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第112話:正体は迷子のエゾタヌキ。主の完璧な保護オペレーション
強烈な軍用タクティカルライトの光量を最低まで落とし、俺は慎重に裏庭の茂みをかき分けた。
世界中のVIPたちが「主を狙うヒットマンだ!」「暗殺者だ!」とパニックを起こし、軍事衛星のハッキングまで飛び交っていた、限界集落の漆黒の闇。
だが、そこにうずくまっていたのは、銃を構えたテロリストでも、この世に未練を残した怨霊でもなかった。
「……キュゥ……」
光に照らされ、ビクッと体を震わせた小さな小さな毛玉。
目の周りの愛嬌のある黒い模様と、丸っこいシルエット。泥にまみれ、夏の夜風に小刻みに震えているのは、北海道の森に生息する『エゾタヌキ』の子供だった。
「お、お兄さん……! その子、タヌキの赤ちゃん……っ!?」
背後からそっと覗き込んだ小春ちゃんが、安堵と驚きの混じった声を上げる。
「……どうやら、親とはぐれて森から迷い込んだらしいな。右の後ろ足に擦り傷がある。それに、この震えは低体温症の初期症状だ」
俺の脳内で、先ほどまでの『警戒・防衛モード』が瞬時に切り替わり、陸上自衛隊『需品科』としての『人命(動物だが)救助および物資展開・野戦治療モード』へと移行した。
後方支援を司る需品科にとって、消耗した味方の命を繋ぎ、確実な休息を提供する『完璧な寝床』と『適切な栄養補給』の構築は、最も得意とする専門分野である。
「小春ちゃん、すぐにお湯を沸かしてくれ。あと、清潔なタオルを数枚と、深めの段ボール箱、それからペットボトルを二本持ってきてくれ」
「は、はいっ! すぐに用意します!」
小春ちゃんが古民家の中へと駆け出していく。
俺は自分の着ていた上着を脱ぎ、タヌキの子供を驚かせないよう、ゆっくりと、ふんわりと包み込んで抱き上げた。
その軽さと、微かに伝わってくる弱々しい鼓動に、絶対に命を繋ぐという元自衛官としての静かな覚悟が決まる。
一方、ジンバルに固定されたiPhone miniの画面では、一千万人のリスナーと世界を牛耳るVIPたちが、強烈な安堵と共に『別のベクトル』で大暴走を始めていた。
『ヒットマンじゃなくてタヌキだったぁぁぁ!!(号泣)』
『よかった! マジでよかった! しかもめっちゃ可愛い!!』
『主の抱き上げ方が優しすぎて惚れる』
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト)=”Oh! Not an assassin! Master, to save that little life, I will send the world’s best veterinary team on my private jet!“(おお! 暗殺者ではなかったか! 主よ、その小さな命を救うため、世界最高の獣医チームを自家用ジェットで派遣しよう!)』
『(スイスの銀行家からの¥50,000MeTubeギフト)=”I am lifting the freeze on the financial networks! Instead, I am establishing a 100 million yen protection fund for this baby raccoon dog!“(金融網の凍結を解除する! 代わりに、この子ダヌキのための保護基金として1億円を設立しよう!)』
『(ハリウッド女優シャーロットからの$500MeTubeギフト×10連発)=”Cancel the military helicopter! Send an airlift full of the finest animal milk instead!“(軍事ヘリコプターはキャンセルよ! 代わりに最高級の動物用ミルクを積んだ輸送機を向かわせなさい!)』
「……相変わらず、極端から極端へ振り切れる奴らだな」
俺は苦笑しながら古民家の居間へと戻り、小春ちゃんが用意してくれた資材を使って、流れるような手付きで『即席の絶対保護陣地(インキュベーター)』の構築を開始した。
「第一フェーズ、体温の確保および保温陣地の設営」
段ボール箱の底に、断熱効果の高いアルミ製のサバイバルブランケットを敷き詰める。
その上に清潔なバスタオルをふんわりと重ね、お湯を入れたペットボトル(湯たんぽ)をタオルで巻き、タヌキが直接触れて火傷しないよう、箱の四隅に完璧な配置でセットした。
内部の温度は、野生動物の回復に最も適した約30度前後に保たれる、完全無欠の保温空間だ。
「第二フェーズ、水分の補給および電解質のロジスティクス」
ぬるま湯に、ごく微量の塩と砂糖を正確な比率で溶かし、自家製の『経口補水液』を作成する。
