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「……プジョル様」
騎士の1人に肩を借りながら、よろよろと退室をするプジョル様の後ろ姿を見送る。
プジョル様のそんな姿を見るのは初めてだ。
「心配するな。こんな毒ぐらいではあいつは死なないし、まだまだこれからあいつの力が必要になるから、いま死なれたら困る。あいつは人のやる事とは思えないような様々な訓練を受けているからきっと大丈夫だ」
皇太子殿下はまるでご自身に言い聞かせるように話し、無理矢理に口角を上げた。
プジョル様の背中を見送られる皇太子殿下の瞳が不安気に揺れていた。
その後は騎士達に捕えられた人々や残った調理部の人達に話しを聞くため、別室への移動を皇太子殿下が命じられ、わたしは床に散らばった料理や皿の始末をした。
部屋もあっという間に片付き、皇太子殿下は側近とわたししかいなくなった静まり返った部屋を見渡した。
「シェリー嬢、これで何の憂いもなくレセプションが始められるな」
「はい!そうですね」
力強く返事をした。
「シェリー嬢、アーサーからも財務課のセドリック殿からも、ここで予告状の犯人を捕える作戦のことは聞いていなかっただろう。いろいろと戸惑わせてしまったな。ふたりに代わって謝罪をさせてくれ。黙っていてすまなかった」
突然の皇太子殿下の謝罪に思わず狼狽える。
「いえ、なんとなくそうだろうと察していましたし、どんな仕事でも守秘義務があることは理解していますし当然のことですから、わたしに謝罪される必要はありません」
皇太子殿下が嬉しそうに頷く。
「なるほどね。アーサーが命を張る訳だ」
「えっ?」
「こちらの話だ。セドリック殿はシェリー嬢とも情報共有しておきたいと言っていたが、そうなれば貴女に危害が及ぶ恐れもある。そうならないためにも、あなたに作戦のことを伏せておくことを私とアーサーで判断した」
末端の文官でしかないわたしに、そのような配慮をしていただいていたことに驚きを隠せない。
「お気遣いをいただき、ありがとうございます」
わたしはゆっくりと一礼をした。
「なにも知らないシェリー嬢を守りたいがそれが出来ないセドリック殿に対して、アーサーは必ずシェリー嬢を守り抜くからと誓っていたが、それは果たせたようだな。シェリー嬢に対するあいつらの愛は重いな」
皇太子殿下が口角を上げて、ニッと笑顔でわたしを見られた。
どう反応して良いか戸惑っているうちに頬が熱を持つ。
「取り調べは我々が預かった。シェリー嬢は儀典室長にこのことの報告と、予定通りである事を伝えに行ってくれ」
「承知しました」
わたしはセドリック様とプジョル様のふたりからの身に余る想いを胸に、大広間で準備をしているだろう儀典室長の元に駆け出した。
レセプションは予定通りに始まり、先程まで毒の騒動の渦中におられたとは思えない程の通常通りの皇太子殿下に、人々の上に立つ方の器の大きさを見せつけられて、感嘆のため息しか出ない。
近い未来、皇太子殿下の治世下がやってくるが、我が国の将来は前途洋々だ。
プジョル様は医務室に行かれてからまだ、レセプションの始まった大広間には戻って来られていない。
様子が気になるが、プジョル様から「あとは頼む」という言葉をいただいている以上、やり遂げたい。
わたしは飲食物全般の担当だが、いまはまだご来賓の挨拶が続いているので仕事は落ち着いている。
プジョル様の担当は警備全般だが、予告状を送ってきた人々は捕まったし、屈強な騎士達が隙のない警備をしているので、アリ1匹すら侵入するのは困難な状況で、いまのところ何も起きず順調だ。
ご来賓の挨拶を考え事をしながら聞いていると、さっき友人となった諜報員のフィアが音も立てずに神妙な面持ちでわたしの横に現れた。
「シェリー、お仕事中にごめんね。あなたに取り急ぎ伝えたいことがあるの」
「どうされたの?」
「アトレイ様がいま医務官達と医務室に入って行かれたわ」
ああっ!!やっぱり!!
1番に頭に浮かんだ言葉はこれだった。
やっぱり、あれはセドリック様のことだったのか。
調理部から料理を運んでいた時に、医務官と財務課の方が慌ただしく走って行かれるのを見たことが思い出され、悪い想像が再び脳裏を掠める。
出血が酷くて止まらないとあのふたりは言っていた。
怪我人はセドリック様で大怪我をしたのかも知れない…
「…ど、どうしよう…」
自分で血の気が引いていくのがわかった。