「……、!」
“聞こえたもの”に驚きが生じる。
音が二つ聞こえたのだ。一つは森さんに
撃った銃声、もう一つは____
「はぁ…はぁ…」
息を荒くした中也が目を見開きながら立っていた。
「やァ中也、長期任務ご苦労さま」
「太宰、手前…何してやがる…」
「何って…森さんを殺したところだよ?」
ほら、と中也に森さんの死体を見せる。
「ッ!!」
昼夜の顔が青ざめた。
「それにしても…わざわざ中也を用意してくれるなんて……」
笑みを浮かべながら、もう言葉を発することのない森さんに話しかける。
「気遣ってくれたの? ならもう一寸疾く、中也を____」
視界の隅に中也が一瞬で現れる。
「っ!」
突如、頬に痛みが伝わってきたと思いきや、奥にある机の方に吹っ飛ばされる。
「非道いなぁ…中也、」
私はそう云うと、パラパラと机の小さな欠片が当たる中、少しだけ体をゆっくり起こす。
「私だって人間なのだから…痛いのはあまり好きじゃないのだよ?」
「太宰手前…」
中也は震えながら、絞り出した声で云う。
「ッ……何で首領を殺した!!」
「____…… 」
小さく息を吸い、彼の問いに答える。
「え、殺しちゃ駄目だったの?」
「……、!」
その瞬間、中也が目の前に現れる。
すると中也は私の胸ぐらを掴み、今度は左頬を殴った。
「ふざけんなよ…」
「……?」
胸ぐらを先刻よりも強く掴まれる。
「俺は手前が嫌いだ!!」
「知ってるよ、何なら私の方が___」
すると、中也は私の言葉を遮った。
「手前は自殺願望のくせに、何時もヘラヘラしてやがる!手前が呼吸してるだけでも俺は手前が嫌いだ!!」
「……そう、」
別に中也の云ってる事に傷つく事もないし、何も感じない。一つ挙げけるとすれば、声が大きすぎて五月蝿い事だ。
「それでもなァ…!」
胸ぐらをもっと強く掴まれ、苦しくなる。
「俺が“汚辱”を使った時は、必ず手前が元に戻してくれる、!」
「君の相棒として最低限のことをしてるだけだけど」
「それだよっ…!」
「……?」
胸ぐらを掴む力がどんどん強くなっていく。
「俺はなァ…! 手前を信用してるから汚辱を使ってんだ!!」
「シンヨウ…? 君が? 私をかい?」
軽い挑発をする。
「っ…、手前ッ……」
中也は今にも もう一度私を殴りそうな雰囲気を出していた。
ギュウウウッ
「ッ……」
思わず眉間にシワを寄せた。
其の瞬間だった_____
「そうだよ」
ボソッと呟いた中也の言葉に目を見開いた。
中也は悔しそうに私を睨み、息を吸った。
「俺は手前が嫌いだ!!」
その時の中也の言葉が酷く胸に刺さった。
こんな表情をしながら云われた事がなかったからだ。
「何時も手前を殺してやりたいと思ってる!それでも…それでもなァ…!」
絞り出すような小さな声で、中也は云った。
「…………」
何も云えなかった。彼が発した言葉に驚いたからだ。
「何でだよ太宰、」
中也は顔をしかめながらボソッと呟いた。
「___……、私と中也だからだよ」
「何?」
「組織内で首領を殺せるの…誰だと思う?」
中也は何かに気付き目を丸くした。
胸ぐらを掴む中也の手が、微かに弱くなる。
「それが…俺達だって云いてェのか……?」
中也は唇を噛み締めて云った。
私は何も云わずに頷く。
「そんなに気にする事ないよ、中也」
中也の後ろの方にいる、森さんの死体に視線を移す。
「森さんは私に殺される事を知っていたにも関わらず、誰にも何も云わなかった」
ニコッと笑みを浮かべる。
「それってもう………私に首領の座を譲っても良いって事だろう?」
「な………」
中也は何も云わず、ただ呆然としていた。
「森さんについては、私に首領の座を譲った事にして、後の事は適当な理由でもつけて、ポートマフィアを抜けた事にしよう」
立ち上がって森さんの死体に近付く。
「そんな事…誰も信じな___」
「大丈夫だよ、」
後ろから聞こえた、中也の声に答える。
「そういう風に遺体を処分すればいい、」
「っ!手前…!!」
「別に云いたかったら云えば?そしたら中也まで共犯として罰せられるかもだけど…」
「糞太宰が…!」
中也は怒りを堪えるかのように、手を握りしめていた。
横たわる森さんの前にしゃがみ込み、遺体の処分をどうしようか考える。
ガチャッ
拳銃の金属音が後ろから聞こえる。
森さんの敵討ちをする為に私に銃を向けたのだろうか。
「中也、森さんの事は諦め_____っ!」
後ろを向くと、目にした光景に驚愕した。
「………」
中也が自分の頭に銃口を突き付けていたのだ。
「手前の思い通りになってたまるか…」
中也はボソッと言い放つと、指をゆっくりと曲げる。
「駄目だ中也ッ!!」
***
「はぁ…はぁっ…はぁ…」
太宰の汗が頬を伝って、床に垂れる。太宰は目を大きく見開きながら、息を整えていた。
「___……なんだよ、」
ボソッと俺は言葉を発する。
「手前は俺が嫌いなんだろ?」
