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キーンコーンカーンコーンと、午前の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り号令をしたと同時に教室にいたクラスメイト達はわらわらと食堂へ向かって行った。
「せーのッ♥ メシ食いに行こうぜ、メシ」
「……一人にさせてくれよ」
朔蒔の言葉に俺は溜息をつくと、朔蒔はそんな俺の態度が気に入らなかったようで俺の腕を掴みまたさっきのように引っ張り上げようとする。でも、今の俺にそんな気力はなかった。何故なら朝のあの騒動以降、こいつとキスしたことが頭の中の大半を占めていたから。
あれが、まだ人の見ていないところでなら良かった。いや、良くない。全然良くはないんだが、男にキスされて、それも好きでもない相手でファーストキスで。もう、人生で一番最悪だったかも知れない。それにのしかかるように、俺はあのキスを同じ学年の奴らに見られていた。写真や動画を撮っていたかは定かではないが、俺たちの騒動を聞きつけ教室から廊下を覗くようにして何十人も俺たちに注目していた。そう、あの大多数に注目されていた時俺は朔蒔からキスされたのだ。
普通コースで唯一の生徒会役員である俺が、生徒の手本となり理想でなければならない俺が、問題児と公衆の面前でキスをした。学校の風紀が乱れるどころの騒ぎじゃない。
俺の株だって……(別にそこまでそれを気にしたことはないが)下がったに違いない。
「あっ、分かった。俺とのキス忘れられねェんだな」
「なわけないだろッ!」
俺の心を読んだかのように言う朔蒔に俺は大声で否定すると、周りからまた冷たい視線が俺に集まる。
ああ、もう本当に最悪だ。
忘れられるわけがない。この短時間で。良い意味で忘れられないのではなく、最悪の意味で忘れられないのだ。もう本当に……
朔蒔はそんな俺を見て素直じゃないなァなんてほざいており、その言葉を聞いているだけでイラついた。
こんな奴のせいで……俺は……
ふつふつと怒りが湧き上がってくる。
俺の怒りを感じ取ったのか、朔蒔はニヤリと笑うと俺の顎を掴むと無理やり上へと向けられた。
「今度は、もーちょい深いのにするか?」
「……んなことしたら、舌かみ切ってやる」
俺がそう答えると朔蒔は面白かったのかケタケタ笑い出す。何なんだこいつは……俺を一体何だとおもってやがる。
そうして暫く俺と朔蒔は冷戦状態になり、お互いが一歩も譲らない状況になっているとその沈黙を破るように「星埜くん」と愛らしく俺の名前を呼ぶ声が聞え俺は振返った。そこには、案の定楓音がおり、弁当箱を可愛らしく掲げ俺の方をじっと見つめていた。
「星埜くん、お弁当食べにいこ」
「あ、ああ……」
「うわっ、星埜ひっでェ。俺と先に約束したのに」
「お前と約束した覚えはないッ!」
そんな俺たちの会話を黙って聞いていた楓音は少し困り顔で、どうしようかな? という表情をしていた。俺はその姿を見て慌てて取り繕おうとすると、楓音が口を開いた。
「それじゃあ、三人で食べれば良いんじゃない?」
「えっ!?」
「おっ、楓音ちゃんナイスアイディア」
楓音の提案に俺は思わず変な声が出てしまい、朔蒔は嬉しそうに手を叩きながら楓音の意見に賛成していた。
いや、待て。なんでこうなるんだよ。おかしいだろ。
というか、朔蒔も何でその提案に乗っかったのか分からなかった。俺の予想ではそんなのいやだと駄々をこねるところだと思っていたのだが……
「多数決とったら、星埜負けるなァ」
「……分かったよ、もうそれでいいから」
そう、ニヤニヤと笑いながら俺を見てくる朔蒔にカチンときつつ、確かに今多数決取ったら負けるだろうなと思いつつ、楓音の提案でもあるのは俺は渋々了承し、弁当箱を持って屋上に向かうべく足を進める。
「そういえば、朔蒔。弁当は?」
「ん? 俺、星埜の貰うから」
「はあ?」
俺が尋ねると朔蒔はとんでもないことを言い出し、俺は耳を疑った。
何を言っているんだこいつは……と頭を抱えつつも、こいつのことだから本気なのだろうと悟ると余計頭が痛くなった。先ほどから手ぶらで着いてくる朔蒔のことが気になって仕方がなかったため聞いたのだが、返ってきた返事に俺は困惑し、自分の弁当と後ろを歩く朔蒔を交互に見て如何するべきかと考えた。
「じゃあ、いつもはどうしてんだよ」
「いつも? あァ、停学食らってたからあんま覚えてないけど、いつもは他の奴脅して貰ってたりした」
「……」
「あ、でも俺ラムネ好きだからラムネはいつも持ってきてる。近所の駄菓子屋で三〇円で買えんの。破格すぎ」
