「たいしたこと」
「晴斗~テストどうだった?」
新学期になると毎回、本校で行われる新学期テスト。
最後の教科の国語のテストが終わり、机の上に溜まった消しカスを床に落とそうとしたとき山内が僕に話し掛けてきた。
「まあまあ解けたよ。最後の現代語訳の問題は部分点、貰えてると思うし……」
僕がそう答えると、山内は最初こそはいつも通りのはにかんだ笑みを見せたがだんだんと顔色が変わっていき、引きつった顔になる。
どうやらあまり手応えは無かったみたいだ。
「俺は全然、駄目!!空欄埋められなかった」
山内は『はぁ』とため息をつく。何もそんなに落ち込まなくても、なんて思ったがあえて口にはしなかった。本当ならここで、岩田が山内に『ちゃんと勉強せずにゲームばかりしてたからだろ』とか言って、叱るのだろうけど今日はそうはならない。
岩田は昨日、熱を出して学校を2限目で早退して今日は学校を休んでいる。
多分、岩田は後日受験になるだろうから月曜の3人で遊ぶ予定はなくなるかもしれない。
「永山~、すまん。あとで職員室に来てくれないか」
僕と岩田が鞄を持って、教室を出ようとしたとき担任の教師に声を掛けられた。
「あっ、はい」
先生はそう言うと、管理棟の方へ歩いて行った。
なんだろう。
「ごめん、一緒に帰れなくなった」
「いや、良いよ。全然」
それから僕らは管理棟の階段まで歩き、そこで別れた。
「じゃあ、お疲れ!!」
「おう」
僕は1階に下りていった岩田と逆に3階へと上がり、職員室に向かった。
職員室の前の廊下には3年生達が参考書を開いて、机に向かっている。
僕も一年後こうなるのか。なんて考えて勝手に悲観的になったせいで、僕の足がしだいに重くなって行くのを感じた僕は最後の気力を振り絞って、何とか足が動かなくなる前に職員室のドアの前にたどり着くことが出来た。
「失礼します。2年2組、永山晴斗です」
「おっ永山、こっちだ!」
先生は僕に気付くと、大きな声で手を上げながら僕を呼ぶ。
先生は隣の席の椅子を出して、僕に座るように言った。
勝手に椅子を使って良いのか。と思ったが、先生によると、出張でいないから大丈夫とのことらしい。
「すまんな、永山。帰る所だったろ?」
僕が椅子に座ると、先生は団扇で自分をあおぎながらそう言った。
「いいえ、大丈夫です。用事なんてないし」
「そうか、なら良かった」
「三者面談の事なんだがな、親御さんに話してるか?」
ああ、あの人達のことか。
「それって、叔父さんと伯母さんのことですか?」
先生は下を向いて、気難しい顔をしながら一度だけ頷いた。
本当はわかってるんだ。
先生にこのことで気を遣わせていると。嫌なくらいに……。
「言ってません」
「僕からしたら、たいしたことじゃないですよ」
「そっか、でも伝えておけよ。お前、一人暮らしさせて貰ってるんだろ。ならなおさら、しっかりと相談しなきゃいけないからな」
僕ははっきりと返事なんかしなかった。いや、正確には出来ないんだ。
あの人達と面と向かって話せる自身なんてないし、気が重くなるだけだ。
「失礼します」
僕は椅子を元に戻して、職員室の出口に向かった。僕は先生の顔なんて見ない。
どうせ、また気難しい顔をしているに決まっている。
「失礼しました」
僕は廊下に出て、放送室の前を通って中央の階段に向かった。
「お疲れ、佐藤さん」
僕が生徒玄関口の階段まで下り終えると、佐藤さんが掲示板の隣に寄り掛かって立っていた。
「お疲れ~、テストどうだった?」
「けっこう解けたと思うけど、佐藤さんには勝てないかな」
「ふう~ん」
彼女の顔からは嫌な笑みが浮かべ、腕を組んだ。どうやら、僕は余計なことを言ってしまったらしい。
「で?」
「ん?」
「で、佐藤さんは何してたの?」
始めはポカーンとしていた彼女の顔は『あっ、そういうことか』と今にも口に出しそうな表情を浮べる。
「それがね、さっきまで私、本を返しに図書室に行ってたんだけど、その帰りで山内くんに会ったんだ。いつも一緒にいるはずの晴斗くんがいなかったから『どうしたんだろう』って思ってたら山内くんが『職員室に行ってるよ』って教えてくれて……」
で、今に至ると?
