テラーノベル
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あの夜市から、どれくらい経っただろう。その日が来た時、僕と美咲は三浦地区の避難所にいた。
僕たちの復興システムは神奈川一帯に広がっていった。
美咲が立てた各避難所のリーダーたちは皆、誇り高く、懸命に動いた。物流網もAIで最適化され、量子コインの流通も安定してきた。
希望の光が、確かに灯っていた。
だが、それは同時に
『目立ってしまった』
ということでもあった。
そして『将軍』とその部隊が姿を現した。
ある日、僕は避難所のP Cでシステムの調整をしていた。そんな時、脇においたスマホが震えた。手が離せないので放っておく。
「隼人、連絡来てるわよ」
「ああ、ちょっと手が離せないからメッセージ開いてくれ」
僕は気軽に答える。
「分かったわ」
美咲がスマホを叩く。
「……」
うん?顔を上げる。美咲のエスプレッソ色の目がつりあがっている。
「やばい連絡?」
「隼人、あなた服部さんとどういう関係?」
「え、誰だって?」
「クラスメートの服部さんよ!」
う、やばい、なぜ彼女の連絡がここに?僕はポーカーフェイスを必死にキープした。
「え、友達だったよ」
「ふーん、彼女とキスしたの?」
「は!?」
美咲がスマホを僕の目の前に突きつけた。そこに書いてあったのは……
「隼人くん、元気?私は元気よ。落ち着いたらキスの続きをしようね。♡♡♡」
「私とは2度目だったわけね」
「違うよ、ほら、地震がちょうどあってさ、できなかったんだよ」
僕は深―い墓穴を掘った。
「しようとしていたわけね」
美咲が顔を近づけてくる。
「いいや……」
「ふん、隼人、服部さんが何者か分かってるの?」
彼女が急に顔を遠ざけた。薄い色の髪がさらっと翻る。
「え、クラスメートでしょ?」
「あのね、彼女は足利の忍者よ」
「は?何のこと?」
「私は彼女と友達なの。そこで知ったのはね、彼女は伊賀忍者の子孫。そして伊賀忍者は北条を滅亡に追い込んだ足利の忍び」
「千年も前の話だよね?」
「そうね、私たち北条の方はね。でもね、伊賀の方は伝統を引き継いでいるのよ。と言っても私たちは普通の高校生なんだけどね。ほら、私の苗字が北条だから彼女と盛り上がったことがあるのよ」
そう言いながら美咲はスマホに何か入力した。
「おい、勝手に……」
美咲は画面を見てクックックと笑い出した。それから僕に画面を突き出す。そこに書いてあったのは……
「美咲、隼人くんとうまくやってる?大丈夫、彼と何の関係もないわよ。震災の時はね、父に『金窪にも救援侵略を警告しとけ。確か、あやつは暗号通貨に絡んでいた』と言われたのよ。そこで手紙でね、2人だけでお話したいことがあります、って書いたのよ」
それは実戦空手の達人に延髄斬りを食らったような衝撃だった。彼女のメッセージはさらに続く。
「そしたらさ、隼人くん、勝手に誤解してさ、ウケる」
「……」
「その時地震きたからさ、お父さんの伝言伝えられなかったんだよね」
何だと?あれはラブレターじゃなかったんだ。
う、殺気。美咲が僕の脳天をチョップした。
「アホ」
「いてぇ、ごめん、いや、あの」
服部日菜からのメッセージが続く。
「今度はちゃんと伝えるね。救援軍はあなたたちに気がついたわ。間もなく攻撃してくるわよ、気をつけなさい」
そこでメッセージは終わった。
僕はその日1日、美咲の奴隷となった。
最初の異変は、逗葉浜の避難所からだった。
リーダーと連絡が取れない。
美咲が眉をひそめた。
「まさか、システム障害?」
僕は首を振った。通信網は冗長化してある。全く連絡が取れない、ということは、あり得ない。
ゲーム仲間に通信ログを解析してもらった。その結果が届く。背筋が凍った。
「多分……軍のアクセス痕跡がある」
「軍?」
「I Pゾーンから見てアジア地域由来。こりゃ、救援軍だ」
