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橘靖竜
数分の空白
夜。
マルトク本社。
建物の照明はほとんど落ちている。
深夜勤務のスタッフは少ない。
笹川迅翔――ハヤトは
小さなメンテナンス室にいた。
机の上に
小さな端末。
そして
首の後ろにある接続ポート。
彼は椅子に座る。
画面を見る。
メンテナンス表示
補助チップ
状態:稼働中
推奨:短時間休止
ハヤトは小さく息をつく。
最近、システムが不安定だった。
大更新の影響。
ログのノイズ。
判断遅延。
会社は言った。
> 「定期的にチップを休止してください」
数分だけ。
取り外し
ハヤトは手を伸ばす。
首の接続部。
カチッ。
小さな音。
画面が変わる。
補助チップ
状態:停止
再起動推奨時間
5分
部屋が静かになる。
最初に起きるのは
静けさ
頭の中の処理音が消える。
いつもある
最適化
分析
補助
それらがすべて消える。
代わりに出てくるのは
自分の思考
ハヤトは目を閉じる。
深呼吸。
数秒。
そして小さく笑う。
「久しぶりだな」
この感覚。
最初に浮かぶのは
子供の顔。
小学生。
少し前の記憶。
慰謝料。
養育費。
仕事。
忙しさ。
そして
もう一つ。
今日のログ。
花子。
村田。
公園。
ハヤトはふと考える。
(花子)
いつも通りの思考。
しかし
次の瞬間
少し違う。
イメージ。
公園。
ベンチ。
花子が笑う。
風で髪が動く。
ハヤトは目を開ける。
「……あれ」
今までと
見え方が違う。
頭の中で言葉が浮かぶ。
一番大きい認識は、
きれい
ハヤトは少し固まる。
「……は?」
今まで
そんな評価は出なかった。
花子は
あくまで
利用者で
家族の延長。
俺が
守る人。
なのに今
別の認識。
(花子って
こんな顔してたか)
ハヤトは椅子にもたれる。
なぜか、
思い出す。
目。
声。
笑い方。
そして
公園で村田と並んでいる姿。
胸の奥が
少しだけざわつく。
ハヤトは眉をひそめる。
「なんだこれ」
全然、
理解できない。
次に浮かぶのは
村田。
ベンチ。
コーヒー。
あの、
のんびりした顔。
その瞬間
ハヤトの思考が止まる。
今までの認識は、
村田=同僚
しかし
別の言葉が出る。
男
ハヤトは小さく笑う。
「いや
当たり前だろ」
でも違う。
今まで
そんな視点で見たことはなかった。
頭の中に
一つの光景。
花子。
村田。
並んで歩く。
新しい構図。
胸の奥。
また少しざわつく。
理由はわからない。
ただ
落ち着かない。
端末が光る。
再起動まで
30秒
ハヤトは画面を見る。
「もうか」
少しだけ残念。
最後の思考
チップが戻る前に
最後に浮かぶ言葉。
(花子
あんな顔して笑うんだな)
そして
別の考え。
(村田
なんであんなに自然なんだ)
ハヤトは苦笑する。
「まあ
いいか」
再接続の、
カチッ。
って
小さな音。
画面が更新される。
補助チップ
状態:稼働
頭の中に
業務端末からの
処理が戻る。
分析。
最適化。
ログ整理。
消去
システムが自動整理を始める。
非業務思考
削除推奨
ハヤトは一瞬止まる。
数秒。
そして言う。
「……保留」
本社の夜、
ハヤトは立ち上がる。
部屋を出る。
廊下は静か。
いつも通り。
しかし、
彼の内部ログには
小さな新しい項目が残る。
未分類感情
対象:花子
状態:不明
ハヤトはそれを見ない。
まだ。
理解できないから。
同時刻
村田の部屋。
ソファ。
テレビ。
村田は寝ている。
毛布。
まだ少し丸い体。
そして寝姿。
大きな音で上がっているいびき。
(かなりヤバい)
その頃、
花子はノートを書いていた。
一行だけ。
> ハヤトのバランスが
少し崩れ始めている気がする
証拠はない。
ただの直感。
でも
だいたい当たる。