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「フィア、セドリック様は怪我をされている様子だった?」
「そうね。私がいたところは少し距離があって刺し傷や怪我の状態は見えなかったけど、服が血でかなり汚れていたわ。お顔にも血が付いていたのは間違いないわよ」
やっぱり、大怪我はセドリック様なんだ。
「フィア、忙しいのに知らせてくれてありがとう」
「私にはこれぐらいしか出来ないから。本当なら医務室まで付き添ってあげたいけど、持ち場を離れられないから、もう行くね。ごめんね」
そう言って、フィアは持ち場に戻ろうと走り出して、少し距離があるところから、こちらを振り返った。
「ねぇ、シェリー!これは私からのささやかな…」
「えっ?なんて?ささやかな、なに?」
「また、話しを聞かせてね」
フィアの最後に言った言葉は聞き取れなかったけど、何かを笑顔で言って、急ぎ足で持ち場に帰っていった。
フィアの言葉は気になるが、気にしている時間はない。
セドリック様が大怪我をしている。
その事実にわたしの手先は冷たくなっている。
わたしが駆けつけて、今すぐにどうこうなることでもないけど、いまはセドリック様のそばにいたい。顔が見たい。
セドリック様は自分に何があっても、仕事を優先して欲しいと話していたけれど、いまはセドリック様の怪我の状態が心配でたまらないのに、なぜ自分の仕事を優先だなんて、そんなことが出来るのだろうか。
わたしは咄嗟に辺りを見回して、同僚たちを探す。
そして、制服のスカートのポケットに手を突っ込んでメモを取り出す。
わたしはこの後すぐに、今日1番の大仕事が控えていた。出番も、もうすぐである。
本日のレセプションの料理の紹介をしなければならないのだ。
その紹介文をメモにしてあったのだが、それを握りしめて、見つけたひとりの同僚の元に走る。
「すみません。財務課の主人が査察に出て、大怪我をしたみたいでいま医務室に運ばれたようなんです。すぐに戻りますから、席を外しても良いですか?」
捲し立てるように早口で喋ってしまう。
「そ、それは大変だ。早く医務室に行っておいで!」
同僚はわたしの勢いにびっくりしているようだが、気にしていられない。
「あの、もうすぐ料理紹介で前に出なければならなかったのですが、これをお願いします」
メモを差し出して、同僚が手に取ったと同時に「よろしくお願いします」と押し付けるようにメモを渡して、最早の一礼をして、医務室に駆け出した。
同僚の「ちょっと説明してから行ってくれ!」というわたしの背中を追いかける言葉は全力で無視をする。
職務を真面目に全うしてのわたしなのに。
いまは仕事なんて気にしていられない。
セドリック様が死んでしまったらどうしよう。
とにかく、顔を見たい。
その一心だけだった。
かつてこんなに早く走ったことがあっただろうか。
階段は一段飛ばしで跳ぶように降り、無我夢中で走る。
不安で心配で、胸が押し潰されそうだ。
走馬灯のようにセドリック様との思い出が頭を駆け巡る。
まだ、紙切れ1枚だけの夫婦で大した思い出もないと思っていた。
それでも、セドリック様の顔を思い浮かべるだけで切ない。
わたしが初めて恋をしたセドリック様。
まだまだ、これからふたりでしたいことがあって…
ミクパ国の料理も結局、一緒に作っていない。
セドリック様が「全てが終わったら話したいことがある」と言っていたことも聞けてないままだ。
涙で視界が歪む。
まだ、泣いてはいけない。
恋をしてからは自分の心がままならない。
どうしてか、泣くことが多くなった。
恋をするまで、涙なんて出たためしがなかったのに。
震える手で医務室の扉をノックし、返事を待たずに扉を開けると、すぐそこにセドリック様が立っていた。
「……えっ…と、セドリック様?」
「シェリーじゃないか!なんかあったのか?」
セドリック様の顔に血が付いているが、立っているし、声も元気だ。
それよりもセドリック様の目の前に座られている方のほうがよっぽど酷い怪我をしているのか、項垂れていらっしゃる。
「…セドリック様が怪我で医務室に運ばれたと聞いて… っても、あれ?」
なかなか状況を飲み込めない。
「シェリー、レセプションは?」
セドリック様が真顔で聞いてきた。
その質問にどう答えていいか迷い、目をフィと逸らす。
「セドリック様が怪我をしていると人に聞きました」
そう答えて、フィアは血のついた服と顔でセドリック様は医務室に医務官と入って行ったという事実しか言っていなかったと初めて気づく。
「シェリーは俺が心配でここに来たの?」