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ざぁざぁと雨が降り注いでいる。ビニール傘に雨が打ち付ける音が心地よかった。橋の下の川を見る。雨のせいで川はごぅごぅと唸りを上げてる。今ここに飛び込んだら、間違いなく死ぬだろう。
「……もう、嫌やねん…w」
演じ続けて、演じ続けて。皆の前でも素が出せなくて。いつの間にか自分でも自分が分からなくなる。それが嫌なんだ。俺は。
傘を閉じ、橋の手すりに手をかけた。足を上げかけた時、
「シャオロンさん」
唐突に後ろから聞き慣れた声がして、体を震わせる。ぎこちない動作で後ろを振り返ると、そこには、声の主で我々だのメンバーでもある、ショッピがいた。
「何、やってるんですか」
ただ淡々とした声だった。けど、俺は何も言えなかった。
「ありがとうございましたー」
バイトの子の元気な声が追いかけてきた。自動ドアを過ぎ外に出ると、寒気が体にまとわりつく。手に持ってるピザまんは、暖かいまま。
俺らはコンビニ前の小さな喫煙所に立ち、ピザまんを食む。チーズが伸びて、中々切れなかった。
「ワイ、チーズが伸びないピザまんなんてピザまんじゃないと思うんですけど」
「それは同感やな。ピザでもおんなじ事言えるで」
中身の無いやり取りを交わす。そして、黙った。まだ降ってる雨の音がやけにうるさかった。
「さっきシャオロンさん、何しようとしてたんですか」
ショッピが聞いてきた。心の底がズンと重くなる。
「……別に。覗きこんだだけや」
「…シャオロンさん、嘘、ついてます」
あっさりバレた。ふと、ショッピくんの方を見る。
ドキリとした。紫色の瞳が、刃物のように鋭い。心の中の、何もかもを貫くような、瞳。
「……もう、嫌やねん。演じるのが。いつの間にか自分が分からなくなって…。怖いねん。自分の中の自分が薄くなっていくのが」
その瞳に貫かれるように、口から言葉がつらつらと零れる。誰かに話したところで楽になるなんて、ハナから思ってない。でも、何故か話してる。何の心理現象だろう。帰ったら調べてみよかな。
「……ふーん、そうっすか」
一通り話終えて、ショッピくんは興味無さそうな声を出す。
「…ごめんな。ワケわからん話聞かせて。何もおもんないよな」
「………」
「ホンマ、俺って生きててえぇんかな。おもろくもない有能な訳でもない。何にも無い。無能や。大先生はネタで無能って言われてるけど、俺はネタちゃう。本物の無能や」
自虐的な笑みを浮かべる。誰に向けるでもない。いや、違う。強いて言うなら、「こんな人間になるなよ」っていう、戒め。誰に?俺以外の、生きる価値のあるやつらに。
「…シャオロンさん」
静かにショッピくんが声を出す。
「ちょっと、ワイの主観話していいっすか」
一体、何を話すというのだろう。死ぬな、生きろとか言う小学生の道徳みたいな話か?やとしたら、何も分かってないで。けど、ショッピが口にしたのは、そんな下らない事じゃなかった。
「生きると死ぬって、同じ意味やと思うんです。よく対義語で考えられてますけど、それは違うんじゃないかって」
少し目を見開く。生きると死ぬは紙一重。そんな事、考えたこともない。
驚いた様子の俺を気にすることなく、ショッピくんは独り言のように話してる。
「生きてると、そりゃ色んなことあるから、逆に自分の首をゆっくり絞めてるんです。自分の手で。何とか死んでないけど、それは踏ん張ってるだけで、ちょっと力抜いたら簡単に死ぬ。人間って、馬鹿みたいに弱い生き物なんすよ」
ショッピくんはいつの間にかピザまんを食べ終えてて、煙草を吸っていた。煙の匂いが辺りに広がった。話し続ける。
「そして、死ぬ瞬間に生きてるって、実感するんです。生きてるから死ねる。死ねるから生きてる。この二つが重なってる」
「……何が言いたいんや」
堪えきれずに口を挟む。
「まぁつまり結論から言うと、シャオロンさんが死にたいって思う気持ちは理解できます。でも、死ぬのは、何か違うなーって」
言葉が脳に届く前に、心に刺さってた。心の中の、誰にも見えないくらい一番深くて、一番繊細なところに。
「これがシャオロンさんじゃなかったら、ワイ勝手にしろって言ってます。シャオさんさっき『生きてる価値あんのかなー』みたいな事言ってたじゃないっすか。俺はあると思いますよ。シャオさんは間違いなく我々だにも必要ですし、俺にだって必要ですよ」
言葉がグサグサと刺さる。やめろや。そんなん言われたら、死ぬ決意が無くなる。
「けどシャオさんは自分が分からないから死ぬって。なら、作れば良いんすよ。自分を。忘れたなら思い出せば良い。やっぱり思い出せないなら、もう一回作るだけですよ」
最後の部分は軽く言ってた。しかし、俺の目には涙が溜まる。
「……ショッピくん。何か、ありがとな」
声に嗚咽が混じる。勢いで、とっくに冷めてるピザまんを口に突っ込む。味は変わんないけど、冷たかった。ショッピくんと会わずに食べてたら、今の俺みたいや、って思ってたはずや。でも、何か今は違う。もっと、暖かいんや。
「シャオロンさん、雨、上がってますよ」
泣いてる俺を気遣ってんのか、話題を逸らす。釣られて空を見上げる。相変わらず夜だけど、雨はとっくに上がってて、点々と星が見えてた。
「ほんまや……。何か久々に星見たわ」
「忙しいっすからね。まぁ都会なんで大して見えないけど」
「いや……何か今の俺には充分すぎるくらいやわ」
暫く二人、無言で空を見てた。やがてショッピくんが先に歩き出す。
「シャオさん、夜の散歩行きません?まだまだ日の出までありますよ」
ショッピくんは口の端を上げる。東側の空を見る。ショッピくんの言うとおり暗くて、まだまだ夜が明けないことを語っていた。
「…そやな。行くわ!」
軽い足取りで数歩前にいるショッピくんに追い付く。
自分が居ないなら、思い出せば良い。思い出せないなら、作れば良い。
きっと、誰にとっても当然の事。俺はそれが見えてなかった。おもんない自虐で世界の何もかもが暗くなって、当然が分からなかった。けど、その当然を、この後輩が思い出させてくれた。
「……ホンマにありがとな。ショッピくん」
「ん?何か言いました?」
「いや、何でもないわ。何処行く?」
面と向かって言おうとしたけど、それは恥ずかしい。でも、いつか言うわ。思い出させてくれて、ありがとな、って。
二人並んで歩き出す。空に点々と浮かんでる星が、いつもより輝いて見えた。