テラーノベル
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誕生日前日の朝。
実家はいつもより慌ただしく、台所からは包丁の音や話し声が聞こえていた。
「今日は準備があるからな」
父がそう切り出し、母もにこにこと頷く。
「夕方までは帰ってこなくていいわよ。三人でどこか行ってきなさい」
そう言われ、 いるま・みこと・こさめは顔を見合わせる。
「追い出された感すごくね?」
「でも準備ってことはさ〜、サプライズじゃん!」
「……それってサプライズっていうのかな」
こうして三人は、久しぶりに並んでショッピングモールへ向かった。
モールに着くと、人の多さと賑やかな音楽に一気に気分が切り替わる。
まずは服屋をぶらぶらし、こさめが派手なトップスを手に取っては目を輝かせる。
「みこちゃんこれ似合うと思わない!?」
「え、ちょっと派手じゃ……」
「絶対似合うって。どうせすち兄が喜ぶぞ」
アクセサリーショップでは、三人で誕生日プレゼントの話になり、 雑貨屋では意味もなく小物を触って笑い合う。
そんな何気ない時間が、妙に楽しかった。
「映画でも観る?」
というこさめの一言で映画館へ。
上映表を見て、特に深く考えず、
「これ、今めっちゃ流行ってるらしいよ」
と選んだ一本。
――それが、まさかのホラー作品だとは、
入場して暗くなってから三人同時に気づいた。
「……ちょ、待て」
いるまが小声で呟く。
「え、これ……怖いやつじゃない?」
こさめも声を潜める。
みことはスクリーンを見つめ、
「……たぶん、そう……」
と、若干青ざめながらも答えた。
席は三人並び。
中央にみこと、その両隣にいるまとこさめ。
上映が始まり、 静かな効果音が流れた次の瞬間――
突如響く大きな音。
びくっ!!
みことの肩が跳ね、 同時に左右から重みがかかる。
「うわっ!」
「やばい無理!」
気づけば、 いるまとこさめがみことにしがみつくように抱きついていた。
館内で叫ぶわけにもいかず、 二人は息を殺しながら、みことの服を掴む。
次の効果音。
またもや、びくっ、と三人同時に震える。
みことは二人の体温と重みに挟まれながら、
「……だ、だいじょうぶ……たぶん……」
と自分に言い聞かせるように小さく呟く。
怖いのは怖い。
でも、二人が震えているのが伝わってきて、
不思議と逃げ出したい気持ちは薄れていった。
上映が終わる頃には、 三人とも肩が凝り、ぐったり。
明るくなった館内で、
「……怖かった……」
とこさめが魂の抜けた声を出す。
「マジで選択ミスだろ……」
いるまも額を押さえる。
みことは二人からようやく解放され苦笑した。
「……ちょっと心臓まだドキドキしてる……」
三人で並んでベンチに座り、 しょんぼりと項垂れる。
その時、 いるまのスマホが震えた。
画面を見ると、 〈ひまなつ〉の名前。
「……なつ兄だ」
通話に出ると、 いつもより少し低くて、落ち着いた声が耳に届く。
『そろぼち、帰っておいで』
その一言で、 張り詰めていたものがふっと緩んだのか、 いるまは無意識に声を落とした。
「……ん、わかった」
その返事は、 自分でも気づかないほど、少しだけ甘えを含んでいた。
電話の向こうで、一瞬の沈黙。
それから、ひまなつが察したように笑う気配。
『……なんかあったな?』
そして、低く、優しい声で続ける。
『今日から存分に甘やかすから、覚悟しろよ?』
「……っ」
いるまは返事を詰まらせ、
「……ば、ばか……」
と小さく呟いて通話を切った。
隣で聞いていたこさめがにやにやし、からかう。
「なにそれ、完全に甘やかし宣言じゃん」
「……帰ったら、ゆっくり休めそうだね」
こうして三人は、 怖さと疲れと、少しの安心感を抱えながら、 誕生日の準備が待つ家へと帰路につくのだった。
「ただいまー……」
三人の声が重なった、その瞬間だった。
リビングの照明が一気に明るくなり、
パァン!パァン!
