テラーノベル
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「おはよ〜。」
「おはよ…。」
朝、目が覚めベッドに備え付けられていた小さい棚に置いてた眼鏡をかけると、見慣れない光景に一瞬、頭がフリーズしたが、そういえば昨日引越してきたんだと思い出し、ベッドから起き上がり、リビングに向かった。
目を擦りながらリビングの扉を開けると、バターの良い香りが鼻をくすぐった。
キッチンの方から涼ちゃんの声が聞こえ、朝の挨拶を返しながらそちらの方へ近付いていくと、涼ちゃんがキッチンから顔を出した。
「元貴って目悪いんだねぇ。目ぇちっちゃい〜。」
極度の近視で、眼鏡をするとレンズの厚みで目が小さくなるのだが、そんなぼくの眼鏡姿を見てクスクス笑う涼ちゃん。
「えぇー、そんなに面白いかなぁ。」
基本的に普段の生活はコンタクトレンズを着用している為、眼鏡姿なんて家族と若井ぐらいにしか見せた事がないし、誰も涼ちゃんみたいな反応をしなかったので、首を傾げていると、ぼくが入ってきたリビング側と逆のキッチン横の扉から若井が入ってきた。
「おれはもう慣れたけど、眼鏡すると別人だとは思うよ。」
ぼく達の会話が聞こえていたのか、キッチンに入ってくるなり若井は、そう言うと、冷蔵庫に飲み物を取りに行った。
「そんなに?」
若井がそう思ってた事を初めて知って少し驚いていると、若井にそれより早く顔洗ってきなよ、と言われたので、ぼくは話を切り上げて洗面台がある脱衣所に向かった。
顔と歯を磨いてキッチンに戻ってくると、ダイニングテーブルに出来たての朝ごはんが用意されていた。
「ここに居たら健康的になりそうだね。」
若井の隣に座ると、いつも朝食を食べないぼくに、若井が口の端をあげて少し意地悪そうに笑った。
「うるさいっ。」
ぼくは若井を肘で小突くと、用意されていたフォークを手にした。
「僕、料理苦手でスクランブルエッグしか作れないんだよねぇ。」
前に目玉焼き作ろうとしたらスクランブルエッグになっちゃったんだ、と言いながらぼくの前の席に座る涼ちゃん。
へへっと笑う涼ちゃんに、ぼくは心の中でどんだけ不器用なんだよ!とツッコミを入れてたら、隣でトーストをかじっていた若井が…
「不器用すぎるだろ!」
と、ぼくの心の代弁をしてくれて、一瞬ニヤけそうになってしまった。
普段朝ごはんを食べないぼくだけど、用意されてしまったからには食べなければいけないと言う事で、まずはスクランブルエッグを一口食べた。
…パッサパサだし、塩っぱいし、胃もたれしそう。
バターたっぷりなのにパサパサって逆に凄くない?!と思ったのが顔に出てたのだろう。
涼ちゃんが慌てた様子でぼくに声を掛けてきた。
「わあー!ごめんっ。不味いよね!無理して食べなくていいからねっ。若井も、全然残して大丈夫だよ!」
若井を見ると、可もなく不可もなくみたいな顔をして黙々と食べ進めていた。
「別に。そんな悪くないよ。」
そう言うと、若井はあっという間に用意されていたスクランブルエッグとトーストとスープを平らげ使った食器を片付けると、リビングにあるソファーに座りスマホをいじり始めた。
そんな若井を見て、涼ちゃんがこっそりぼくに耳打ちしてきた。
「若井って、優しいんだねっ。」
だって、これ全然美味しくないのに…と。
少し申し訳なさそうな笑顔を見せた。
そう、若井は優しい。
一見クールで冷たそうな印象を与える外見をしているけど、5年一緒に居た中で、もちろん冗談で軽口を叩くことはあるけど、若井が人を傷付けるような事や、悪口の類を言っているのを聞いた事がない。
今みたいに、ぼくなんかは直ぐに顔に出てしまうけど、若井はそんな事も滅多にない。
