テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
鎌倉の夜は、不自然に静かだった。
波の音がやけに鮮やかに聞こえる。
眠っているわけじゃない。ただ、恐怖と緊張で、息を殺しているようだった。
僕と美咲はなんとか三浦を脱出した。
途中、彼女を避難所の子供たちのところで下ろす。リーダーに頼んで、彼が知る空き家に匿ってもらうことにした。
僕はそのまま北鎌倉の自宅へ直行した。
身元がバレているなら待ち伏せされているかもしれない。だが、動かないわけにはいかない。復興拠点のデータを守り、次の手を打つには、どうしても自宅のシステムに触る必要があったのだ。だから僕は、夜更けに鎌倉の裏路地を抜け、崩れかけた山道を踏み締めて自宅に戻った。
久しぶりの家は、ほこりと潮風の匂いに満ちていた。割れた窓から、かすかに月明かりが差している。机の上には、使いかけのコーヒーカップ。あの震災の朝、慌てて出て行ったときのままだ。
うん?その横にメモが置いてある。金窪の符牒で書いてある。
「親父、1回ここに戻ってたんだな」
僕はメモをポケットに押し込んだ。
自室に入る。P Cの電源を入れる。暗号化されたシステムが息を吹き返す。
流通、量子コイン、AIネットワーク──全部がまだ生きていた。
「よし……」
肩の力が抜けた瞬間、スマホが震えた。
急いで腰のポケットから取り出す。
画面には、見たことのあるボランティアの名前。けど、出た瞬間、嫌な胸騒ぎが走った。
「おい、どうした?」
「……すまない、俺、見張られてたんだ……!」
次の瞬間、銃声。
ノイズ。
通話は途切れた。冷たい汗が背を伝う。直後、別の声が割り込んだ。
「女は我々が確保した」
「……美咲を、どうした?」
「こいつの命が惜しければ、明日昼までに横須賀教育隊センター跡に来い」
「……」
「来なければ、女は殺す」
その声は、冷たくも淡々としていた。機械のような命令の口調。
僕はスマホを握りつぶしそうになった。
夜が深くなった気がした。外では風が唸る。竹藪がざわざわと音を立てる。
どうやら、覚悟を決める必要がありそうだ。
僕は家の隠し倉庫に潜り込んだ。
そこから短刀、クボタン(手にはめるメリケンサックみたいなもの)、閃光弾をポケットに押し込む。木刀を背負う。黒いラッシュガードを着込む。その上にも黒い服を身につけた。
夜明け少し前。
横須賀の水兵教育隊跡地。
潮の匂いと、焦げた鉄の臭いが入り混じる。
かつて訓練場だった建物は半壊し、見通しの良い廃墟となっている。
僕はフェンスの監視カメラを避けて潜り込むことにした。廃墟とはいえ、奴らはこういう機器は活用しているに違いない。
影のように移動する。ここは北側が山で南側が海。その間に挟まれた敷地だ。そこで海側から忍び込むことにしたのだ。
岩場を伝う。海に入る。うわ、つめてぇ。
そのまま泳ぐ。月が雲に隠れた隙に、潜る。桟橋脇のフェンスを越える。
だが…そこまでだった。
「動くな」
スポットライトを浴びた。前後左右に銃を構えた兵士。
しまった、罠だった。
そのまま引き上げられる。まずは、銃床で顔を殴られる。
「チェ、いてぇ」
膝をつく。結束バンドで手を縛られる。
「……捕まったか」
さらに拳で一発殴られる。次いで蹴り。腹筋に力を入れてたけど、何しろ相手は軍靴を履いている。内臓が痛む。
心の中で苦く笑った。親父の言葉をまたまた思い出す。
「お前は実戦の経験がない。それが弱点だ」
プロには敵わん。戦いの場数も、兵器も、あいつらは桁違いだね。
それから僕は痛めつけられ続けた。流石に、これはヤバイなって思ったら夜が明けた。
倉庫のような建物の中。
目の前に、美咲がいた。頬が赤くなっている。
シャツの第一ボタンがなくなって下着の一部が見えている。ちょっとブラジャーがズレている?遅かったか?
