テラーノベル
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あの出来事の翌日、いつものように満員電車に乗り会社へと向かった。ここまではいつも通りだったんだ、ここまでは──。
オフィスに入ると、心做しか周りの目線が自分に集まっているような気がした。自意識過剰だと思うが、仕事で大きなミスでもしたかな…、など、心配が止まらなかった。すると、アメリカが誰かと話していた。ダメな事だと分かってはいるが、何か手がかりになるかもと思い聞き耳を立てた。
「でな〜、日本の食レポ、凄い上手いんだよ!お前らも料理渡してみたら?きっと率直に感想を言ってくれるさ!」
…衝撃だった。空いた口が塞がなかった。まさかの、あの食レポが原因だったのか。アメリカに問いただしてみると、「つい自慢したくて色んな人に話してしまった」そうだ。注目を浴びるのはあまり好きじゃない。そのため、もうやめてくれと注意喚起をした。
──だが、破茶滅茶で好奇心旺盛なオフィス内の人々は、それだけで収まる訳もなく…。
「うちの料理を食べてみないか!」
「店の宣伝に使いたいから、是非食レポをして見てほしい」
「この料理、新作なんだが味を教えてくれないか?」
怒涛の呼び掛けが自分の元へと集まった。今まで対して話題にならなかった私から見ると、その光景は有り得ないものであり、喜ばしいのは確かだろう。…しかし、困っているのもまた事実。そこで、この状況をチャンスに変えるある提案をした。「食レポをしてもいいけど、無料で食べさせてくれ」
ちょうど最近金欠だし、相手側もこれで諦めてくれるだろう。
だが、その考えは浅かった。
それでも数多の要望が来て、押されに押されて逃げ道が無くなった私は、仕方なく、食レポを続けることにした。
「日本〜!最近、有名になってるらしいアルね! 」
昼休み中、何やら後ろから呼び掛けを食らった。その声は…と振り返ってみると、案の定、中国だった。彼はオフィス内でもいい成績を残しているし、ある程度好印象を持たれた方が楽なんだろうが…、正直、あまり関わりたくないタイプだ。
「良ければ、我の所の料理も食べないアルか?」
中国さんの料理…彼が会社内で1位2位を争うレベルで料理が上手なのは知っている。麻婆豆腐、餃子、小籠包…。彼の手持ちには数え切れないほどの料理がある。お腹が空いていたのもあり、是非!と元気よく返事してしまった。
「んじゃ、早速作ってくるアルね〜! 」
そう言い残し、会社のキッチンへの方角へと去って行った。
「ヘイお待ち!!”北京ダック” あるよ〜」
目に入ってきたのは、琥珀色の食欲の塊。
「是非感想教えてアル〜!」
中国は細長い包丁で皮を剥ぎ、我忙しいからまた後で、と言い残し、感想を書けと言わんばかりに紙を置いていった。
「い、いただきます…!」
薄い餅皮を開く。そこにダックの皮、ネギ、きゅうり、甜麺醤、少量の肉を置きそっと巻いた。見るからに美味なそれを口に運び、一口。
噛んだ瞬間、真っ先に来るのは破裂音のようなパリパリとした快感。その後にねっとり甘いタレと脂がじゅわっと混ざり合い、舌が悶絶した。脂っこいはずなのに、後味が軽く、ネギの香りが爽やかに抜けていく。手が止まらず、気がつけば無限に消えていった。最後の1個を食べた瞬間、ほんのりした甘さとパリッとした名残。
感想を書く筆が乗り、紙に書ききれないほどに大量の感想を素早く書き終えた。
昼休みが終わり、デスクに戻って私は仕事をした。しかし、甘い後味がまだ抜けず、十分後にはあの味が恋しくなっていた。
こんなに美味しい料理が食べられるなら、この状況、案外悪くないかもしれない。旨味によりキーボードの上で指が踊っている中でそんな事を思い、私はエクセルを開いた。
出てきた料理の紹介
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北京ダック…中国・北京の代表的な料理。アヒルを丸焼きにした強烈的なデザインと、パリパリとした薄い皮が特徴。店員が皮を剥いでくれ、餅皮と呼ばれるクレープの皮のようなものにネギやきゅうり、甜麺醤というタレと包んで食べる。
コメント
2件
この話面白くて好きです!この続き楽しみに待ってます!