若井には珍しく、今はまだ涼ちゃんに心を開いてない感じがあるけど、若井は優しくて面白くていい奴なんだと言う事を、知ってもらいたかったから、涼ちゃんがそんな若井の優しいところに気付いてくれて、ぼくは凄く嬉しい気持ちになった。
そして、そんな若井の優しさを見習おうと、残していいよと言う涼ちゃんの言葉を流して、全部食べ切り、食器を片付けると、若井が居るリビングに行き、若井の膝に頭を乗せるようにしてソファーに寝転んだ。
「全部食べたの?」
「うん!」
「えらいじゃんっ。」
若井と他愛もない会話をしながらぼくもスマホをいじっていると、朝ごはんを食べ終えた涼ちゃんが、胃もたれしそう〜といいながらリビングにやってきた。
「ねぇ、二人ともそんなのんびりしてて大丈夫?」
「え?」
「ぼくは今日三限からだけど、二人は〜?」
涼ちゃんに言われてぼくと若井は慌てて時間を確認する。
どうやら、いつもの朝と違う雰囲気に時間の感覚が狂っていたらしい。
「やば!もう8時半じゃん!」
「あと15分しかない!!!」
今日も一限から絶対に外せない講義がある為、ぼくと若井はソファーから飛び上がると、急いで支度を済ませて、いってきますの挨拶もそこそこに一緒に家を飛び出した。
・・・
若井に遅れる事数十秒、家から徒歩5分と言う事もありなんとか先生が教壇に立つ前までに滑り込み席に着いた。
がしかし、運動なんて高校の体育以来してなかったのに全力疾走でここまで来た為、息が切れ、ゼーハーと暫く呼吸が整わず、何人かにジロジロ見られ、めちゃくちゃ恥ずかしい思いをした。
若井はと言うと、小学校から高校までサッカー部だったからか、息が切れてる様子もなく、涼しい顔をしていた。
「元貴、大丈夫?」
「いやっ……死ぬっ……!」
・・・
なんとか一限目が終わり、二限目は教科書が煤だらけになった科目だった為、先生に言いに行くと、校内で買える場所があるらしく、次の講義までに購入しておくように言われ、その日はPDF版の教科書を貸して貰える事になり、若井と二人でそれを見ながら講義を受けた。
二限目が終わると昼休憩に入る為、食堂に向かうと、既視感のある青髪が目に入った。
「涼ちゃん?」
声を掛けると、オムライスを頬張った涼ちゃんが振り返った。
「ふぁー。元貴、若井お疲れぇ。」
食堂は人でごった返していたが、ラッキーな事に涼ちゃんの隣と前の席が空いて居た為、相席させてもらう事に。
「あっ、元貴もオムライスにしたんだぁ。」
「うん!実は最近オムライスにハマってるんだよね。」
「二人共、卵好きだね。」
若井は涼ちゃんと涼ちゃんの隣に座るぼくを見て、ふっと笑うと、ラーメンを啜った。
「確かに。朝も卵食べたわ。」
「全然気にしてなかったよ〜。」
「一口ちょーだい。」
「って、結局若井も卵好きじゃんっ。」
「卵嫌いな人なんて居ないでしょ。」
そう言うと、若井は口を開けたのでぼくはオムライスを掬い、若井の口の中に入れてあげると、その光景を見ていた涼ちゃんが目をぱちくりさせて少し驚いた顔をしていた。
「今朝から思ってたけど、二人って本当に仲が良いよねぇ。」
涼ちゃんにそう言われ、確かに仲は良いけど、何でそう思ったんだろうと首を傾げていると、オムライスを飲み込んだ若井が口を開いた。
「元貴って、距離感バグってるから。おれはそれに慣れたというか毒されたというか。」
そう言うと、空になった口にナルトを放り込んだ。
「えぇっ、バグってるってなに?!てか毒されたとは?!」
なんの事を言っているのか分かってないけど、明らかにマイナスな事を言われてる事だけは分かるので、声をあげると隣で涼ちゃんが…
「あぁ、そういうことね。」
と若井に返した。
「ちょっと、二人だけで分かり合ってるのはズルくない?!ぼくも仲間に入れてよっ。」