と、朔蒔はどこから共なくあのビー玉のはいった空色の瓶を取り出して嬉しそうに笑った。
何処にでもうってそうなレトロなラムネ。俺はそれをみて、そのラムネの瓶でもたたき割って、先端を突きつけて脅してるんじゃないかと想像が膨らんでしまい、慌てて掻き消した。朔蒔の場合ものなどに頼らなくても存在だけで脅せるだろうと思ってしまったからだ。
まあ、それは置いておいて、本当にラムネ以外何も持ってきていないようで俺の弁当をくうきだと宣っている。
そんなこんなしている内に、屋上に着き、俺たちはいつも通り適当な場所に腰掛ける。すると早速、朔蒔が俺の手にある弁当を物欲しげに見つめてきたため、俺は呆れながらも、蓋を開けてやり、箸を手渡す。
だがしかし、朔蒔は一向に弁当を食べようとしない。
「食べないのかよ」
「食わせてくれるんじゃねェの?」
「自分で喰えッ!」
「えーだって面倒くせえじゃん」
そう言って朔蒔が口を開けたまま待機しているものだから、俺は仕方なく朔蒔の口に卵焼きを突っ込んでやった。
俺の作った甘い味付けをしたふわとろのオムレツのような食感のそれに朔蒔は目を輝かせ、美味しいと一言言うと、次は何が来るのかとワクワクしながら待っていた。俺はその様子にまた一つ溜息をつくと、今度は唐揚げを口に放り込んでやる。朔蒔はそれを満足げに咀しゃくし、ごくんと飲み込むと次はどれだ!というように期待に満ちた目でこちらを見てきた。
その様子がなんだか餌付けをしているような気分になり、俺はつい苦笑いを浮かべてしまった。
「そういや、この弁当って星埜が作ってんの?」
「あ、ああ、そうだけど……」
「ンじゃあ、明日から俺のも作ってきてくれよ」
そういって、朔蒔は俺の膝の上に頭を乗っけて寝転がった。そしてそのまま俺の顔を見上げてにっこりと笑う。まるで、犬のように懐いたその姿は、普段の朔蒔からは想像できないもので、俺は一瞬ドキッとした。
(……って、ドキって何だよ。ありえない。こいつに……)
自分にツッコミを入れつつ、俺は朔蒔の頭を押し返しながら、 朔蒔の要求をどう流すか、受けるか考えていた。
俺の作る料理なんてたかが知れているし、正直大したものじゃないのだが……それでも朔蒔はいいと言ってくれた。
思えば、いつも二食作っては父さんにいらないと云われ次の日の弁当になっていたし、此奴が食べたいというなら意外と良いのかも知れない。でも、作るのも買うのも面倒にしろ何故此奴はラムネ以外持ってきていないのかが不明である。
「てか、なんでお前は弁当類持ってきてないんだよ」
「う~ん、現地調達できるから」
と、聞くだけ馬鹿だった答えが返ってきて、此奴と喋るだけ無駄だと思った。
そんな俺たちの会話を横で聞いていた楓音は、不思議そうに佐久間に尋ねた。
「それって、誰も作ってくれる人がいない……とか?」
楓音の問いに、朔蒔は顔をしかめて、 あァ? と、ドスの効いた声を出す。
俺は慌てて楓音を睨みつける朔蒔の目を隠した。楓音は、地雷を踏んだことに気がついたのか、ごめんね。と言っていたがそれでももう少しだけと、彼に追求するように言葉を投げた。
「僕の家さ、琥珀君の家に近いんだよね……確か琥珀君の家って二階建てのアパートだったよね。その、いつも通るたび凄い音聞えるんだけど」
「楓音って朔蒔の家知ってるの?」
「え、まあ……ちょっとね」
そう、楓音は何かを隠すように言うと朔蒔に視線を戻し彼の返答を待っているようだった。けれど、朔蒔は一向に答える様子もなく黙っている。
こいつにも踏み込んで欲しくないこととかあるんだと思いつつ、俺も少し気になってしまい彼に質問を投げるべきかどうか迷っていると、朔蒔は俺に家族はいないと吐き捨てた。
「家族……いないって、お前それどういう」
「んァ? どういうって、そのままの意味。っつても、あれか。いるけど、いない……見たいな?俺は、彼奴らの事家族とも人間とも思ってないし、親父はクズで、ママンも女として見れない? 的な」
と、そこまで言うと彼は俺の手を退けてふと顔を上げてこちらを見た。黒曜石の瞳からは、少し寂しさを感じられ、俺に縋るように何かを求めるように手を伸ばしてくる。
俺はそれに何故か酷く心揺すぶられて、無意識のうちに朔蒔の手を掴んでいた。すると、朔蒔は安心したような表情を浮かべると俺の手に頬ずりをする。
「まァ、どーでもいいけど」
そう朔蒔は言うと俺から手を離し、ごちそうさま。と言って屋上を去って行った。まるで、嵐みたいな奴だ……いいや、嵐そのものなのだろうけど、彼がいなくなった屋上はとても静かだった。俺の横で、楓音が何かを考え込むような仕草をしていたが、俺がどうしたのかと聞けば、どうもしていないと返したため、俺たちは残りの弁当を平らげて屋上を後にした。