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「フェリスさんって軍人だったんだ。そんな素振り全然なかったから今すごく驚いてる。軍服姿も初めて見るしね」
「隠してたわけじゃないんだよ。変に萎縮させちゃったら申し訳ないと思って……」
フェリスさんはワンダさんにもこの少年にも、自分が国軍の兵士であることを黙っていたようだ。仕事の合間に訪れた時もわざわざ服装を変えていたという。
隊服はストイックでカッコいいから私は好きだけど、フェリスさんが言うように、人によっては威圧感を覚えることもあるだろう。更に事件や事故が起きたのかもと想像させ、不安を抱かせてしまう可能性だってある。
「それじゃあ、この人たちもフェリスさんと同じで軍人なの?」
「そう、隊は別だけどね」
少年が私たちの方に目線を向けた。レナードさんとルイスさんは隊服を着ているので、フェリスさんと同じ軍人だとすぐに理解して貰えるだろう。問題は私だ。
最初から好意的だったワンダさんですら、私の行動に疑問を持っていたくらいなのだ。司祭の代役をしていたという子供について……この少年から話を聞きたいけど、上手くいくだろうか。少年と知り合いであるフェリスさんに間に入って貰いながらなんとか頑張るしかない。
「えと、じゃあ……この女の子は? まさかこの子まで軍人なわけないよな」
「あっ、私は違います。初めまして、クレハ・ジェムラートと申します。ワンダさんにお尋ねしたい事があって参りました。以後お見知り置きを……」
ほんの僅かな間だけど少年と目が合った。印象を少しでも良くしたい。気を抜くと溢れそうになる不安な感情に蓋をして、精一杯の笑顔で少年を見つめ返した。そうすると、彼は驚いたようにワンダさんの後ろに隠れてしまった。やはり怪しまれているのか。
「この方は私たちがお守りしているお嬢様なの。テレンスも早く挨拶して」
フェリスさんが少年に声をかけてくれたけど、彼はますます奥に隠れてしまう。
「普段は人見知りなんてするような子じゃないんですけどね。接客だって上手なんですよ。申し訳ありません、クレハお嬢様。テレンスがご無礼を……」
少年のいつもと違うらしい態度にワンダさんも困惑していた。私よりは年上だろうけど子供は子供。見慣れない訪問者を前にして怖がるのは当然だろう。ある程度予想していた反応ではあるけど、ここまであからさまだと少しショックだ。踏み込んだ話をするには、この警戒心を取り除かなくてはならない。
「あー、分かった。お前姫さんが可愛いから照れてんだろ」
「はあっ!? ちがっ……」
「あらあら……テレンスったら、そうだったの? 恥ずかしくても挨拶はきちんとしないと失礼よ」
「私も鈍くてごめんね。でもそれは仕方のない事よ。私だっていまだに気を抜くと見惚れてしまうくらいなんだから」
「ワンダさんもフェリスさんも、そんなんじゃないから!! ちょっとそこのあんた、適当なこと言わないでくれる」
ルイスさん……ただでさえ警戒されてる感じなのに、そんな茶化すようなこと言わないで。少年からの印象がますます悪くなるのではと心配になる。現に彼は顔を真っ赤にして怒っているのだ。
「皆さん……外野から注目を集めています。もう少し静粛に願います」
「レナードさん……」
彼に忠告されて周りを見渡す。遠巻きにではあるけど、私たちのやり取りを興味津々といった様子で窺う数多の視線とかち合った。思っていた以上に悪目立ちしている。ルイスさんたちは慌てて各々の口を塞いだ。少年は相変わらずワンダさんの影に隠れて動こうとしない。
「そこの少年。クレハ様の美しさにたじろぐ気持ちは充分に理解できる。だが……お仕えしている者として、このお方への無礼な態度は見過ごせない。姿を現して挨拶を返すのは最低限の礼儀だろう」
レナードさんに睨まれて少年は小さく肩を揺らした。揶揄うのも良くないけど、怖がらせるのはもっと駄目だ。
「レナードさん、いいんですよ。こちらの少年にもお話しを聞かせて頂きたかったのです。驚かせてしまったみたいで……すみませんでした」
「俺よりハゲの方がタチ悪いじゃん。こんなガキ相手に凄むなよな」
まだ少し不機嫌そうなレナードさんをルイスさんと共に宥めつつ、もう一度少年の様子を確認した。すると、ワンダさんの後ろに隠れていた彼がゆっくりと前に出てきたのだ。
「……テレンスです」
小さな声。でも、しっかりと聞こえた。少年は私に名前を名乗ってくれた。そんなに容易く警戒する気持ちは無くならないだろう。それでもちゃんと応じる姿勢を見せてくれたのが嬉しかった。
「テレンスさんですね。よろしくお願いします」
「……『さん』とかいらね。テレンスでいい」
「はい! では、テレンスと呼ばせて頂きますね」
テレンスの頬にはまだほんのりと赤みがさしているが、怒りによる興奮は治ってきているみたいだ。これならワンダさんの時のように事情を話せば、こちらに協力して貰えるかもしれない。
「私のことも気軽に『クレハ』とお呼びくだ……」
「それはダメ!!!!」
クラヴェル兄弟、更にはフェリスさんにまで全力で止められてしまった。歳も近そうだし、せっかくなら仲良くしたいと思ったのに……
初対面で馴れ馴れしかったかな。人見知りゆえ、距離感を測り間違えてしまったのか。
3人がこんなにも息ぴったりに否定したのだ。王太子の婚約者として相応しくない振る舞いだったのは間違いない。フィオナ姉様に認めて貰えるような立派な婚約者への道のりはまだまだ遠いな。