「まぁまぁ、僕も早く元貴に仲良しって思われるようになりたいな〜。」
「ん?ぼく、涼ちゃんの事、結構好きだよ?」
「なるほどねぇ。」
「なるほどとは?!」
「……。」
「ちょっと、若井食べてばっかいないでなんか言ってよっ。」
「…二人とも早く食べないと三限間に合わなくなるよ?」
「わぁっ、もうこんな時間!」
「やばっ。」
・・・
最後はもう味わう余裕もなくオムライスをかき込み、涼ちゃんと分かれてぼくと若井は講義室へと向かった。
今日も講義は四限までで、三限からは特に何事もなく過ぎていき、眠気と戦いながら四限を無事終えると、ぼくと若井はそのまま一緒に校内を出た。
他愛もない会話をしながら校門までの真っ直ぐな道を朝とは違いのんびり歩いていると、若井の足元に白黒模様のボールがコロコロと転がってきた。
「ごめーん!ボール落としちゃってー!」
恐らくボールの持ち主であろう、走りながら近付いてくるその人を若井は横目でチラッと見ると、ボールを爪先でポンと蹴りあげてキャッチし、渡してあげた。
「お!君、サッカーやってた?!俺、フットサルサークルにやってるんだけど、良かったらうちに入らない?!」
若井の足さばきを見たその人は、少し興奮気味にボールを受け取りながら話した。
若井を見ると、ずっとサッカーをやっていた若井はその誘いに満更でもない顔していた。
「いいじゃん!入ったら?」
「え、うーん、でも…」
「フットサルだからサッカーとは少し違うかもだけど、絶対楽しいよ!迷ってるなら体験だけでもいいし!もし時間あるなら今から来てみない?!」
「若井、サッカー好きじゃん。行くだけ行ってみなよ!」
「…うん、じゃあ行きます!」
そう返事した若井は目がキラキラしていて、久しぶりにボールを蹴れるという事が嬉しそうだった。
朝の息切れ具合をご覧の通り、ぼくは到底出来そうにはないので、お友達もどう?と言う社交辞令をさらりとお断りし、若井と別れ、1人で帰路についた。
・・・
「あれ?」
家に着いたはいいが、リビングには明かりが付いて居らず、チャイムを鳴らしても物音ひとつせず、家に誰も居ないのは明らかだった。
そういえば、涼ちゃんから鍵を貰ってない事に気付き、もしかしたら玄関前に隠されているのではと思い、鉢植えの下や玄関マットの下を見てみたりしたがそれらしい物はなく、途方に暮れたぼくは何となしにお庭にお邪魔してみた。
昨日、この家に来た時よりは時間が早い為、まだギリギリ日があり、お庭がよく見える。
昨日は分からなかったけど、色とりどりなお花も植えられていて、それらを眺めながら時間を潰していると、玄関先でガサガサと音が聞こえてきた。
「おかえりっ。」
「わあっ!」
ぼくが庭からひょこっと顔を出すと、涼ちゃんはびっくりしてひっくり返りそうになり、ぼくはその姿を見て自分のせいだと言うのに面白くて声を上げて笑ってしまった。
「もぉ〜笑わないでよぉ。めちゃくちゃびっくりした〜。」
「ひゃはははははっ、ごめんごめんー。」
「まだ笑ってるじゃんっ。元貴、絶対ごめんって思ってないでしょぉ!」
「くくっ、思ってるって。てか、驚かすつもりはなかったんだけどね。」
ぼくは笑いを堪えながら、鍵が無くて入れず、待ちぼうけをくらってた事を話すと、今度は涼ちゃんが謝ってきた。
「わあ〜、ごめんね。今日の朝、渡そうと思ってたんだけど、二人とも慌てて出ていったから渡すタイミング逃しちゃって。」
そう言いながら涼ちゃんは玄関の鍵を開けてくれて、ぼくはやっと家に入る事が出来た。
自分の部屋にリュックを置いてリビングに行くと、涼ちゃんが両手に持ってた荷物をキッチン台に置いているのが見えたので、キッチンの方に向かうと、色々と食材を買ってきてくれていたようだった。
でも、一体この様々な食材を誰が調理するのだろう?
