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前職は舞妓
425
きょう
171
「……行方不明者の捜索依頼、ねぇ」
ファミレスのボックス席で、俺はぬるくなったコーヒーのカップを回しながら、目の前の男——佐藤がテーブルに広げた資料に視線を落とした。
「はい。本部に直接駆け込んできたご家族からの切実な依頼です。行方不明になっているのは、市内の中学校で数学を教えている三島(みしま)という32歳の男性教諭。一週前の金曜日、学校を出たのを最後に消息を絶っています」
佐藤が眉をひそめながら、捜査資料の写真を俺と渚の前に差し出す。
写真に写っているのは、真面目そうな眼鏡をかけた若い男だった。
「事件性は?」
「失踪直前の防犯カメラやスマホの足取りは、駅前の商店街でパタリと途絶えています。失踪当日は普段通りに勤務を終えており、職場や家庭でのトラブルもなし。警察としては『事件性なしの自発的失踪』として処理されかかっていたんですが……奥さんが『絶対に自分から失踪するような人じゃない』と諦めきれず、藁にもすがる思いで立ち寄ったそうで……」
「……で、お前が引き受けたってわけか」
「うぐっ……だ、だって! 奥さん、小さなお子さん抱えてボロボロ泣いてたんですよ! 刑事として見捨てられるわけないじゃないですか!」
佐藤が必死に弁明する。相変わらず情に脆い奴だ。
「……で? 生きてる人を探すなら、警察の公開捜査か地道な聞き込みだろ。なんで渚を呼んだ」
俺がそう言うと、佐藤はチラリと渚に視線を送った。
渚は山盛りのフライドポテトを黙々と口に運びながら、ドリンクバーのメロンソーダをストローでちびちび飲んでいる。相変わらず一見するとどこにでもいる女子高生だ。
「……実はですね、三島先生が最後に立ち寄ったとされる商店街の路地裏で、近所の住民が『奇妙な遺留品』を見つけて警察に届け出たんです」
佐藤が証拠品袋を取り出した。中に入っているのは、血痕の付着した男物の眼鏡。フレームの形は、写真の三島先生がかけているものと一致していた。
「血痕……? おい、なら完全に事件(ヤマ)じゃねぇか」
「それが……血痕のDNA鑑定は三島先生のものと一致したんですが、現場には争った形跡も、その他の痕跡も一切ナシ。警察の現場鑑識も『ここで事件が起きたとは断定できない』って手詰まりなんです」
俺は煙草を咥え(火はつけない)、隣の渚を見た。
渚はポテトを噛む手を止め、その証拠品袋に入った眼鏡をじっと見つめていた。
「……ねえ、佐藤さん」
渚が静かな声で問いかける。
「その眼鏡、触ってもいい?」
「う、うん。鑑識の検査はもう終わってるから大丈夫だけど……渚ちゃん、大丈夫? 無理しないでね」
渚は無言で首を振ると、ビニール袋の上から、そっと眼鏡に右手を重ねた。
霊に触れるんじゃない。物に遺された「強い感情の残香(念)」を読み取る作業だ。これだって渚にとっては決して楽なことじゃない。
「……っ」
渚の息が荒くなり、眉間に固いしわが寄る。
俺はいつでも渚を支えられるよう、テーブルの下で身体を乗り出させた。
「……見えた……?」
俺が低く尋ねると、渚はゆっくりと目を開けた。その瞳には、深い悲しみと冷たい怒りが混ざり合っていた。
「……三島先生、生き伸びようとしてる」
「なに……!?」
佐藤が身を乗り出す。
「生きてるの!? 三島先生、どこにいるの!?」
「場所までは……分からない。でも、暗くて、狭くて……水の流れる音がずっと聞こえる場所。三島先生、足にすごい怪我をして動けない……誰かに閉じ込められてる……!」
渚は自分の右手を強く握りしめながら、必死に記憶を手繰り寄せる。
「犯人は……三島先生をどこかに閉じ込めて、じわじわ苦しめて遊んでる。……『お前が正しいと思っている学校の倫理なんて、ここでは何の役にも立たない』って……嘲笑いながら」
「……元生徒、あるいは保護者の怨恨か」
俺は手帳を取り出し、ペンを滑らせた。
自発的な失踪でも、死者からの『聞き霊』でもない。
生きている被害者が、死の淵で遺した「助けてくれ」という執念の残香。
「タイムリミットは……?」
「……分からない。でも、手遅れになる前に助けないと。三島先生の息、すごく弱くなってる……!」
渚の言葉に、佐藤が自分の警察手帳を強く握りしめた。
「行きましょう、先輩! 渚ちゃんが繋いでくれた手がかりだ……今度こそ、生きてるうちに救い出します!」
「おう。足で稼ぐぞ、新人」
俺は伝票を掴んで立ち上がった。
見えない死者の声だけじゃない。今、暗闇の中で消えかけている命の灯火を救うために。
俺たちの、時間との戦いが始まった。
コメント
1件
第17話、読み終わりました……! 今回は渚ちゃんの能力が生きてる人の「執念の残香」を読む場面で、いつもと違う緊張感があってすごく良かったです。暗くて狭くて水の音がする場所に閉じ込められて、じわじわ苦しめられてる三島先生……想像しただけで胸が苦しくなりました。生きてる人を助けるために動き出す展開、次が気になりすぎます。