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体育館に夕日が落ち始めた頃、治がぽつりと言った。
「侑。俺、バレー辞めるわ」
その言葉は、ボールよりも鈍く侑の胸に当たった。
「は?」
侑は思わず笑う。
聞き間違いだと思った。
「何言うてんねん、アホ。
冗談にしてもおもんなさすぎるわ」
治は視線を逸らさず、まっすぐに侑を見る。
「本気や。料理の道に行く」
侑は一瞬、呼吸を落とした。
理解できなかった。
したくなかった。
「……なんで?」
声が勝手に掠れる。
「なんで今なん? 俺ら、ここまでずっと“対”でやってきて……
それを、簡単に手放すん?」
治は静かに首を振った。
「簡単ちゃうよ。ずっと悩んでた。
けどな、これが俺の道やって思うたんよ」
侑は頭が真っ白になった。
治が悩んでたことにも気づけなかった自分が腹立たしい。
治が先に大人になっていくようで、置いていかれるようで。
「……理解できひん」
侑は小さく呟いた。
「お前がバレー辞めるとか……ほんまに意味わからん」
治の夢を否定したいわけじゃない。
けど、今まで1番息が合って、
1番争いあって、
1番高みを目指してきた。
そんな治がバレーを辞めたら……
「俺は…これからどうすればええんや…」
治は、困ったように少し笑った。
「侑。お前はお前の道を行け」
その言葉が、胸に刺さる。
侑は唇を噛んだ。
しばらく沈黙して、ゆっくり息を吸い込む。
──理解はできひん。
でも、目の前の治は本気や。
「……わかったわ」
侑は顔を上げた。
目は赤いのに、光は濁ってない。
「お前が行きたいとこ行くんやったら、止めへん」
「でもな──」
侑はぐっと胸を張った。
「お前が辞めたからって、俺のバレーは終わらへん。
俺は俺で、日本一のセッターになったる」
治の目が少し大きくなる。
「……ツム」
「見とけよ。俺の……“宮侑”のバレー、誰より輝かせて見せたるわ!」
夕日の中で、侑の横顔はいつもより大人びていて、でもどこか悔しさを抱えた子どものままだった。
治は最後にぽんと侑の肩を叩く。
「なら、負けんといてな。」
侑は鼻で笑う。
「当たり前やろ。
お前に“辞めへんかったら良かった”って言わせたるわ」
その瞬間、体育館に吹いていた重い空気が、
少しだけ軽くなった。
──片割れがいなくなっても、前に進める。
いや、進まなくてはならない
治はそんな侑を見て少し安堵した。
「俺も、みんなに美味い飯広めたるわ。誰も食べたことないっちゅう最高の飯を」
2人はただ、夕日が落ちるのを見つめた。