と乾いた音が弾ける。
カラフルな紙吹雪が舞い、 同時に、揃った声が響いた。
「「「「「誕生日おめでとう!! 俺たちと家族になってくれて、ありがとう!」」」」」
そこに立っていたのは、 両親、らん、すち、ひまなつ。
いるま・みこと・こさめは一瞬きょとんとし、 互いの顔を見合わせる。
次の瞬間――
三人同時に、ぱっと表情が花開いた。
いるまは照れを隠しきれないまま、 こさめは目を輝かせて、 みことは少し潤んだ瞳で。
「「「……ありがとう! 家族になれて、幸せだよ」」」
その言葉が落ちた途端、 母の目からぽろっと涙が溢れ、 それを見た父も耐えきれず顔を歪める。
「……もう……」
「こんなの、泣くに決まってるだろ……」
らんも思わず目頭を押さえ、 すちは静かに息を吐き、 ひまなつは小さく笑いながらも視線を逸らした。
らんは一歩前に出て、 こさめをぎゅっと力強く抱きしめる。
「ありがとうな。俺の家族になってくれて」
こさめは驚きつつも、 すぐに腕を回して笑う。
「うん!らんくんだいすき!」
ひまなつは、いるまの肩を引き寄せ、 額を軽く寄せるようにして囁く。
「愛してる」
いるまは一瞬固まり、 それから照れ隠しに鼻を鳴らしつつ、 ぎゅっと抱き返した。
「……知ってる」
そしてすちは、 何も言わずにみことを胸に抱き寄せる。 背中に回された腕はやさしく、 けれど確かで。
「俺も、幸せだよ」
その一言に、 みことはこくりと頷き、 すちの服を小さく掴んだ。
その後の食卓は、 まるでお祝いの色がそのまま並んだようだった。
ローストチキン、サラダ、グラタン、
彩り豊かな副菜に、温かいスープ。
どれも湯気が立ち、 笑い声と一緒に部屋を満たしていく。
「これ美味し!」
「なにこれ、やばくない?」
忙しなく箸を動かす。
そして最後に運ばれてきたのは、
すちが腕によりをかけて作ったケーキ。
ふんわりしたスポンジに、
甘すぎないクリーム。
三人の名前が、丁寧に書かれている。
「いただきます!」
一口食べた瞬間、 みことの表情がふわっと緩む。
「……おいしい……」
こさめも頷き、 いるまは照れながらも黙々と食べる。
食後はプレゼントタイム。
それぞれが包みを開き、 中身を見た瞬間、 三人の口から同時に零れた。
「……かわいい……」
猫グッズ、クマのアイテム、 鮫モチーフの雑貨。
どれも“分かってる”贈り物ばかりで。
三人は顔を見合わせ、 嬉しそうに、少し照れたように笑う。
リビングには、 食器の音と、笑い声と、 そして温もりが満ちていた。
食事を終え、 それぞれが飲み物を手にしてリビングでくつろぎ始めた頃。
父は湯のみを置き、ふと遠い記憶を辿るように視線を宙へ泳がせたあと、 思い出したように口を開いた。
「そういえば……この時期、前はみんな魘されてたよな」
「最近はどうなんだ?」
一瞬、場が静まる。
けれど、それは重たい沈黙ではなく、 どこか懐かしさを含んだ間だった。
最初に反応したのはこさめだった。
「だいじょーぶ!」
弾けるような声で手を挙げる。
「らんにぃがぎゅってしてくれるから!」
あまりにも迷いのない返答に、 母は思わず笑い、 父も目を丸くする。
「お、おう……そうか」
当のらんはというと、 一瞬きょとっとしたあと、 耳まで赤くしながら視線を逸らした。
「……言わなくていいだろ」
そう言いつつも、 口元はほんのり緩んでいる。
次に視線が向けられたみことは、 特に照れた様子もなく、 いつもの淡々とした口調で答えた。
「俺も大丈夫」
「すちに添い寝してもらってるから」
あまりに自然な言い方に、 両親は一瞬言葉を失う。 すちはというと、 みことの頭にそっと手を置き、 穏やかに微笑んだ。
「うん。最近は魘されなくなったよね」
「眠りも深いし」
みことはこくりと頷き、 そのまま無意識にすちの袖を指先で摘む。
そのやり取りを見て、
母は小さく「そう……」と呟き、
父は「……仲良いな……」と複雑そうに咳払いをした。
最後に残ったいるまへ、 自然と視線が集まる。
「いるまは?」
父がそう聞くと、 いるまは腕を組み、そっぽを向いたままぶっきらぼうに答えた。
「別に……」
だが、その直後。
すぐ隣にいたひまなつが、 身を寄せて耳元に顔を近づけ、 低く、からかうような声で囁く。
「俺らはさ、気にする暇なくなるくらい抱き潰してるもんな?」
その瞬間――
いるまの肩がぴくりと跳ねた。
「うるさい!バカ!」
顔を真っ赤にしながら、 ひまなつの胸をぽかぽかと軽く叩く。
力は全くこもっておらず、 むしろ拗ねた猫のような仕草だった。
ひまなつはそれを受け止めながら、 楽しそうに笑う。
「はいはい」
「そんな怒んなって」
その光景に、 こさめはくすくす笑い、
らんは「やれやれ」と肩をすくめ、 すちは苦笑しながらも、 みことを自然に自分の方へ引き寄せた。
両親は顔を見合わせ、 状況を飲み込もうとするように数秒沈黙したあと――
「……みんな、それぞれ落ち着く場所を見つけたんだな」
父がそう呟くと、 母も静かに頷いた。
賑やかで、 少し照れくさくて、 でも安心できる空気。
食後のリビングには、 それぞれの形の“安らぎ”が、 自然に溶け込んでいた。
コメント
2件
なついるが最高すぎる……
今回も尊いです!ありがとうございます!