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#現代ドラマ
ゆうき あきや
4,038
259
#心理描写重視
第113話:満天の星空と、究極の「一日一食」
軍事衛星のハッキング騒ぎから始まった、迷子の子ダヌキ救出オペレーション。
世界中のVIPたちを巻き込んだ深夜の大騒動がようやく落ち着き、十勝の限界集落には再び、深く静かな夜の帳が下りていた。
「……すぅ、すぅ……」
居間に設営した完璧な保温陣地(段ボール箱)の中では、怪我の手当てを受け、特製の経口補水液を飲んだ子ダヌキが、穏やかな寝息を立てている。
その小さな体を包み込んでいるのは、『極上の温感ヒーターモード(適温25度)』を発動し、神秘的な『オッドアイ』の瞳――左目のサファイアブルーと右目の琥珀色――を閉じて眠る神獣シロの純白の毛並みだ。
「キュゥ……」
「コンッ……」
コン吉とコン次郎のキツネ兄弟も、すっかり安心したのか、箱のそばで寄り添うように丸くなって眠りに落ちていた。
「ふふっ……みんな、ぐっすりですね。シロちゃんのおかげで、タヌキちゃんもすっかり安心したみたいです」
目をこすりながら微笑む小春ちゃんに、俺は小さく頷いた。
「あぁ。これで今夜の緊急事態(イレギュラー)は完全にクリアだ。小春ちゃんも、もう遅いから休むといい」
「はい……。でも、なんだかホッとしたら、お腹が空いてきちゃいました」
小春ちゃんの言葉に、俺の腹の虫も「グゥゥ……」と、控えめだが力強い自己主張を始めた。
そういえば、騒動のせいで、俺はまだ本日の『兵站の要』たる食事を摂っていなかった。
俺のストイックな限界スローライフにおいて、最も重要なルーティン。
それは、胃腸への負担を極限まで減らし、精神を研ぎ澄ますための『究極の一日一食』である。
「よし。深夜の特別任務だ。俺の需品科としてのノウハウをすべて注ぎ込んだ、極限の夜食を作ろう」
俺は静かに立ち上がり、古民家の台所へと向かった。
ジンバルに固定された俺のiPhone miniの画面では、一千万人のリスナーと世界のVIPたちが、固唾を呑んで俺の次なる行動を見守っている。
『主の深夜の飯テロタイムきたあああ!』
『あれだけ動いたんだから、そりゃ腹も減るよな』
『ステーキか? 寿司か!? 石油王が最高級の和牛送るって言ってるぞ!』
コメント欄の期待をよそに、俺が用意した食材は、驚くほど質素で、そして美しいものだった。
ボウルの中で静かに浸水されていたのは、黄金色に輝く『玄米』。
そして、村のおばあちゃんたちが土のついたままお裾分けしてくれた、朝採れの夏大根、にんじん、ごぼう、新じゃが、それに手作りのこんにゃくと木綿豆腐だ。
「深夜の疲労した胃腸に、動物性の脂は不要。大地のエネルギーを最も効率的に摂取できる陣形を構築する」
俺は研ぎ澄まされた包丁を手に取り、無駄のない動きで根菜類を乱切りにしていく。
トントントンッ、というリズミカルな音が、静かな深夜の古民家に心地よく響き渡った。
ごぼうはささがきにしてアクを抜き、こんにゃくは味が染み込みやすいように手でちぎる。木綿豆腐も、あえて包丁は使わず、手で大きく崩しておくのがポイントだ。
熱した深い鍋に、ごま油をひと回し。
ジュワァァァッ!
