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まさかそんなことがあり得るだなんて。
まだ信じられなかった。感情が干渉して、属性が変わるなんて。私は本当に魔法について知らないと思ったし、魔法が便利でもあり、危険でもあるということにくわえて、未知であることをそこまで深く理解していなかったと。そして、人間の感情というものがどれほど危険で、人を傷つけるものか、それを痛いぐらい実感した。
目の前で傷ついているフィーバス卿を見ると、本当に辺境伯夫人のことを愛していたんだなと、それも感じられ、胸がギュッと痛くなった。フィーバス卿は、アウローラにも、多分他の使用人にもこのことを伝えていなかったのだろう。それは、きっと使用人に、もっといえば辺境伯領にすむ人達を不安にさせないためだと。不安も、恐怖も、痛みも、悲しみも何もかもが伝染するから。そうして、闇魔法に転換する人が増えていったら本末転倒だろう。そうならないためにもフィーバス卿はこの事実を一人で抱え込み続けた。
一体どれほどの重みと、辛さがあっただろうか。誰も信じられず、心を開かない……そんなフィーバス卿の性格が今なら分かる気がした。怖いとか言っていたのは、誰にも話せない、話してはいけないと壁を作っていたからだろう。その内側には入れ込めているじたい、奇跡に近いし、フィーバス卿の何かに刺さったのだろう、私とアルベドは。
「戦争は、今も昔も変わらねえ。人を傷付けるだけのものだ。だから、光魔法と闇魔法の奴らの戦争は起こしちゃいけねえし、ヘウンデウン教との衝突も避けたいところだ。死人が出れば、それだけ負の感情が集まるからな」
「分かっている。だが、ヘウンデウン教との戦いは避けられないだろうな」
それを聞いて、まさかアルベドはそれも覆そうとしているのではないかと思った。ヘウンデウン教との衝突。避けては通れないと思っていたが、それすら避けようとしているのではないかと。でも、それは不可能に近い。それが、この世界の……いや、この物語の主軸である以上変わらないと思う。ヘウンデウン教を滅ぼし、混沌を封印することで、ようやく平和が訪れると。でも、必ずしも闇魔法の人間が全員ヘウンデウン教を信仰しているわけじゃないし、だとすると、闇魔法と光魔法のわだかまりは解消されないままで。
戦争がある限り、増える犠牲者と、負の感情。それらが弱った人の心を蝕み、光から闇へと落とさせる。その際悪の連鎖。私達も例外じゃないのではないかと。
ただ、エトワール・ヴィアラッテアの場合、自ら負の感情を増幅させて、闇魔法に落ちていった。そういうパターンもあり得るのだ。ただいえることは、感情というものは人に制御出来ない危険なものであること。きっと、魔法よりも危険なのだ。
「それで、お父様の……辺境伯夫人は、そのまま……?」
「ああ、光魔法から闇魔法に変わった影響で身体を壊し寝たきりになった。うちに残っていた光魔法が闇魔法に反発していたこともあって苦しんでいた。そして、闇魔法に完全に転換したときには、感染病にかかり、誰も手が付けられない状況になった。その当時、それに効く薬もなかったのもあったが、何より魔法だよりにしていたからな。光魔法の魔道士じゃ、闇魔法の魔道士を治せない。だから、日に日に弱る妻を見届けるしかなかった――」
「……お父様」
なんて声をかければいいだろうか。
いや、下手なことは何も言えない。下手な同情も、かえってフィーバス卿を苦しめるだけだと思った。思い出させてしまったこともそうだが、それでも話してくれたフィーバス卿に少しの賞賛と、亡き夫人への黙祷を捧げようと思った。
(ああ、腑に落ちたかも……)
フィーバス卿が希望といったのはこのことなんだろう。当時は、闇魔法の魔道士を光魔法の魔道士が治癒することは不可能だと。どれだけ治癒したくても、反発が起きてさらに苦しめるのではないかと思って何も出来なかった。けれど、一歩踏み出せば、信じ合い、通じ合っていれば、もしかしたら反発は起こらずに助けられたのかも知れないと。フィーバス卿はそう思っているに違いない。だから私達が成功させたことで、彼は少し救われたと、そう言いたいのだろう。実際に言葉にしなくても、大方そう言うことをいいたいのだろうと、私はそう納得するしかなかった。