思わず彼女の他の部分の洋服チェック。うん、大丈夫だ。
こんな時にこういうところばかり気になるなんてさ、僕って最低だよな。自分で嫌になる。
彼女の腕にはやっぱり結束バンド。でも、目は死んでない。
#ファンタジー
3
96
僕を見ると、びっくりした顔。
そりゃそうだろうな、目は晴れて、唇は切れ、多分歯もいくつか失った。でもここで頑張らなくてどうする。
僕は、無理して、ほんの少し笑った。
「遅い」
「悪い」
そのとき、鉄の扉が開いた。
ゆっくり男が現れる。身長は百八十を超えるだろう。灰色っぽい迷彩服。肩章に星が四つ。
「救援軍、大佐のユエ(岳)だ。司令部から直々に君を連れてこいと命じられている」
よく通る低い声。流暢な日本語。
「おお、そりゃ名誉なことだ。僕って有名人?」
もう、やけくそだ。
「金窪君っていうのかね。結構な武術使いらしいじゃないか。もっとも司令部は君の設置した技術に興味があるようだがね」
面白がっているようだ。
「協力してくれれば、この女は解放しよう」
「彼女は大丈夫なのか?」
僕が一番気にしていること。
「我々は軍隊だよ。その辺のチンピラと一緒にしてもらったら困るね」
大佐は余裕だ。
「協力を断ったら?」
「考え直せ。君のシステムは、世界を変える。だが、我々の管理下でこそ、正しい秩序を生むことができる」
「支配って言うんだよ、それ」
その瞬間、大佐は無言で拳銃を取り出し、ボランティアのひとりを前に出させた。一緒に仕事をしていた仲間だ。
「え!」
美咲がショックで声を出す。
「裏切り者だよ」
美咲の目が大きくなる。
「美人の君に関心があったみたいだよ。手伝ってくれたら悪いようにしないよって言ったんだ」
「なんで……」
呆然とする。
「でも、方針変更だ」
大佐が銃を構えた。
「パンッ」
乾いた音が倉庫に響いた。
そのボランティアは右足を押さえて倒れる。
「次は女だ」
美咲が歯を食いしばる。
まじか、こいつら。
人の命なんて紙屑と同じなんだな。僕は、対峙している相手が違うことに改めて気がついた。
考えろ、僕は全速力で頭を回転させた。大佐の体格、姿勢、態度、手足の形など、分析する。さっきの会話の意味も探る。そして、結論が出た。
こいつ、武道家だ。それもプライド高し。
僕は勝負に出た。
「ユエ(岳)大佐って言ったよね。中国の英雄と同じだな。一族かい?」
「は、何を言い出すかと思えば……。そうさ、岳飛将軍の血を受け継ぐものだ」
俺は平野塚地区での戦いでスーツの男が去り際に言ったことを思い出した。
「お前が『将軍』と言われる男なのか?」
「俺の階級は大佐だよ。だけどそう呼ぶ日本人もいるな」
「そんな人と話せるなんて名誉なことだな。ならば条件次第で降伏するよ」
「ほう?」
「お前と一対一で武術勝負だ。僕が負けたら協力してやる」
「ははは……いいだろう。いい見せ物になるかな」
「貴様もここじゃ狭いだろう。金窪流剣術を知りたければ外に出ろ」
僕はやつを挑発する。1人の兵が僕を立ち上がらせる。
僕たちは倉庫の前の広場に引き摺り出された。
別の兵隊が中国刀と僕の木刀を持ってきた。
大佐は、その柳葉刀(りゅうようとう)を抜く。銀色の刃が朝日に鋭く反射する。よく切れそうだ。
「武術など時代遅れだが、少しは楽しませてもらおう」