ついに来たか、と思った。
「ほら、警備カメラの画像が生きてる」
その動画を送ってもらった瞬間、確信に変わった。
防弾ベスト。ヘルメット、アサルトライフル、同じ顔。そして、逗葉浜のリーダーが、後ろ手に縛られてトラックに押し込まれていた。
「ついに来たか」
僕は歯を食いしばった。
これまでの半グレや地元ヤクザとは違う。銃を持ち、組織的に動き、情報を握っている。
つまり、北畠独裁政権の“救援軍。事実上、クーデターで日本を支配している奴らが動きだした。
美咲は唇を噛んだ。
「どうする? 助けに行く?」
「いや、今は無理だ。正面からは勝てない」
「でも……!」
「金窪流の教えにある。『正中を崩せ』 だ。まず戦わずして勝つ道を探る」
僕はスマホを取り出した。秘話アプリを立ち上げる。すぐにゲーム仲間に連絡をとる。
《奴らの位置情報がわかるかい》
《うん。奴らのスマホの動画アプリからすぐにわかるよ》
《リアルタイムで僕に教えてくれない?》
《オッケー。幸運を祈る》
翌日。
僕たちの場所がバレていたのだろう。とうとう、三浦の避難所に奴らが襲い掛かってきたのだ。
手始めは夜明け前。パトロールに出ていた若者が拉致された。
逃げ延びた一人の男が駆け込んで来た。頭から血を流している。
「救援軍だ!『三浦は管理下にする』って言ってた!」
ざわめく避難所。
美咲は即座に前に立つ。
「みんな、落ち着いて! あなたたちは安全よ、狙いはシステムとあたしたち」
彼女の声は落ち着いていた。
だが、その背中を見ていると、僕は、胸の中から怒りが湧いてきた。
これが、あの夜市で笑っていた人たちが見るべき明日なのか?
僕は外に出た。東の空がわずかに明るくなり始めていた。
上空にヘリの音がする。やばい、思ったより動きが早い。避難所への坂道が騒がしい。
「美咲、裏山へ退避しろ。接触は避けろ」
美咲が振り向いた。
「隼人は?」
「僕はやることがある」
「そんな……!」
「例の洞窟で落ち合おう」
「わかった」
「奴らの狙いはデータだ。量子コインのノードを破壊したいか、掌握したいか、いずれにせよ、残す訳にはいかないよ」
僕は金窪流で呼吸を整えた。そうしてつぶやく。『人を殺めることをお許しあれ』。
僕の第二の人格に切り替えた。
そのまま避難所の会議室に飛び込む。かつての職員室。
そこに並ぶパソコンを叩く。メインノードの最新データをクラウドに転送。パソコン自身に暗号化をかけ、さらにデータ破壊を起動。
ジリジリする。
コマンドが帰ってきた。
その時、外で銃声が響く。金属を打つような乾いた音。
「来たか」
僕は息を吐き、壁際の古い木箱を開けた。
そこには、木刀と小刀。さらに閃光弾にフラッシュライト。急いで掴み出す。
室内の照明を落とす。
すぐに職員室のドアが破られた。
「動くな!」
数人の男たちが銃を構えて入ってくる。僕は両手を上げて見せた。
「お前ら、復興の邪魔をして楽しいか?」
「命令だ。資産はすべて接収する。抵抗すれば撃つ」
「そうか」
次の瞬間、僕は閃光弾を叩きつけた。
凄まじい光と音。
その瞬間に地面を蹴る。式馬さんたちと特訓した対ライフル格闘技だ。
まず先頭のやつに下から一撃。銃身を跳ね上げそのまま喉を突き破る。
男は無言で崩れる。僕は倒れる相手の体を支点に反転し、もう一人の腕を掴んで関節を逆に折る。銃が床に転がる。
次は金窪流・闇討ちの型、『闇さわぎ』。
残りの男たちは慌てて銃を打ち始める。
僕はそのまま奴らの中間を狙って走る。常に、僕の後ろに敵が重なるように動く。体は常に斜めに角度をつけ、晒される面積を減らす。奴らは同士討ちを恐れて動きが鈍る。そこを次々と打ち破る。
怯んだ隙に柱の陰に滑り込んだ。当然、動きながら逆側の窓へフラッシュライトを投げつける。忍者の手法だ。これで僕の場所はさらに分かりにくくなる。
「撃て! 窓から逃げるぞ!」
まんまと引っかかる。