アルベドまた、フィーバス卿に希望を与えたと。彼の執念と理想が、ただの夢物語ではなく、実現し得るものなのかも知れないと、そう信じ、支援しようと思ったのだろう。だから私達を認めてくれて。
「お父様、ありがとうございます。話してくれて」
「いや……こんな話、聞いている方が辛いだろう。すまない、ステラ。それに、アウローラも」
「い、いえ、私は……初めて知ったので。その、闇魔法のこと……何も知らずに」
「黙っていたから仕方がない。偏見があるのも、先入観……経験あってのことだしな。それに、アルベド・レイもその事に関して異論はないだろう。闇魔法の大半のヤツがいかれていることを。ただし貴様は例外だ。いや、その例外中の例外だな」
「多分それ誉めてねえよ」
と、アルベドは返しつつも、肩をすくめて、そういうことにしておいてやる、見たいな顔をしていた。まあ、それは、はじめから何となく分かっていたことだけど。
まあでもアルベドが貴族らしくなくて、闇魔法の魔道士だって言われたらすぐに納得してしまうんだけどね、と私も偏見で彼を見てしまう。だからといって、彼が悪い人間ではないことを知っているわけだし、闇魔法の人間だってまちまちなんじゃないかと思う。
「それと、ありがとうございます。お父様。私達の関係を認めて下さり」
「ああ。ステラなら、アルベド・レイに何かされても、自力で追い出せると思ったしな」
「は、はあ!?何言ってんだよ。俺がステラに何かするとでも言いてえのかよ」
フィーバス卿がちらりと見れば、アルベドは何故か顔を真っ赤にして反発していた。アルベドはそう言う下心がないだろうし、私達は共犯関係だから関係無いと思うんだけど? と私は首を傾げる。まあ、お父様はそれを知らない訳だから、そう思われても仕方がないことなのかも知れないけれど。
アルベドがあまりにも焦るので、ポンと背中を叩けば、面白いくらい彼の背中は跳ねた。
「な、何だよ。ステラまで俺を疑ってるのかよ」
「疑うって何?普通に、お父様は、私の強さも認めてくれたってことじゃないの?」
「あのなあ……フィーバス卿がいいてえのはそう言うことじゃなくて」
「俺には、アルベド・レイが下心があるように見えるが」
「テメェは黙ってろ!」
これ以上ややこしくされたくないのか、アルベドは必死にに反発していた。何かこんなことで取り乱れるアルベドが面白くって、私はついクスクス笑ってしまった。そんな私を見て、おずおずっとアウローラが近付いてくる。アルベドが、フィーバス卿に突っかかっていったタイミングで私は彼女に耳を傾けた。
「どうしたの?アウローラ」
「い、いえ。本当に仲がよろしいんですね、と。その、本当にすみませんでした」
「ああ、アルベドの?闇魔法の人が大半野蛮だっていうのは、あってるし、アルベドも色んな言って言ってたから。アウローラの気持ちが分からないでもないから。私も、強く当たってごめんって思ってる」
「ステラ様」
「だからこそ、偏見をなくしていかない取って思ってるの。アルベドのためだけじゃない。いがみ合っていては、どうしようもないから。闇魔法の魔道士の中にも、災厄は起きて欲しくないって思ってる人もいるだろうし……ヘウンデウン教の行動が目立つだけでね」
「仰るとおりです」
と、アウローラは静かに返す。
彼女のいいたいことも十分分かるので、まさか謝ってきてくれるなんて、とこれ以上いわないつもりだったのに、つい口が先に出てしまう。
偏見がなくならないのは仕方がないことだ。根付いてきたものを覆すのは本当に大変なことで、今は、エトワール・ヴィアラッテアが魔法で、先入観、築いた価値観などをひっくり返してしまっているけれど、実際、私がいた頃、この世界の聖女像というのは壊せずにいた。そのせいで、ずっと偽物といわれ続けて……
「ステラ様?」
「えっと、何?アウローラ」
「いえ、少し顔色が悪いようだったので。もしかして、あの靄に?」
「ううん。大丈夫。ありがとう、心配してくれて」
まだやるべきことは沢山ある。一つずつ潰して、少しでも、エトワール・ヴィアラッテアに近付かなければならない。そのためにも、私は今あるものを守りつつ、新しい作戦を立てなければならない。
アルベド・レイ公爵子息の婚約者となった今。大きな後ろ盾がふたつできた。今の私は、少しだけ前を向ける。そう思って、勇気をくれた紅蓮の彼を見て、私は少しだけ口角を上げた。