テラーノベル
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静まり返った家。
時計の針の音だけが、やけに大きく響いていた。
カチ、カチ、カチ――
その静けさを破ったのは。
「……っ、や……」
小さな声だった。
いるまの部屋。
ベッドの上で、
いるまが、苦しそうに息をしていた。
「……やめ……」
額には汗。
シーツを、強く握りしめている。
――夢を見ていた。
忘れたはずの。
忘れたかったはずの。
過去。
『お前なんか、いらない』
低い声。
『なんでこんなこともできないんだ』
腕を掴まれる。
痛い。
怖い。
逃げたい。
でも、
逃げられない。
『お前は、おかしい、壊れてる』
『所詮は子供、親の言うことを聞け』
違う。
壊れてるのは――
「……っ、やめて……」
涙が、こぼれた。
意識は、夢の中。
ここがどこかも、わからない。
シェアハウスじゃない。
あの場所だと、思い込んでいる。
「……や……」
助けて。
助けて。
誰か。
誰か――
「……こさめ……」
ぽつりと。
名前が、零れた。
無意識だった。
初めて。
自分から呼んだ名前だった。
その頃。
隣の部屋。
こさめは、目を覚ました。
「……?」
胸が、ざわついた。
理由はわからない。
でも。
嫌な予感がした。
静かに、部屋を出る。
廊下。
そして。
聞こえた。
「……やめ……」
いるまの声。
こさめの目が、大きく開かれる。
急いで、ドアの前へ。
コンコン
「……いるま?」
返事はない。
でも。
苦しそうな声が続いている。
こさめは、少し迷って。
そして。
ドアを開けた。
「……!」
ベッドの上で、
いるまが、泣いていた。
目は閉じたまま。
でも、
涙が止まらない。
「……や……こわ……」
こさめの心臓が、締め付けられる。
(……いるま)
ゆっくり近づく。
怖がらせないように。
ベッドの横に座る。
「……いるま」
小さく呼ぶ。
反応はない。
夢の中にいる。
こさめは、
震える手で。
そっと、
いるまの手に触れた。
びくっ
いるまの体が跳ねる。
「……っ」
こさめの手が止まる。
でも。
離さない。
優しく。
包む。
「……大丈夫」
小さな声で言う。
「……ここにいるよ」
「……」
いるまの呼吸が、
少しだけ変わる。
こさめは、続ける。
「……一人じゃない」
「……」
「……いるま」
その瞬間。
いるまの目が、うっすら開いた。
ぼやけた視界。
そして。
目の前に、
こさめがいた。
「……こ、さめ……」
弱い声。
現実と夢の境界が、まだ曖昧。
「……うん」
こさめは、優しく答える。
「……ここにいる」
いるまの目から、
また涙がこぼれる。
「……こわ……かった……」
その言葉に。
こさめの胸が、強く痛む。
「……うん」
否定しない。
「……こわかったね」
いるまの手を、少し強く握る。
「……もう、大丈夫」
「……」
「……ここは、あそこじゃない」
「……」
「……ここは、シェアハウス」
「……」
「……俺も、いる」
静かな声。
でも、
確かな声。
いるまの呼吸が、
少しずつ落ち着いていく。
「……ほんと……?」
子どもみたいな声。
こさめは、
迷わず答えた。
「……ほんと」
「……」
「……どこにもいかない」
その言葉を聞いた瞬間。
いるまの手が、
ぎゅっと、
こさめの手を握り返した。
初めてだった。
自分から、
誰かを掴んだのは。
「……こさめ……」
名前を呼ぶ。
はっきりと。
意識して。
こさめの目が、少し潤む。
「……なに」
「……いて……」
消えそうな声。
「……そばに……」
お願いだった。
助けを求めていた。
こさめは、
迷わず答えた。
「……いるよ」
そして。
ベッドの横に座ったまま、
手を握り続けた。
「……朝まで、いる」
「……」
いるまの目が、
ゆっくり閉じていく。
さっきまでの苦しそうな顔じゃない。
少しだけ、
安心した顔。
手は、
離さないまま。
こさめも、
離さなかった。
夜は、まだ長い。
でも。
もう、
一人じゃない。
壊れていた心は。
少しずつ。
本当に少しずつ。
救われ始めていた。
コメント
2件
マジでこの作品毎回泣ける!続き楽しみすぎる!