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「と、父さん、浴衣とかあったっけ?」
「浴衣。何でそんなこと聞くんだ」
「……」
まあ、返し方は相変わらず冷たいというか、熱がないというか、感情がないというか。
分かっていたけれど、冷たい瞳で見られて、心まで凍るかと思った。
久しぶりに、家に帰ってきたため、話そうと考えたが、話題なんて見つからず、結局声をかけられたのは、夕方ぐらいで。もっと早くそんなこと聞け、と言わんばかりに、父さんは、俺を睨んできた。夜勤明けなのか、隈が凄い。髪の毛も、丁寧にセットしてあるように見せかけて、実際跳ねているところがちらほらとある。父さんは、楓音の……水縹一家殺人事件、殺人鬼のことを追っていた。俺の事なんて眼中になくて、そして、何より父さん自身を大切にしていなかった。
そんな父さんに気の利いた言葉を言ってあげられたら良かったんだろうが、生憎、そんな心も勇気も無くて、俺は、明日に控えた祭りに着ていく浴衣があるか、なんて自分勝手な質問しか出来なかった。
父さんは、少し考えたあと、大きいかも知れないが、と自分の部屋のタンスにあるとだけいって出て行ってしまった。今から、個人捜索だろう。勤務外の仕事、というか、捜索。職場で、父さんが何て言われているか分からないが、少しは気を抜けよとか、いわれているのか、とかも色々考えた。考えるだけ無駄かも知れないけど。
「……まあ、父さんの方が背が高いし、体格もいいし。てか、浴衣って一人で着れるものなのか?」
父さんの部屋に入って、タンスを開ければ、確かに奥の方に浴衣がしまってあった。本当にあったと、感嘆の声を漏らしつつ、綺麗に折り目に沿っており畳まれているものを開いて、確認してみる。紺色のまあ、よく見る和柄らの浴衣。何年も前のものだろうが、色あせもあまり感じられず、綺麗に保管されていた。虫が食った感じもないし。
「……これ、着ていくか」
着方は、ネットを見て調べるか、なんて思いつつ、日付に丸のついたカレンダーを見る。
本来なら、楓音とも一緒に行くはずだった、祭り。けれど、もう楓音はいない。楓音の分も楽しもう、なんては、考えていない。死者の空いた穴を埋めることは出来ないし。楓音も望んではいないような気がする。
父さんは、大きな祭りのことに関しても無関心だったなあ、なんて思いながら、俺は早速浴衣の着方、着付け方を、ネットで検索する。
(そういえば、朔蒔の奴、大丈夫かな)
あの後、何度かメールをしたが、返信はない。彼奴のことだ心配は何もないが。
そんなことを思いながら、俺は、朔蒔がろくに返信を返さない奴だということを思い出した。既読すらつかない。多分、スマホを常備持っているっていう習慣がないんだろう。まあ、スマホは目にも悪いし、学力も低下させる可能性も高いものだから、持っていなくても、最悪連絡さえ取れればいいわけで。
それでも、もし、彼奴が約束を忘れていたら? と思うと、怖いのだ。
俺だけ、楽しみにしているみたいな。そんなのは嫌だと。
(……俺は、この祭りの終わりに気持ちを伝える)
フラれてもいい。気持ちをはっきりさせたいのだ。
朔蒔は、好きだと何度も言ってくれているが、その気持ちが本当なのか。運命、であるべくしてであって、最悪な出会いから、こうなったけど、俺は彼奴のことが好きになってしまって。どうしようもないくらい、溺れて、朔蒔っていう強力な星に吸い寄せられて。別に、彼奴が輝いているから、こっちが輝けるとは思っていない。そんな、惑星と衛星みたいな関係ではないと思っている。どちらかといえば、正義と悪。みたいな。この言葉は、朔蒔が言っていたからそのまま使っているだけだって、別に、俺は彼奴が悪者なんて思っていない。
まあ、どんな理由であれ、思いがあれ、好きだと伝える。ただそれだけだと。
「……怖い、のか」
思いを伝えると決めてから、それを意識すればするたび震えが増していく。
伝えて、伝わらなかったら? 蹴られてしまったら? 無視されたら? 拒絶されてしまったら? …………俺は、それが一番怖かった。
でも、うだうだしている自分の方が情けないと思ったのだ。何度も、朔蒔の言葉が頭の中に響いてきたが、俺は、聞かないフリをしていた。別に俺は、朔蒔のことを受け入れられるって、そう思っているから。だから、あんな風に必死になっていう朔蒔のことが理解できなかった。俺と、朔蒔は恋人っていう関係になるのは可笑しいというか、言葉があわないような気もするが、それでも、好きって伝えて、俺も好きだっていわれたら、それはもう恋人同士なんじゃないかとか。
(ダメだ、夢見すぎだな。俺)
初恋だから、勝手が分からない。これでいいのかとか、道しるべがないから、ずっと闇の中をさまよっている感じだった。
明日の祭り。
一番盛り上がるのは、花火だろうか。夜空に咲く花を前に、俺は朔蒔に告白しよう。ネットに、そう書いてあった。ロマンチックな告白って。
ガラじゃないかもだし、朔蒔は、花火なんて好きじゃないかもだけど。
一人浮かれているって分かっていたが、ドキドキと煩い心臓は止ってくれなかった。凄く楽しみにしているって、分かってしまって、自分でも恥ずかしい。
楓音の死を乗り越えられたわけじゃないし、引きずっているけれど。それでも、楽しみなことはあるわけで。
「明日に備えて、準備して、寝るか」
修学旅行前夜の子供みたいに、俺はその夜なかなか眠れなかった。
朝起きて、顔を洗って、歯を磨いて、髪の毛を整えて。鏡の前で笑顔の練習をしてみたり。そうして、落ち着かない様子で、夕方を迎える。
着付けに時間を取られつつ、俺は、待ち合わせの場所に向かった。結局、朔蒔におくったメールに既読はつかなかったが、絶対にくるって、そんな確証があった。
「いってきます」
俺は、誰もいない部屋に向かって笑顔で挨拶をおくる。虚しいなんて全然感じなかった。空っぽの部屋なのに。
よし、と気持ちを切り替え、俺は、時計をみ、時間より早く着いたことを確認した後、顔を上げる。すると、おーい、なんて聞き慣れた、待ち望んだ声が聞えてきた。
「さく……」
「星埜はっや。そんなに、楽しみだったの?」
ニヤリと笑った朔蒔を見て、この野郎っていう気持ちと、来てくれたんだって乙女みたいな気持ちがぶつかって、俺は、声を出せなかった。