テラーノベル
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「……ただのイタズラだ。出る必要はない」
その声のトーンは、先ほどまでの穏やかさが嘘のように低く、冷たかった。
普段の尊さんなら、どんな相手からの電話でも冷静に対処するはずだ。
仕事なら丁寧に応じ、迷惑電話なら冷徹に切る。
なのに、今は「無視」をすることに必死であるかのように見えた。
(イタズラ……か)
違和感が確信へと変わっていく。
思い返せば、以前コンビニへ急に駆け込んだ時もそうだった。
あの時の彼も、今の彼と同じような、追い詰められた顔をしていた。
(今の尊さん……何か、に脅えてる……?)
「そろそろ帰るか」
尊さんは俺に背を向けて歩き出した。
その足取りは普段より少しだけ速い。
追うように歩き出すと、再び彼のポケットから着信音が鳴り響いた。
尊さんは歩きながらスマホを取り出し、今度は迷うことなく電源をオフにした。
その時の、スマホを握る指先の震えを、俺は見逃さなかった。
初夏の陽光が彼の美しい横顔を照らしているのに、そこには深い陰影が落ちている。
「尊さん……!」
俺は堪らなくなって、彼の腕を掴んだ。
「前も……そんな顔してましたよね? コンビニの時も。何か…何かに脅えているような……」
尊さんの顔が、引き攣るように動いた。
「……いや。なんでもない。お前は何も気にしなくていい」
低い拒絶の言葉。
しかし、その動作はあまりにも不自然で、不器用だった。
俺はさらに力を込めて、彼の腕を離さなかった。
「隠さないで、欲しいです……俺、尊さんが心配なんです。頼りないかもしれないですけど……、言える範囲でいいから、話してくれませんか?」
風が二人の間を通り抜け、街の喧騒が遠のいていく。
尊さんの長い睫毛がわずかに震え、彼は諦めたように大きく、長く、息を吐き出した。
「……わかった」
その声は掠れていて、今にも消えてしまいそうなほど弱々しいものだった。
「誰から……なんですか? その電話」
質問の矢を投げると、尊さんの顔が苦痛に歪んだ。
「……元同僚の成田薫、もとい」
一呼吸置いたあと、彼は地獄の底から響くような声で告げた。
「……前にも話したと思うが、昔、俺に『乱暴に噛み付かれて押し倒された』と濡れ衣を被せてきた元恋人のケーキだ」
「っ……!」
頭を殴られたような衝撃に、一瞬だけ目の前が白くなった。
尊さんを傷つけ、彼のキャリアも心もボロボロにした張本人。
「……なんで、今更その人から電話が……?」
「考えられる理由は……スマホを変えたから、だな」
尊さんは吐き捨てるように言い、空を睨んだ。
「……これまでは着信拒否を徹底していた。だが、機種を変えたタイミングで設定の隙間ができたんだろう」
「そ、それって要するに、その人……ずっと、ずっと尊さんに電話をかけ続けてたってことですよね?怖すぎます……」
「……まあ、悪寒はする」
「じゃあもしかして…この間コンビニに焦ったように入ったのも、その人が関係してるんですか……?」
恐る恐る尋ねると、尊さんは重い口を開くように
「あのとき…アイツを見たんだ。他の男を連れてたが…一瞬でアイツだと分かって、焦ってお前にも嘘をついた」
と答えてくれた。
尊さんの全身から、苛立ちと嫌悪感が滲み出している。
どれほどの執念で追い回されてきたのか。
想像するだけで、心臓が冷たくなる。
「それで……どうするつもりですか? その……成田さん、のこと」
「拒否するに決まっている」
尊さんは間髪入れずに即答した。その瞳に迷いはない。
「アイツは……薫は、もう俺の人生には関係ない。過去の人間だ」
その言葉を聞いて、少しだけ胸のつかえが取れた。
けれど、同時に言いようのない不安が胸を刺す。
尊さんは、その人を昔は好きだったのだ。
俺とは正反対の、「ケーキ」という特別な存在の男を。
そしてその過去が、今もなお彼を苦しめ、鎖のように縛り付けている。
尊さんの心を傷つけた男が、再び彼を狙っているかもしれない。
その事実への怒りと、彼を救えない自分へのもどかしさが、渦のように俺の心を締め付けていた。
コメント
1件
ずっと電話かけてきてるの怖すぎでしょ😱