面白がって僕の居場所を教える山内も、その山内の意図に気付かずに僕を待つ佐藤さんもそれぞれの似つかわしさがはっきりと現れていて、呆れる気持ちと同時に何処か安心感が込み上げてくる。
「ヨシ!!」
そんな似つかわしさ溢れる彼女はズンズンと下駄箱へと足を運ぶ。
「ちょっと待って、何で一緒に帰る気満々なの?」
「えっ?」
彼女はまたポカーンと口を空ける。
「ちがうの?」
「違うよ」
「ま、まって。もしかして私って、晴斗くんにキョ、キョゼツされてる?」
「いや、そういうことじゃなくて」
彼女は覚えていないのか?昨年に起きたあの悲劇を。信じられない。
「前に、佐藤さんと帰った後、僕がどうなったか覚えてないの?あの時、大変だったんだから」
彼女は再び、下ろしていた腕を組み直す。
「大変って、晴斗くんの私に対する思いはそんな物に妨げられるような物だったの?」
「僕は元々そんな物、持ち合わせているつもりは無いし、これから持つつもりも無いよ」
「うわ~、そんなこと言っちゃうんだ。もう良いよ。菊さんに報告するから」
まただ、最近、彼女は何かあるとすぐに菊さんに報告しようとする。
佐藤さんと菊さんが知り合って1年が経とうとしている今、菊さんはどんどん佐藤さんに甘くなっている。
僕が嘉村堂に居ると、急に訪ねてきてはその日の夕食の献立を佐藤さんが決めるということが度々、起こる。
もし、意見が食い違ったらジャンケンで決めるのだけれど、何故か勝利の女神は毎回、佐藤さんに微笑む。
それがあまりにも続くから、菊さんに抗議してみても『良いじゃない』と言われるだけ。これは、早めに手を打たなければならないと思っていたのに、未だにこのありさまだ。
「で~、その子がさ….って聞いてる?」
校門を出て、学校の前にある大きな坂を下る。今日もゆっくりと。いつも足早に歩く元気な彼女は僕と並んで歩くのは、かなり大変だろう。
「ねえ、晴斗くん」
「ん?」
「ん?じゃなくて、何考えてたの?ずっとボーッとして……」
「たいしたことじゃないよ」
「ふぅーん」
そう、たいしたことじゃない。親代わりになってくれた叔父さんと伯母さんなら頼んだら三者面談くらい来てくれるだろう。
来てくれるけど、それは僕が望んだことではない。
自分のためにわざわざ時間を取って来て貰うなんて、嬉しさよりも申し訳なさが勝つに決まってる。
そんなこと、させたくない。
僕のことなんか、放っておいて欲しい。
僕のために時間を使うんじゃなくて、もっと他のことに使って欲しい。
その方が絶対に良いに決まってる。そう決まっているんだ。
「晴斗くん、今度、一緒におじいさんのお見舞いに行こうね。もちろん、菊さんも一緒に。」
僕が応えようとすると、僕の目の前をトンボが通り過ぎた。オニヤンマだろうか。
黄色と黒色の帯を着けたようなそれは田んぼの方へと気持ち良さそう飛んでいく。
「晴斗くん?」
空は淡いオレンジ色に染まり、振り返る彼女の頬も暖かい色へと染められていく。
この太陽が沈み、再び、太陽が顔を出すとまた新しい日がやってくるのだろう。
日常は続いていく。
そして、日常が繰り返し、重なることで今、彼女と帰っているこの瞬間を僕が忘れてしまう時が来るかも知れない。
それでも、誰かと話して、喧嘩して、ふざけ合って、笑ったことはその時、その時で大切に抱えていたい。特別だと思っていたい。
「うん、そうだね。行こう、また三人で」
そして、いつか誰かとの日々で得たものを自分の中で『たいしたこと』だと思えるようなそんな人になりたい。
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どうも!! 志賀あきです。今回、嘉村堂の第二章の執筆活動を始めました。前回に引き続き、頑張っていこうと思うので応援よろしくお願いします。(インスタもやってます!!) これからも晴斗、佐藤さんを初めとする個性豊かなキャラクターをどうぞよろしくお願いします!!