その声と同時に、僕は奴らの背後から飛び込んだ。連撃。刺突。蹴撃。竜巻のように倒してゆく。そのまま奴らの入ってきた入り口から外に抜ける。
そこからは裏山へすぐだ。
息を切らしながら走る。
木が生い茂る古い山道。夜明けの霧が立ち込める。この先に洞窟の入り口がある。
この辺りの山の中には、太平洋戦争の時に作られた地下道がいくつもあるのだ。本土決戦用といわれている。そして、それらは危険なため閉鎖され、忘れ去られてきた。
だが、いざという時のために、僕は調べておいたのだ。
「こっち!」
美咲の声。先に来ていた。よかった。美咲の顔を見たときはほんと、神様に感謝します、って思った。
僕は呼吸を整え、『感謝します』と呟く。これでいつもの僕モード。
暗闇。湿った空気。
「ふぅ」
「なんとか撒けたね」
「もう、死ぬかと思った」
美咲は涙を浮かべて笑った。僅かな光が涙の筋を艶っぽく反射している。
「このままじゃ、三浦が……」
「わかっている。だけど、今は勝てないよ」
「どうするの?」
「情報だ。奴らの動きを掴もうよ。反撃はそれから考えよう」
僕はこの時のために用意してあったスターリンク直結のスマホを取り出した。
アクセスしても検知されないように仕掛けをしてある。緊急回線を開いた。
仲間のエンジェル=ルースベルトが応えた。
《おーい、無事かー?》
《ギリギリ。で、奴らの正体、掴めた?》
《北畠救援軍 第一空挺師団、総員約20名くらいよ》
《ついに本命が現れたってこと?》
《うん、地域独自の復興活動はお気に召さないようよ》
《予想は出来たけどちょっと早いね。で、奴らはどこまで来ているの?》
《まだ三浦だけみたいだ。気をつけてね。こいつら精鋭部隊みたいよ》
《僕って人気者だよな》
《それから、奴らのメッセージを覗き見してみたんだけどさ、『金窪』ってやたらに出てくるわよ》
《名前も割れてるってこと?》
《うん、その次に頻発されるのは『量子コイン』だな。興味津々のようね》
《奴らの電子通貨は誰も使ってないからね》
《つまり?》
《気をつけてね、避難所を潰すってことじゃない、奴らの狙いは隼人たちの身柄よ》
横で美咲がスマホを覗き見ている。
「だから、三浦に来たのね」
「そういうことみたいだね」
「どうするの?」
《僕は一旦鎌倉に戻るよ。変な動きがあったら連絡くれないか》
通信を切った。
「急いで鎌倉に戻ろう。美咲、避難所のみんなが心配だ」
美咲が頷いた。
まだ夜は長い。僕たちは黙って洞窟を進む。中は暗く臭い。しかしこの先に県道に面した出口があるのだ。
洞窟の出口から細い光が差し込んでいる。絶望の夜をわずかに裂く、細い希望の線のようだ。
出口には古びた鉄格子がはまっている。
僕は手前の地面を蹴り込んだ。鉄格子はあっけなく倒れる。隠しておいたバイクを引き出す。
ここまでの事態を予想していた訳じゃないが、最悪のシナリオに備える。と言ってもこれは金窪流とは関係ない。これは僕の気の小ささのおかげだ。
美咲を後ろに乗せる。ライトもつけず僕はバイクを走らせた。山の中をくねる旧道だ。いざ鎌倉へ。左右に振られる車体。
僕の背中にしがみつく彼女の体温と震えが伝わる。
不安なのだろう。そりゃそうだ。なにしろプロの軍隊に追われているんだ。
うん?背中にとっても暖かい二つの感触がある。
おお、彼女の胸大きい。そうだよな、ツーンと上向いてたな。一度触ってみたいなあ、なんて考えてなかったら嘘になる。
さらにバイクが揺れる。彼女の腰がピッタリ密着する。
葛藤に悩みながら、僕はワインディングロードをクリアしてゆく。
バイクが揺れる。彼女が腕に力を込める。そうすると体がさらに密着する。
危ねぇ、バイクがよろめく。二人とも少し汗をかく。
とにかく、時間との勝負だ。奴らもすぐに動いてくる。僕は上気した顔のままひたすら前を向いて走り続けた。
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