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馬車の扉が閉まる音を背に、カイルは呆然とつぶやいた。
「すっげえ。」
無理やり馬鹿でかい男に腕を引っ張られて馬車に放り込まれたときは、正直かなり嫌だったけど、馬車の中を見回したら、そんな気持ちはどこかへ吹き飛んだ。
馬車の中は広かった。いや、“広すぎた”。外観からは想像もつかない、まるで空間が歪んでいるかのような広さ。
俺が住んでる安アパートの部屋なんか、ここに比べたら押し入れみたいなもんだ。
なんか自分で言ってて悲しくなってきたな。
十人は余裕でくつろげそうな空間に、重厚な家具が整然と並んでいる。壁には高級そうな布が掛けられていた。
天井にはオシャレな照明が付いていて、淡い光で室内を照らす。
場違いなくらい高級感。俺のテンションがちょっと上がる。ちょっとなのは、このゴリラみたいな男がいるから。
馬車の中には、すでに数人の騎士がいた。全員が立ったまま無言で、時間が止まったかのように動かない。異様な緊張感が空気に漂っている。
ぼーっと騎士を眺めていると、馬車の奥から声が響いた。
「団長に敬礼!」
騎士たちが一斉に敬礼する。
男は軽く頷くだけで、それに応えた。
団長….だったのか。
まぁ強そうではあるけど、俺は認めないぞ。こんな“圧”全開のパワハラゴリラが団長だなんて、やってられない。
俺なんか一目見ただけで「こいつと関わりたくねえ」と思ったからな。騎士たちも多分同じだ。
もういいや。こいつのこと考えてたらムカつくだけだ。
内心の文句を押し殺しながら、カイルは目の前にあるテーブルの席に目を奪われた
テーブルには、繊細な彫刻が施された茶器と、透明なガラスのカップが並んでいる。紅茶の香りがかすかに漂い、鼻をくすぐった。
やっぱすごいな。こんなの初めて見たぞ。
俺もついに貴族デビューか。長かったようで、短かったような。
カイルは感動しながら、席に座ろうとするが、立ち止まって周りをキョロキョロし始めた。
ここ座っていいのかな?あの男のことだから絶対ケチつけそうな気がするんだけど。
団長はわざとらしくため息をつき、椅子を指差した。
「そこに座れ」
「はい。」
もっとこう、柔らかい言い方できねえの? 怖いから文句言えないけど。っていうか、あの態度……なんか一発かましてやらないと気が済まない。
カイルはバレないように舌打ちをして、椅子に座る。あまりの気持ちよさに、力が抜けた。
この椅子ふかふかすぎるでしょ。眠れるくらい心地いいな。
団長は俺の向かいに座ると、手元の高級そうな木の杖をじっと見つめ始めた。少し口元が緩んでるんだけど。変態かな?
まあいいや。とりあえず、いっちょかますとしますか。
カイルはカップを持ち上げ、紅茶を一口。視線を男の持っている杖に向けた。
数秒後。
杖が、スッと霧のように、なんの前触れもなく消えた。
最初からなかったみたいに、何も残っていない。
「は?」
団長の目が見開かれる。隣の騎士たちも、顔は見えないけど、明らかに動揺してる気配があった。
俺は「へっ」と鼻で笑った。ざまぁ。生意気な態度とってくるから、こうなるんだよ。
しかし、それがミスだった。
「貴様、何をした!」
団長の目が俺の笑みを鋭く捉えていた。
「え、どういうことですか?」
なんでバレた? こいつ、俺の能力を知ってるのか?
「いや、ほんとに何も知りませんって! 俺、無理やりここに連れて来られただけなんですけど!? なんでこんな目にあわなきゃいけないんですか!」
「それは貴様が、我の杖に何かしたからだろう!」
動揺を悟られないように顔をそらしたが、額をつたう冷や汗までは隠せなかった。
「いや、だからしてませんって!」
「ならばなぜ笑った? しかも貴様は“予言の男”だ。何か能力を持っているのではないか?」
やばい、ごまかせなくなってきた。
どうしよう。とりあえず紅茶をひと口。うん、美味い。これ、何杯でもいけるな。
「貴様、この状況でふざけるとは、剣を持ってこい!」
ブフッっと紅茶を吹き出してしまった。
まずい。このままだと、本当に斬られるかもしれない。
「違うんですって!冷静になろうとしただけですよ!俺は何もしてませんから!」
慌てて席を立つ。団長の隣の騎士にバランス崩して寄りかかり、勢いで団長の足にしがみついた。鎧越しに冷たい視線が突き刺さる。
やめて。そんな目で見ないで…..俺だってこんなこと初めてだよ。
いや、店長に怒られた時には何度かしたか。
「命がもったいないですよ! やめましょう!」
「き、貴様….!」
団長の顔には怒りが浮かんでいたが、手は出さなかった。
やっぱりな。俺に何かあるから、手出しできないんだ。よく考えたら、こんなことしなくてもよかったじゃん。恥ず。
カイルがしがみつくのをやめようとすると、一人の騎士が近づいてきた。
俺の顔をちらりと見て一瞬固まったが、すぐに敬礼した。
「目的地に到着しました!」
「分かった」
急な団長の笑みにゾッとした。鬼かよ。
「貴様、覚悟しとけよ」
「ど、どういう意味ですか?」
「外を見てみろ」
言われるままに窓に顔を寄せると、そこは深い森の中だった。
木々の枝が絡み合い、昼間なのに太陽の光はほとんど届いていない感じがした。しかも、ところどころで何かが動いている。怖いんですけど。
「普通は王宮とかに行く流れじゃないんですか?」
嫌な予感が、足元からせり上がってくる。
不安そうな表情をしているカイルを見て、団長は楽しそうに言った。
「今から貴様には、“魔物の討伐”をしてもらう」
「は?」
なにそれ、いきなりサバイバル? ここで? 馬車で連行されて、いきなり野放し? ふざけるなよ!!