「めっちゃ買ってきたね。」
「うん、冷蔵庫に何にもなかったからとりあえず手当り次第買ってみたんだけど…」
「…誰が作るの?」
「それなんだよねぇ。」
買う前に気付かなかったのだろうかと思ったが、どうやら涼ちゃんも同じ事を考えていたようだった。
お互い目を合わせて苦笑いをし、食材を見つめる。
「…あ、てかそういえば若井は?」
「あー、若井はフットサルサークルに勧誘されて、体験しに行ってる。」
「へぇー!若井ってフットサル好きなの?」
「フットサルと言うか、小学生の時からずっとサッカーやってたんだよ。」
「そうなんだぁ!凄いな〜。僕、球技苦手だから尊敬しちゃう。」
「サッカーやってる時の若井、すごくかっこいいんだよっ。」
と、そんな会話をしつつ、ぼく達はとりあえず食材達を冷蔵庫に詰めていく。
そして、恐らく涼ちゃんよりかは料理が出来るであろうぼくが使えそうな食材を選んでいった。
ぼくが選んだのは、玉ねぎ・ウインナー・ピーマン・パスタとケチャップ。
そう、夕飯には少し物足りないかもしれないけど、料理初心者でも簡単に作れそうなナポリタンの具材達だ。
若井が何時に帰ってくるかは分からないけど、お腹が空いていたぼく達は、さっそく作り始める事にした。
先ずは具材を切り、お湯を沸かしパスタを茹でて、茹で上がったパスタを切った具材とケチャップと一緒に炒めていく。
と、言葉にするのは簡単だけど、初っ端、切るのを担当していた涼ちゃんの包丁捌きが恐ろしすぎて直ぐに選手交代となったし、パスタを茹でる際にはタイマーをかけ忘れて何分茹でたかよく分からなくなっちゃったし、具材とパスタをどのぐらい炒めればいいのか分からなくて、玉ねぎを焦がしちゃったりと、色んなハプニングが起きながら1時間半後、やっと3人分のナポリタンが出来上がった。
出来上がってみると、意外と美味しそうで、大変だったけど、少しテンションが上がった。
それでも、やっぱりボリュームにかける気がして、最後の悪あがきで目玉焼きを乗せる事に。
「わあ〜!元貴、目玉焼き作れるのすごいねぇ。」
と、隣でパチパチと手を叩いている涼ちゃんに…
「涼ちゃんが料理出来なさすぎるんだって。」
と、共同作業の成果か、朝は言えなかった毒を吐けるくらい、ぼく達は仲良くなっていた。
そして、出来上がった目玉焼きをナポリタンに乗せたところで、玄関のチャイムが鳴り、ナイスタイミングで若井が帰って来た。
「おかえりー!」
「ただいま。てか、なんかいい匂いする!」
キッチンに入ってくるなり、クンクンと匂いを嗅いで嬉しそうにそう言う若井に、ぼくはドヤ顔でダイニングテーブルに並べたナポリタンをジャーン!と手を広げてお披露目した。
「うわ!美味そう!」
「元貴が作ってくれたんだよ〜。」
そう言って、玄関を開けに行った涼ちゃんが若井に続いてキッチンに戻ってきて、
「今、出来たばっかだから冷めないうちに早く食べよ〜!」
と、言いながら、若井の背中を押して誘導し、椅子に座らせた。
「「「せーのっ、いただきまーす!」」」
「うまい!」
「美味しい〜!」
「天才だったのかもしれない!」
料理は大成功。
でも、ぼくは食べてる間にふと気付く。
思い返すと、朝のスクランブルエッグにもケチャップが付いていた。
「また卵…そしてケチャップ。」
そう、ぼくと涼ちゃんは朝・昼・晩と三食、卵とケチャップを食べているという事実に。
「確かに…!」
「おれはラーメン食べたからセーフだね。」
「セーフとかないから!」
「若井も元貴のオムライス一口食べてたから仲間だよっ。」
「そうだそうだー!」
「なに仲間だよ!」
と、そんな仕様もない事で盛り上がりながら、今日も楽しい夜の時間を過ごしていった。
夕飯の後、既に定位置となりつつあるソファーに腰掛け、若井にフットサルはどうだったのかと聞いたら、サークルに入る事にしたと嬉しそうに報告してくれた。
ただ、真剣にやっている人は数人で、試合が近い時以外は活動日も特に決まって居らず、アプリで連絡を取り合って、やりたい人が来てやるスタイルらしい。
「だから、おれ直ぐにレギュラーになれる気がするし、そうなったら応援来てよ!」
「うん!絶対行くー!」
また、若井がボールを蹴ってる所が見れるんだと、ぼくはワクワクした。
コメント
2件
目玉焼きがスクランブルエッグになってしまう涼ちゃんが可愛いです😂 細かな描写からいろいろ読み取れて読むのがとても楽しいです✨ 次回も楽しみにしています!