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恋人繋ぎは、反則やろ(*´`)♡ ニヤニヤが止まりません...
数週間後──…
8月も終わりに近づくころ。
俺たちは会社近くのカフェで待ち合わせていた。
窓の外には、吸い込まれるような澄んだ青空がどこまでも広がっている。
夏の終わりの空は、盛りを過ぎた熱を孕みながらも
どこか透明で、そして触れれば壊れてしまいそうなほど儚い。
(今日も暑くなりそうだなぁ……)
俺が結露したアイスカフェラテを一口飲み、ぼんやりと店の外を眺めていると
カランコロンとドアベルが鳴り、少し遅れて現れた尊さんが店内に入ってきた。
涼しげなグレーのTシャツに、仕立ての良さが一目でわかるカジュアルなスラックス。
シンプルを極めた装いなのに、尊さんが纏う空気は圧倒的に格好良い。
尊さんは、周囲の女性客からの熱い視線など微塵も気にする様子はなく、一直線に僕の座る席の方へ向かって来る。
「悪い、待ったか」
「全然です!ここの冷房効いてて過ごしやすいですし」
向かいの席に腰を下ろした尊さんは、メニューを開くでもなく、備え付けの水を一口飲んだ。
グラスを持つ指先、喉仏の動き、その仕草ひとつひとつが洗練されていて
見ているだけでこちらの体温が上がってしまいそうだ。
「そういや、話したいことあるって言ってたよな?」
グラスを置き、尊さんが射抜くような視線を向けてくる。
俺は少し迷ってから、意を決して口を開いた。
実はもう一週間くらい前から、ずっと頭の中でシミュレーションしていたことがあったのだ。
「あ、はい!えっと……今週の土曜日に、尊さん家の近くで大きい花火大会あるじゃないですか?」
「ああ、確か今朝のワイドショーでやってたとこか」
「ですです!もし良かったら……一緒に行きませんか?」
尊さんは眉をわずかに動かし、数秒ほど考える素振りを見せた。
その沈黙が酷く長く感じられて、心臓がバクバクと騒ぎ出す。
「……別に構わないが。迷子にだけはなるなよ」
「なっ、一言余計ですよ!俺、子供じゃないんですからね?」
思わず大きな声が出てしまったことに気付き、慌てて両手で口を覆う。
尊さんはそれを見て、満足そうにフッと口角を上げた。
「と、とにかく!来るなら、絶対浴衣着てきてくださいね!」
「はいよ」
その短い一言が、どれだけ嬉しかったことか。
尊さんと過ごす夏──。
仕事中には見られない彼の表情を、もっと、もっと多くの思い出として刻みたくて仕方がなかった。
◆◇◆◇
そして迎えた週末。
西日に照らされる部屋で、俺は慣れない浴衣に袖を通しながら、鏡の前で何度も襟元を整えていた。
(よしっ……変じゃない、よね)
浴衣を着るのは学生時代の夏祭り以来で、帯を結ぶのにもなかなか手間取ったけれど
尊さんと一緒に過ごせる時間を想像するだけで、指先の震えさえ心地よく感じられる。
仕上げにワックスで軽く髪を整え、家を飛び出した。
集合場所は、尊さんの家の前。
着くと、そこにはすでに待ち合わせの時間より早く、尊さんの姿があった。
(うわ……やっぱり、か、かっこいい……)
夕闇に溶け込むような深い紺色の浴衣に、どっしりとした黒い帯。
飾り紐まできちんと結ばれている。
高身長で肩幅のある尊さんの体躯に、和装は驚くほどよく似合っていた。
「じゃ、行くか」
自然に手を差し出す尊さんに促され、俺は吸い寄せられるように歩き出す。
歩くたびに浴衣の裾が風に舞い、普段のスーツ姿とは違う、どこか色気のある足元に目が釘付けになる。
浴衣姿の尊さんがあまりにもカッコよすぎて、直視できない恥ずかしさと
一秒たりとも見逃したくないという独占欲が、胸の中でぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。
会場に到着すると、そこは別世界だった。
屋台の明かりが幻想的に揺れ、提灯の温かなオレンジ色が川面に反射してきらきらと踊っている。
どこからか聞こえてくる祭り囃子が鼓膜を心地よくくすぐり、人々の楽しげな話し声
焼きそばの香ばしいソースの香り、金魚すくいの水飛沫とざわめき——
五感が一気に「夏祭り」の色に染め上げられていく。
「すっごい人……」
人波に揉まれながら歩いていると、足元の砂利に混じった石ころに躓き、ガクンとバランスを崩した。
しかし、地面に手をつくより早く、尊さんが繋いでいてくれた手を咄嗟に引き寄せ、もう片方の手で俺の腕をがっしりと支えてくれた。
「おい、大丈夫か?」
至近距離で見下ろす尊さんの瞳に、自分の顔が映っている。
「は、はいっ、ありがとうございます……!」
「本当に、危なっかしいやつだな」
「い、今のは石に転けただけですからっ!」
「へえ?」
「う……子供じゃないんですから、そんな保護者みたいにずっと手繋いでくれなくても、大丈夫ですって…」
俺は気恥ずかしさから逃げるように、尊さんの手から抜けようともがいた。
しかし、尊さんはそれを許さず、逆にガッチリと指を絡ませて、力強く恋人繋ぎをしてきた。
「人混みだ。万が一はぐれても困るだろ。黙って繋がれておけ」
「なんで……そんな、サラッと恥ずかしげもなく……っ!」
俺は、尊さんに指を絡められるだけで、心臓が爆発しそうなほどドキドキしているのに。
そんな弱音は口が裂けても言えず、真っ赤になった顔を俯かせる。
「? 何の話だ」
「な、なんでもないです…」
会場は夜が深まるにつれ、さらに混雑を極めていた。
確かに、一度手を離せば二度と巡り会えないような激流のような人並みだ。
「まずは腹ごしらえだな」
尊さんは俺の手を引き、迷いのない足取りで焼きそば屋台の方へ歩き出す。
列に並ぶ間も、右手に伝わる尊さんの体温はずっと途切れることがない。