僕は、足元の木刀を拾った。
金窪流で呼吸を整える。そうしてつぶやく。『人を殺めることをお許しあれ』。
僕の第二の人格に切り替えた。
風が止んだ。
集中する。
視力と聴覚、運動野を統合する。さらに集中を高める。一種のゾーンだ。時間が歪む気がする。
金窪流、最終奥義、捷径の理(しょうけいのことわり)。
世界が少しずつスローモーションになった。
次の瞬間、僕は先手を取った。
地面を蹴る。反発。そのまま踏み込む。刺突。
大佐の刃が横に流れる。金属が木を削る音。
かわされた。
そのまま大佐は袈裟懸けに刀をスイングさせてくる。
僕は身体を捻り、左足で相手の懐に潜り込む。大佐の肋骨を柄で狙う。
カツン、防弾チョッキだ。くそ、浅い。
僕はそのまま円を描いて大佐の背中を取りにゆく。
だが、でかい体にもかかわらず素早い。そのまま僕の動きについてくる。
蹴りがくる。僕は一気に飛び下がる。
大佐は打たれた脇腹を手で撫でる。
「小僧、やるじゃねぇか。いいねぇ」
やつが構えを取り直す。
くそ、これをやられると攻めにくくなる。
そのまま片手を前にしてにじり寄ってくる。蛇のような目。
次の瞬間、今度はやつが突っ込んできた。左手はフェイント。右手の刀が本命だ。
突く、手首で回す。僕は正面を避ける。横に横へ。ずれる。
大佐の柳葉刀が追ってくる。竜巻のようだ。上腕力を使って自在に振り回してくる。速い、強い。
中国王朝時代の英雄、岳飛将軍の子孫というのもあながち嘘じゃなさそうだ。
僕は相手の出足を呼んで交わし続けた。3回目の時、左太腿に痛みが走る。昨晩散々蹴られたところだ。
姿勢が崩れる。
大佐の柳葉刀が右耳を横に切り裂く。血が飛び散った。
「隼人!」
美咲の悲鳴。
僕は犬のように手も使って大佐から距離を取る。やつは余裕をかまして僕の這い回る姿を見下ろしている。
朝日が昇ってきた。
僕は小狡い自分を誇りに思ってる。ここで太陽の向きを利用しないでどうする。これが勝利の鍵だ!
僕は犬スタイルのまま太陽を背にするように回り続ける。
その惨めな姿に大佐は油断した。彼は朝日に一瞬、視覚を失う。
その時を待っていた。
僕は「捷径の理」を限界まで上げる。
回転の動きから直線へ。
大佐はこの動きについてこれない。
一挙に背後をとる。そのまま暴露されている後頭部を狙った。
信じられない、大佐は本能的に首を捻った。そのために打撃が浅い。
「……!」
もう一撃。こめかみを狙う。
「がつん」
なんと大佐は左手で木刀の打撃を防御したのだ。生半可の衝撃でなかったはずだ。
だが、大佐は痛がるそぶりも見せず。そのまま柳葉刀をスイングさせてくる。
僕は体勢が崩れたまま木刀右手一本で防ぐ。
「バキ」
僕は唖然とした。大佐の柳葉刀は木刀を真っ二つにしたのだ。
僕の手元には半分になった木の棒が残っているだけ。
「勝負あったな」
大佐がゆっくり近づいてくる。
「動くな!」
控えていた兵の銃口が、僕に向けられていた。
「まだ終わってねぇぞ……!」
僕が歯を食いしばると、銃をむけている兵が笑った。
「そんな棒切れで『将軍』に勝てると思うのか?」
そして、もう一人が美咲の腕を掴む。ねじり上げる。
「諦めろ。さもなくば、女の腕を折る」
その瞬間だった。
そいつの頭の半分が吹っ飛んだ。
#