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『血塗られた戦旗』が悪足掻きを始めている頃、『黄昏』では『暁』が戦後処理に奔走していた。
何よりも優先しなければならないのは、死体の処理である。
季節は夏真っ盛りであり、抗争など意にも介さず晴天が続き気温も高い。当然死体が腐敗する速度も早まり、そしてそれは疫病などの温床となったり魔物を引き付ける結果となるのだ。
先ず味方に関しては速やかに回収して火葬が行われた。帝国では土葬が一般的ではあるが広大な墓地を建設する余裕がないため『暁』は犠牲者を火葬し、遺骨を粉末にして『大樹』の根本に埋葬することが一般的となっている。
唯一の例外は回収された勇者の遺骨のみであり、ルミも例外ではなかった。
シャーリィは速やかに犠牲者の埋葬を済ませると、次に『血塗られた戦旗』の死体の処理を開始した。
敵である以上埋葬するつもりもないシャーリィではあるが、放置すれば被害が及ぶとあってその処理には『暁』結成時から常に頭を悩ませていた。彼女が勇者の力を目覚めさせるまでは。
今となっては死体を集めて勇者の剣で纏めて消してしまう処理が一般化。問題があるとするならば、作業が終わるまでシャーリィが剣を振るい続ける必要があることである。それ故に処理を始める前に出来るだけ死体を集めて効率的に作業が行われた。
この処理には一日を費やし、『血塗られた戦旗』の死体は跡形もなく処理され、更に血を含んだ土も一緒に処理された。
死体の処理を済ませたら、次は犠牲者の慰霊である。これだけはどんなに忙しくても実行され、シャーリィ自身の手で粉末にされた遺骨を納めた壺を慰霊碑の下に作られた専用の空間に納めていく。
その間彼女は無言ではあるが、その後ろ姿からは悲痛な叫びが感じられ、幹部達も心を痛める。
慰霊が済み、負傷者の手当てが一段落すると破壊された陣地の強化や再建が速やかに行われ、同時に予備兵力である自警団の訓練も大々的に行われた。
領邦軍の来襲は目前に迫っており、『暁』構成員達は戦闘態勢を維持したまま日々を過ごしていた。
医療班による薬草と回復薬を惜しみ無く投入した治療により大半の負傷者は一命を取り留め、シャーリィ自らが見舞い次の戦いには参加しないように指示を出した。それは幹部も例外ではなかった。
「ボディーガードなのに傍に居られないとはなぁ」
足の手当てを済ませたベルモンドもまた、黄昏病院の一室で療養していた。
「無理をしないでください。いざ戦いとなって足の傷が原因で全力を出せずに戦死、何てことは許しません」
見舞いに来たシャーリィはキッパリとベルモンドに療養を命じた。
「お嬢の心配も分かるが、それと変わらないくらい俺も心配してるんだからな?」
「ルイが居るから大丈夫です」
「ルイのことは信用してるが、それでも心配にはなる。次の戦いは貴族様だろ?」
「はい」
「それに、『血塗られた戦旗』の奴らも心配だ。逆転を目指してお嬢の暗殺を狙ってくるだろうさ」
「でしょうね。『血塗られた戦旗』に逆転の手があるとするなら、私を始末することです」
「で、お誂え向きに連中には腕利きの殺し屋が居る。身の回りには気を付けろよ。ルイだけじゃねぇ。出来ればシスターとセレスティンの旦那も傍に置いてくれよ?」
「分かりました、最大限留意しますよ」
「本当に頼むぜ?あっ、いや。戦いには参加しねぇから俺も傍に」
「ダメです。ベルにはいつも頑張って貰っていますから、たまには休んで貰わないと。心配しなくても、ベルの居ない間はアスカを傍に居させますから」
「なら良いんだが……はぁ。分かった、頑張れよ」
ベルモンドからすれば危なっかしい妹分を野放しにするようなものであり不安はあったが、命令された以上従う他ない。
不安を抱えつつも了承して彼女を送り出す。
ベルモンドを見舞ったシャーリィは『黄昏』の町を視察しながら散策。傍にはルイスとアスカを連れており、警戒を怠らなかった。
そのままシャーリィは近くにあるダンジョンへ向かう。入り口で二人を待たせて奥地へ向かい、師と面会する。
「マスター」
『来たか、勇気ある少女よ』
シャーリィの呼び掛けにゆっくりと振り向くのは高位の法衣を纏ったアンデッドの王、ワイトキングである。
「先の戦いでは御加勢していただけたとか。ありがとうございます」
『ふむ、ダンジョンに踏み込んだ者達か。目印もなくまた石油か?あの湖へ向かう素振りも見せなかった。或いは失念しているのだろうかと考え、幾つか合図を出してみたのだが』
シャーリィはダンジョン内にある油田を利用するために幾つかの取り決めを行っていた。作業に従事する者は事前に決められており、衣服にその証であるメダルを身に付けることを義務付けた。
また万が一に備えての合図も幾つか用意されていた。当然部外者である『血塗られた戦旗』の傭兵達はそれに気づかず、状況から侵入者であると判断したワイトキングは排除に動いた。
「マスター、侵入者達の処理はどのように?捕縛しているならば、代わりに始末しますが?」
『それには及ばぬ。彼の者らは我が眷属の糧となった』
「つまり、魔物達のエサになったと」
『うむ。そなたに関わりがある者ならばこの場へ踏み入ることを許すが、そうでない者にまで慈悲を与えるほど我も寛大ではない』
「魔物に食べさせて大丈夫なのですか?」
『ダンジョンが生み出したもの。魔物が喰らえば我が庭の糧となる。久方振りの魂は美味であったぞ』
「マスターは死霊王でしたね。それなら定期的に誰か放り込んだ方が良いですか?」
『そなたから得られる知識があるゆえ、無理はせずとも良い。が、たまに提供してくれるならば我は嬉しく思う』
「分かりました。此れからは定期的に敵の下っ端を放り込むことにします。正直捕虜の扱いに困っていたので、有り難いです」
『暁』はシャーリィの方針で敵対者を殲滅するが、それでも捕虜が発生することもある。
この場合更正の見込みがあると判断すればそのまま『暁』へ取り込むことはあるが、大半は主に殺しに馴れていない新米の訓練相手として処理している。
とは言えシェルドハーフェンで殺人に忌避感を持つ者は少なく、処理に困ることもあった。
『うむ。して、此度は教練に参ったか』
「魔法の練習に打ち込みたいのは山々ですが、まだ問題が山積みでして。出来るだけ早く片付けます」
『構わぬ。我にとって数年など瞬きに等しい。そなたの来訪を心待ちにしておこう』
死体の処理と死霊王への礼を済ませたシャーリィは、いよいよ領邦軍との激突に備える。それは、領邦軍が来襲する二日前の出来事であった。