「っ………」
太宰は先刻までの余裕な表情とは違い、悔しそうにしていた。
俺が自分に向かって拳銃の引金を引いた時、此奴は真っ直ぐに俺の処に来て、拳銃を上に向けた。銃弾は天井の方に撃たれたが、太宰の勢いで俺達は後ろに倒れた。
「俺の事が嫌いなのに助けたのか?」
「……っ、そうだよ」
太宰が俺の服を掴む。
「私だって君が嫌いだ!!」
「だったら____っ!」
目にした光景に俺は驚いた。
「っ……うっ…」
太宰が涙をこぼしていたのだ。
普段此奴はヘラヘラしたり余裕ぶったりと、そういう態度をとる奴だった。
けれど俺は今まで___…否 きっとこれからもだ。俺は…太宰の涙を見た事がない。
だから驚いた。
「私は如何すればいい、?」
「は?」
最初、此奴の言葉の意味が解らなかった。
然し、太宰は顔を隠すようにうずくまって、云った。
「私の孤独を埋めるものはこの世の何処にもない、私はそう云われた」
シワが付くくらいに、太宰は俺の服を握る。
「もう判らないんだ……如何すれば正しい? 如何すれば____、」
「私を判ってくれる友は…もういないっ…」
涙を流し、弱々しい声で太宰はそう云った。それはまるで……何か大切なモノを失くしてしまった、子どものようだった。
「中也、教えてくれ…っ」
太宰は冷たい雫をこぼしながら云った。
「私は…如何すればいい?」
(…嗚呼、そうか)
俺はある事に気付いた。
(俺が今まで“見てきた此奴”は太宰の一側面でしかなかったんだ…)
俺は太宰の友の姿を思い浮かべた。
たった一回…太宰とその友人・織田作之助と云う男の会話を聞いたことがある。
俺と居る時の太宰でもあったが少し違った。
太宰自身が其奴を大切にしていた。そして、其奴も太宰を…“友人”として大切にしていた。太宰もそうだ。
(太宰はとっくに知っいたんだ、自分が孤独だと云う事を…)
俺は体を少し起こす。
(そんな此奴を理解し、判っていたのが織田作之助だ…)
「うっ…ゔぅ…」
ポロポロと涙をこぼす太宰を、俺は見つめていた。
(だからこそ、此奴は期待したんだ……織田作之助なら、自分を知る友なら……、如何すればいいか教えてくれるという事を………)
「………、」
太宰の頭を自分の服に押し付ける。
「わっ…ちょ、中也!?」
最初は放れようと暴れていた太宰だったが、俺が強く押さえ付けていたら、何時の間にか抗わなくなった。
「判ったよ、」
そう云うと、太宰は不思議そうな顔をする。
(如何すればいいのかを織田作之助に聞いたのは、手前の事を判ってくれてたからだろ?なら其れを俺に聞いたってことは……)
「何時かお前の問いに答えてやるよ」
「問いって…?」
「先刻手前が云ってた事だよ」
目を閉じ、織田作之助の姿を思い出す。
然し…よく憶えていないのか、俺が思い出す彼奴は後ろ姿だげだ。
(まだ手前みたいにはいかねェが、俺なりには此奴を判ってるつもりだ…)
「手前の“全部”把握して 其れに答えてやる」
俺は笑いながら云った。
「俺は手前の……相棒だからな、!」
「………っ、!」
太宰は目を見開くと、俺の目の前に何かの機械を出した。
ポチッと太宰がボタンを押す。
『手前の全部把握して…其れに答えてやる、俺は手前の……相棒だからな!』
“その機械”からは俺の声がする。そう太宰が手にしていたのは録音機だったのだ。
「全部って……何処から何処までなんだい? 其れに……」
太宰がからかいながら云う。
「俺は手前の…相棒だからなっ…!」
俺に声を寄せて云ってきた。
頭にクルと同時に、恥ずかしさが芽生える。
「手ッ前……!」
「中也に毎回会ったらこの音声流そうかな?返事まだ〜?って聞けるよ(笑)」
ふざけながら太宰は云う。
「なっ…!消せよ!!」
太宰から録音機を奪おうとする。
すると太宰はヒョイッと避けた。
「無駄だよ、君の行動は間合いも呼吸も把握済みだからね……でも、中也が私の全てを知るかぁ…」
太宰がニヤッと笑う。
「一生無理なんじゃないの、?」
「はぁ!?ていうか そもそも手前が泣くからだろ!!」
「え〜、私が何時泣いたのさ」
太宰は、目薬をチラチラと見せつけながら、からかう。
「嘘泣きかよ手前!!」
「あはは〜」
太宰が笑う。
けれど俺は判っていた。先刻此奴が流した涙は嘘じゃないと云う事を……。
「ねぇ、中也…」
「あ、?」
追いかける俺から逃げ回っていた太宰が急に足を止める。
「先刻の約束、ちゃんと守ってよ?
そうじゃないと……」
太宰は俺の方を向いて、笑顔で云った。
「君に私の相棒は務まらないからね!」
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太宰治
中原中也
此れは“双黒”と呼ばれた二人の異能力者が
黒社会に君臨する瞬間を描いた物語
―END―
コメント
4件
だだだだ、だざ、太宰さん、えなんかかわいくね?