「うわぁ……! ごま油のすっごくいい匂い……!」
居間から顔を出した小春ちゃんが、たまらないといった表情で鼻をヒクヒクさせている。
根菜類を炒め、全体に油が回ったところで、日高昆布と干し椎茸から水出ししておいた『極上の精進出汁』を一気に注ぎ込む。
フワァッ、と立ち昇る湯気と共に、大自然の滋味深い香りが台所を満たした。
アクを丁寧にすくい取り、みりんと醤油で味を調えれば、野菜の旨味が極限まで溶け出した『特製けんちん汁』の完成である。
隣のコンロでは、土鍋で炊き上げていた玄米が、完璧なタイミングで「カニ穴」を作りながら、ふっくらと炊き上がっていた。
「……配食準備、完了」
縁側に小さなお膳を運び、俺と小春ちゃんは並んで腰を下ろした。
目の前に広がるのは、満天の星空。
空気の澄み切った十勝の限界集落では、プラネタリウムですら再現不可能なほど無数の星々が、まさに『降るような』輝きを放っている。
「……いただきます」
俺はお椀を手に取り、熱々のけんちん汁を一口、ゆっくりと啜った。
「…………ッ」
言葉が出ない。
昆布と椎茸の奥深い出汁に、ごぼうの野性味、夏大根の優しい甘さ、ごま油の香ばしさが渾然一体となり、冷えた体に染み渡っていく。
動物性の出汁や肉を一ミリも使っていないのに、この圧倒的な満足感はどうだ。
手で崩した豆腐には、野菜の旨味がこれでもかと染み込み、噛むたびにジュワッと幸せが溢れ出す。
そして、間髪入れずに、完璧な水加減で炊き上げられた熱々の『玄米』を口へ運ぶ。
プチプチとした弾力のある食感を奥歯で噛みしめると、玄米特有の香ばしさと、力強い大地の甘みが口いっぱいに広がった。
「はふっ、はふっ……んん〜〜っ! お兄さん、これ美味しすぎます! 野菜がすっごく甘い!」
小春ちゃんも、目をキラキラさせながらけんちん汁と玄米を夢中で頬張っている。
この、圧倒的な多幸感。
ジンバル越しの一千万人の視聴者たちは、完全に『深夜の深刻な飯テロ』の直撃を受け、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
『うわあああああ!! 腹減ったあああ!!』
『肉が入ってないのに、なんでそんなに美味そうに食うんだよ!!』
『深夜のけんちん汁と炊きたて玄米とか、反則すぎるだろ(号泣)』
『画面からごま油と出汁の匂いがしてくる……気が狂いそう』
そして、世界を牛耳るVIPたちもまた、俺の質素極まりない『一日一食』に度肝を抜かれていた。
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト)=”What is that golden soup!? It looks a hundred times more delicious than the three-star French cuisine I am eating right now!“(その黄金のスープはなんだ!? 私が今食べている三ツ星フレンチより百倍美味しそうだぞ!)』
『(スイスの銀行家からの¥50,000MeTubeギフト)=”A meal consisting only of vegetables and brown rice, yet conveying such profound satisfaction… You are a true philosopher of food, Master!“(野菜と玄米だけなのに、これほどの深い満足感を伝えるとは……主よ、君は真の食の哲学者だな!)』
『(ハリウッド女優シャーロットからの$500MeTubeギフト×10連発)=”Akiya! Send me the recipe immediately! I will fire my personal chef tomorrow!“(お兄さん! 今すぐそのレシピを送って! 明日、私のお抱えシェフをクビにするわ!)』
世界トップクラスの大富豪たちが、数万円のフルコースを放り出し、限界集落の元社畜がすする『けんちん汁』に嫉妬の炎を燃やしている。
俺はカメラに向かって、真顔のまま小さく息を吐いた。
「皆さま。これは決して魔法の料理ではありません。十勝の肥沃な大地で育った野菜と、完璧に管理された玄米、そして『空腹』という最高のスパイスが合わさっただけの、極めて合理的な栄養補給(ロジスティクス)です。贅沢とは、決して高価な食材を胃に詰め込むことではないのです」
「お兄さん、またかっこいいこと言って言い訳してますけど……お玉で鍋の底すくって、最後のお豆腐までしっかり狙ってるじゃないですか」
小春ちゃんに鋭くツッコまれ、俺は「うるさい、兵站の無駄遣いは許されないんだ」とそっぽを向いた。
『小春ちゃんの冷静なツッコミww』
『合理的な栄養補給(鍋の底まで残さず食う男)』
『この男の食に対するストイックさはマジで尊敬する』
『星空の下で玄米食う配信、一生見てられるわ』
チャット欄が温かい笑いに包まれる中、俺は最後の一滴までけんちん汁を飲み干し、ふぅ、と深く息を吐いた。
居間からは、シロと子ダヌキの穏やかな寝息が聞こえてくる。
都会のブラック企業で、冷え切ったコンビニ弁当を深夜のデスクで流し込んでいたあの頃。
こんな風に、星空を見上げながら、大地の恵みを心から「美味い」と感じられる日が来るなんて、想像もしていなかった。
「……ごちそうさまでした」
俺は空になったお椀を置き、夜空に輝く天の川を静かに見上げた。
どれだけ世界中からVIPが押し寄せようと、どれだけ桁違いの額のスーパーチャットが飛び交おうと。
俺が選んだこのミニマリストとしてのブレない食生活と、もふもふ達に囲まれた世界一温かい聖域は、美しい星空と共に、明日もバグったまま続いていくのだった。
コメント
1件
第113話読み終わった〜!深夜の飯テロがまさかのけんちん汁と玄米で来るとは思わんかったわ(笑)でもごま油の香りと「空腹」っていうスパイスだけであんなに美味そうに食うから、こっちまで腹減ってきたよ…。小春ちゃんに鍋の底狙ってるの見抜かれて照れるお兄さん、めっちゃいいコンビやな。VIPたちが高級料理よりけんちん汁に嫉妬してるのも納得の描写やった。最後に星空の下で大地の恵みに感謝する感じ、すごく沁みた🍚🌌