「わぁ……すごい。すごい……!」
見れば、淡いブルーの壁いっぱいにドレスがかかっている。ドレス。ドレス。ドレス……!
「これ全部ドレスなんですよねー」
何百着……いや、何千着あるんだろう。ドレスが棚にいっぱいにかかった見渡すばかりの荘厳な光景を見て高嶺が、「わーすごい。こんなにいっぺんにドレス見るのなんて生まれて初めてかも。あがるねー!」
「うん。あがる……」
「それで――どういうデザインがいいんだ莉子は?」にこやかに課長が言う。「プリンセスライン……マーメイドライン……エンパイアライン……いろんなかたちがあるんだぜ。選り取り見取りだな……」
「あーあたし莉子には、ふんわりしたプリンセスラインが似合うと思いますー。ほらほらこういうのとか」
言って高嶺はわたしの手を取り、ある棚へと誘導する。そこからスタッフさんに頼んで、一枚のドレスをわたしに当てさせると、
「こういうの……」
――うん。いい。
ビスチェタイプで、クラシカルで、ウエストにかけてがきゅっと締まっていて、ウエストラインからふんわりとふくらんだスカートが広がり、すごくいい。一発でこういうのを探り当てるなんて、流石、高嶺。
「莉子もそう思う……?」
「うん。そうだね。……でも、せっかくだからいろんなのを試してから、決めたいな」
わたしは知らなかったのだが、結婚式は花嫁が主役で。つまり、花嫁衣装が決まらないと花婿の衣装も決まらないのだそうだ。
一着一着、着ていく。丁寧に扱われるドレス。試着室に置かれて、広がったドレスのあいだに足を入れる。意外とドレスって重たいんだな。背中のファスナーをあげるのをスタッフさんがやってくれて……ああなんかもうお姫様みたい……!
鏡のなかに映る自分が自分だとは信じられない。長い髪を結いて、お試しでティアラも飾って……ああ、もう、たまらない……!
「莉子。最高に可愛い!」笑顔で高嶺がわたしの写真を撮る。「ほらほら。課長も並んでください。一緒に撮りますよー」
「いやおれは別に……」
タキシード姿の課長は躊躇するのだが、いえいえそういうところも撮りたいんです、と高嶺は言う。
「おふたりさーん。はい、チーズ!」
笑顔で高嶺の撮る写真に収まった。
* * *
「んー。これもいいなあ……あれもいい。ああやっぱ……選べない」
デジカメを操作する高嶺は思案顔だ。「やっぱ……、これが莉子! って感じのイメージだし。でもこういうのも、いいよね……赤でがらりと雰囲気を変えるのも」
三人で、レストランに入ってブレイクタイム。美味しい紅茶を飲みながら、写真を見て、ああだこうだ、話し合っている。
「ビスチェタイプってやっぱいいよね」とわたし。「胸のかたちがハートみたいになってるの、なんか……いいよね」
「うん分かる分かる」
「課長は、どう思いますか」
わたしは水を向けたのだが、課長は携帯を操作し、「あ。わり」と席を立つ。
「どうしたんですか」
「友達と会う約束してたんだ。おれは行くから、あとはふたりで」
「え……でも課長。課長も選んでくれないと……」
「きみたちふたりで考えたほうがスムーズだろ。今回はお試しってだけで、最終決定はまだまだ先なんだから。ゆっくり悩むといいよ。……じゃあ、紅城さん。今日はありがとう。よかったらこれからも莉子に協力してやって」
「勿論です。こちらこそありがとうございます!」
「うん。じゃあね」
課長はそうして、わたしたちをふたり残して、去っていってしまった。
――課長。
怒ってる。怒ってるのかな……。わたしたちふたりで盛り上がりすぎて。
でも、こういうのって、……女性の目じゃないと分からないこともあるから、女性のアドバイスも貴重なんだけどな。特に高嶺は似合う似合わないをはっきり言ってくれるから。
うーん。難しい。片方を立てればまた片方に角が立つ。
「あーやっぱ莉子黄色似合うね」
「そうかな」
「でやっぱこのオレンジは似合わないね。残念ながら……」
「分かっていたけど、はっきり言うよね高嶺って」
「だってあたしそのために来たんだもの」
「だよねー助かる」
ともあれ、そのときわたしは、高嶺のアドバイスを参考に、ウェディングドレスとお色直しのドレスのアイデアを絞ったのだった。
* * *
「ただいまー」
「おかえりー」
課長が、帰宅した。わたしはソファーに座ってデジカメの写真を見ている。洗面所で手を洗ったらしい課長のところに行き、声をかける。「……お友達、どうだった? 久我さん? だっけ」
「ああ」
「……課長。やっぱり怒ってます?」
「なにが」
わたしの前に立つ課長に通せんぼをする。「わたしが……高嶺と仲良くしていること。高嶺を、試着会に連れてきたこと……。
でも課長。聞いてください。
女性のアドバイスは、貴重なんです。……店員さんってよく言うでしょう? 似合ってもいない服を似合っているって……。
わたし。後悔したくないんです。
ちゃんと……率直な、素直な意見が聞きたい。
だから……高嶺のアドバイスが欲しいと思っています。これからも」
「決めたことなんだったらなにも、おれに相談することはないだろう」
やっぱり課長、怒っているな。論理的になるのは、課長が怒っているサインだ。
「相談です。相談のつもりです。……もし、課長が、高嶺に来てほしくないっていうんだったら、わたし、誘うのやめます……」
「だからなんできみはいつもそうなんだ!」声を荒げる課長。わたしの横を通り過ぎると、どかっ、と音を立ててソファーに座り、「譲歩しているように見せかけてとんだ策士だな。はっきり言えよ。おれより……紅城くんのほうが大事だと……」
「課長そんなわたし……」
わたしがいけなかったのだろうか。このひとを……こんなにも傷つけて。
どうしよう。わたしにとって、高嶺は大切な親友だし……でも、一番大好きなのは間違いなくあなたなんだよ。課長……。
「その話は一旦保留にして。とりあえず……席次表だよな。おれのほうで埋めておいたから、目を通しておいて……」
バッグのなかから取り出したそれをわたしに手渡すと、課長は、寝室に入ってしまった。
* * *
どうしよう。どうすればいいんだろう……。
招待客は大体決まった。――で、席は、どうやら課長が決めてくれたらしい。わたしの友達の欄が空欄だけれど……まあそれはいいとして。ああそうだ。出欠確認、お店の予約もしないとだな……わたし、幹事だから。
大学の友達に電話をして、結婚式の案内をすると、みんな喜んで! と祝福してくれた。それからメールを送って、返信などやり取りをしているうちに、時刻はあっという間に二十二時を回っていた。
寝室を覗いた。課長は……、
「そんなに……辛いんですか。わたしが、高嶺と仲良くしていることが……」
わたしはショックだった。課長が――泣いていたのだ。
*
コメント
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2人の結婚式だからね。 せっかくできた同性のお友達でも、やっぱり旦那さんになる人を大切にしないと。 このまま無かったことならなったら後悔するんじゃない?