俺はスポイトを使い、震える子ダヌキの口元へ、一滴ずつ慎重に水分と栄養を送り込んでいった。
「……キュ、キュゥ……」
最初は弱々しかった子ダヌキが、甘い水分を舐め取り、次第に自らスポイトに口を寄せて『ちゅうちゅう』と飲み始めた。
「わぁ……! 飲みましたよ、お兄さん! よかったぁ……っ」
小春ちゃんが、瞳に涙を浮かべながら胸を撫で下ろす。
十分な水分を補給し、完璧な温度管理の施された段ボール箱の中に子ダヌキを寝かせると、彼らはすぐにやってきた。
『……ミャウ♪(よく頑張ったわね)』
神獣シロが、いつの間にか段ボール箱の中にスルリと入り込み、神秘的な『オッドアイ』の瞳――左目のサファイアブルーと右目の琥珀色――を優しく細めながら、子ダヌキの小さな体を包み込むようにして『極上の温感ヒーターモード(適温25度)』で寄り添った。
「キュンッ!」
「コンコンッ!」
コン吉とコン次郎も、自分たちのお気に入りである『布製のボール』を子ダヌキの枕元にそっと置き、箱の外から心配そうに見守っている。
『需品科流の完璧な野戦病院』と『もふもふ達の圧倒的な愛』に包まれ、子ダヌキは安心したようにスヤスヤと穏やかな寝息を立て始めた。
その尊すぎる奇跡の光景に、一千万人のリスナーたちは完全に涙腺を崩壊させていた。
『ダメだ、涙が止まらない……』
『主の手際がプロのレスキュー隊員レベルでカッコよすぎる』
『軍隊の兵站スキルを、迷子のタヌキを救うために使う男』
『シロ様の寄り添い方が完全に聖母』
『キツネ兄弟のオモチャのお供えで俺の涙腺は決壊した』
「……お兄さん、すごいです。あんなに素早く、タヌキちゃんを助けちゃうなんて。お兄さんの優しいところ、本当に尊敬します……っ」
小春ちゃんが、涙をハンカチで拭いながら俺を見上げた。
感動の渦に包まれる世界。
だが、俺は立ち上がり、キリッとした真顔でカメラの前に立った。
「皆さま、そして小春ちゃん。誤解しないでいただきたい」
『出たぁぁぁぁ!!!』
『この感動の絶頂で、まだ言い訳する気かこの男は!!!』
『主の限界言い訳タイム・野生動物救護編ww』
俺は淀みない口調で、極めてフラットに言い放った。
「俺は決して、動物愛護の精神でこのタヌキを助けたわけではありません。もし俺の敷地内で野生動物が力尽き、衛生環境が悪化するような事態になれば、俺が毎日完璧な水加減で炊き上げている『玄米』や、こだわりの『大豆ミート』の風味が、悪臭のノイズによって著しく損なわれてしまいます。ええ、これはあくまで、俺自身のストイックな食生活と精神の平穏を守るための、極めて利己的な『予防的環境維持活動』に過ぎないのです」
「あるわけないじゃないですかぁぁぁ!!!」
小春ちゃんが、涙目になりながらも、俺の背中に愛あるクッション・スマッシュを見舞った。
「玄米の風味を守るために、あんなプロ顔負けの保温ベッド作って、ミリ単位でお水の調合する人間がどこにいるんですか!! どう見てもタヌキちゃんが可哀想で、必死に助けてあげたんでしょうが!! 素直に自分の優しさを認めなさい!!」
『小春ちゃんのクッションスマッシュ炸裂ww』
『予防的環境維持活動(完璧な野戦治療と保護)』
『適応力バグおじさん、ついに自分の優しさまで大豆ミートのせいにするww』
『言い訳が苦しすぎて、世界中の涙が一瞬で笑顔に変わったわww 最高!!』
俺の理不尽すぎる言い訳と、小春ちゃんのキレのあるツッコミによって、深夜のチャット欄は感動の涙から一転、最高に温かい大爆笑の渦へと変わった。
『ミャウ(ほんと、素直じゃない男ね)』
箱の中のシロが、俺を見て呆れたように喉を鳴らす。
「まぁ、結果的に俺の食卓の平和が守られたなら、それでいい」
俺は苦笑いしながら、温かいほうじ茶をゆっくりと啜った。
軍事衛星が飛び交うほどのパニックから始まった夏の夜は、一匹の小さな命と、それを見守る世界一温かい共犯者たちのおかげで。
限界集落の静寂の中、最高にバグっていて、最高に優しい夜明けへと向かっていくのだった。
コメント
1件
いやあ、今回のエピソード、めちゃくちゃ良かったです! まさかヒットマン騒動の正体が迷子のエゾタヌキの赤ちゃんだったとは。しかも主の需品科スキルを駆使した保護オペレーションがプロすぎてかっこよかったです。保温陣地の構築から経口補水液の調合まで、完璧な野戦治療に感動しました✨ シロ様が温感ヒーターモードで寄り添い、キツネ兄弟がおもちゃをお供えするシーンは涙腺崩壊ものです…。最後の「玄米の風味を守るための予防的環境維持活動」って言い訳、またやってるwww 小春ちゃんのクッションスマッシュも決まってて、笑いと感動のバランスが絶妙でした!
#現代ドラマ
ゆうき あきや
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#心理描写重視