……そんなん柄ちゃうやろ?」
雅也が苦笑いしながら語ると、横にいた加藤清政が淡々と口を開いた。
「お前が何を思おうと、婚姻はお前の戦略に必要なものだ。」
「まあ、確かに後ろ盾は欲しいけどなぁ……けど、相手の娘さん、どう思ってるんやろ?」雅也は京都弁でぼやく。
「気になるなら直接会えばいい。」橘真治が冷静に答えた。
藤原家の屋敷に到着した雅也は、緊張を隠しながら千鶴と初めて顔を合わせた。千鶴は淡い桃色の着物に身を包み、静かに雅也を見つめていた。
「初めまして、千鶴です。」彼女は柔らかな声で挨拶をした。
雅也は一瞬見とれたが、すぐにいつもの軽口を叩いた。
「おおきに。けど、俺でほんまにええん?」
千鶴は一瞬だけ微笑むと、目を逸らさずに答えた。
「私は父の命に従います。ですが、あなたがこの国を変えられる人ならば、お支えします。」
その言葉に、雅也は予想以上の覚悟を感じ取った。
「……えらい覚悟決めとるな。」
千鶴は頷くだけだったが、その瞳の奥には強い意思が見えていた。
婚礼は荘厳な雰囲気の中、藤原家の広大な庭で行われた。幕府への対抗心を隠さない藤原家は、この婚礼を政治的なメッセージとしても利用していた。
「なんや、こんな大勢の前で式挙げるんかいな。」雅也が不満げに呟くと、橘が冷ややかに返した。
「お前がこれだけの注目を集めている証拠だ。自覚しろ。」
雅也は仕方なく肩をすくめると、千鶴と共に誓いの場へと歩を進めた。
婚礼後の祝宴で、加藤清政が雅也に近づき、皮肉たっぷりに話しかけた。
「おい雅也、これでお前も“家庭を持つ男”だな。しっかり働けよ。」
雅也はお屠蘇の杯を片手に、軽く笑った。
「家庭を持つ言うても、戦ばっかで家には戻れへんやろ。」
加藤は鼻で笑いながら、「まあ、それもそうだな。」と応じた。その背後で、橘が静かに千鶴と話している姿が見えた。
婚礼を終えた雅也は、千鶴を伴って新たな拠点となる屋敷へ移動した。だが、彼の頭には次の戦略が渦巻いていた。
「この婚姻で藤原家の力を手に入れた。次は幕府に対抗するための具体的な布石やな……。」
雅也の心は、千鶴への感情よりも、戦の未来へと向けられていた。しかし、その背後で千鶴がどのような動きを見せるのか、まだ誰も知る由もなかった。
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