「安心しろ。低レベルな魔物ばかりだ。苦労はしない」
「いやいや、ちょ、待ってって……!」
声が裏返り、足の裏に汗が滲んでいるのが自分でもわかった。
マジでどうすればいいんだ!!頭が回らない!!
とりあえず紅茶を一口。…..空じゃねぇかよ。
「待つ時間はない。もう着いたぞ」
「ちょっと待ってって! 団長ーー!!」
「我が杖に妙なことをした罰だ。一日中魔物を狩り続けてこい!」
窓の外では、数人の冒険者たちが戦っていた。剣を振るい、叫び、爆発音まで聞こえてくる。
もうやだ。なんでこんなことを俺がしなきゃいけないんだよ!!理不尽だろ!!
王国でチート装備とかもらって、ヒロインとイチャイチャするのを想像してたのに!!
「なんで! なんでこんなクソでか男に拉致されてこんな目に遭わなきゃいけないんだああああ!!」
「貴様やっと、本性を出したな!!」
シュバルツは椅子から飛び上がり、カイルに殴りかかろうとした。
しかし、カイルの近くにいた騎士が急いで馬車から降ろして共に森へと向かった。
カイルが降ろされ、馬車の中は静寂に包まれた。
騎士の一人がカイルを見守りながら声を潜めて尋ねる。
「団長、あれでよかったんですか?」
カイルは下を向きながら魔物がいるところへ向かっていた。隣の騎士に慰められるように肩をポンポンと叩かれている。
団長は騎士の言葉に動じずに書類を確認していた。
「良いわけないだろう。元々は王様の元へ連れておく予定だったんだからな。」
「なら、なぜこんなことをしたんですか!?私たちにはもう時間が無いというのに。」
「だからだ。すぐにでも強くなってもらわねば困る。」
騎士がまた言い返そうとすると、奥から声が聞こえた。。
「にしてもよ、シュバルツ。少し厳しすぎねぇか?あいつ雑魚すぎて、話なんないぞ。王国の宝物庫から装備渡した方が早いんじゃないのか?」
馬車の奥から、コツコツとブーツの音が響いた。一歩踏むごとに場の空気が引き締まっていく。
騎士が顔を向けると現れたのは、美しい女性だった。
燃えるような赤髪は、艶やかで歩くたびに美しく揺れている。
彼女は鎧ではなく、深紅の軍服を身にまとっていた。袖口には細かい装飾が施されており、位の高い者の証であることが分かる。彼女の胸元には『断天』の文字が刻まれたバッジがついてあった。
「まさかゼフィア様でしょうか?」
声をかけた騎士の手が、わずかに震えていた。
「あぁ。すまないがそこをどいてくれないか。」
「ハッ」
騎士は敬礼して奥に行った。
ゼフィアはゆっくりと歩みを止めると、腕を組んでシュバルツを見つめる。
戦場で鍛えられたその目は、一瞬で場の全てを把握するように鋭く研ぎ澄まされていた。
「予言では装備のことはなにも触れていないという報告があった。」
シュバルツはゼフィアに一枚の紙を渡した。そこには予言の内容が書いてある。
「滑稽なくらい情けないが、あの男だけがこの国を救う鍵なのだ。」
間に合わないかもしれない。だが、間に合わせねばならん。すぐに、あの男の周りで何か起こるはずだ。我々はそれを待つことしかできない。
「そうかよ。私は知らないからな。」
ため息をついて席に座る。頬杖をついて、窓に顔を向ける。
カイルは隣の騎士に近い距離で接しているのが見えた。
「おい、カイルがお前の娘にえらい夢中になっているぞ。」
「なに!あれほど鎧を脱ぐなと言ったのに。早く馬車を止めろ!!」
さっきまで反省しているような雰囲気を出しておいて、我の娘に手を出すとは!!
シュバルツは馬車の窓を荒々しく開け身を乗り出す。
その視線の先で、娘の手を握ろうとするカイルが見えた。
額に青筋を浮かべながら、「あのクソガキめぇ….!」と呟いた声は、怒りに震えていた。
「ハッハッハッ。カイルという男は面白いな。あんな男がこの国を救うのか。この後が楽しみで仕方ないね。」
ああいうやつが意外に英雄とかになるのかもな。そう感心しながらも、笑いながらカイルを見守る。
「笑い事ではないわ!!早く馬車を止めろと言っているだろ!!」
シュバルツの目には、本気の焦りが滲んでいた。必死に叫ぶが、ゼフィアは首を横に振る。
「馬車は止めないよ。調査を続けないといけないからね。」
「チッ。あの男が戻ってきたら一回締めてやらんとな。」
シュバルツは眉間にしわを寄せながら、投げ捨てた書類を拾って確認し始めた。