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日本語おかしい
付き合ってからも、会社では何も変わらない。
……変わらない、はずだった。
「この資料、あとで確認お願いしてもいい?」
先輩はいつも通りの声、いつも通りの距離。
周りから見たら、ただの先輩と後輩。
でも。
コピー機の前ですれ違うとき、
ほんの一瞬だけ、先輩の指が僕の手に触れた。
それだけ。
なのに、心臓がうるさく跳ねる。
顔に出ていないか不安で、僕は慌てて資料を見たふりをした。
「……緊張しすぎ」
小さな声で囁かれて、
余計にドキッとする。
見られたら終わりなのに、
先輩は時々、わざと近い。
エレベーターの中で、二人きりになったとき。
扉が閉まる音と同時に、先輩が一歩近づいた。
「昨日、ちゃんと寝た?」
「……はい」
「無理してない?」
誰にも聞こえない距離。
肩が、触れそうで触れない。
「先輩……ここ、会社です」
そう言うと、先輩は小さく笑った。
「わかってる。だから、これだけ」
スーツの裾が揺れて、
僕の小指に、そっと先輩の小指が絡んだ。
一秒もない。
すぐに離れた。
なのに、
それだけで一日頑張れるくらい、胸がいっぱいになる。
昼休み、給湯室。
誰もいないと思って入ったら、
先輩も同時に入ってきて、ドアが閉まった。
「……びっくりしました」
「俺も」
そう言いながら、先輩は周りを確認してから、少し声を落とす。
「昨日のこえ君、可愛かった」
「っ……」
一気に顔が熱くなる。
「先輩、それ言わないでください」
「声、ちゃんと抑えてるでしょ」
からかうみたいな目。
先輩が近づいてきて、
僕の耳元で囁く。
「触らない。見るだけ」
それなのに、距離が近すぎて、息がかかる。
「……帰ったら、いっぱい甘やかす」
その一言で、頭が真っ白になった。
その瞬間。
「――あれ?」
給湯室の外から、同僚の声。
「誰かいる?」
僕は反射的に一歩下がり、
先輩もすぐに距離を取った。
「……やば……」
ドアが開いて、同僚が入ってくる。
「お、先輩と一緒だったんですね」
「うん。資料の話してた」
先輩の声は完璧に“会社の先輩”だった。
でも。
同僚の視線が、
僕の赤い顔と、先輩の少し乱れたネクタイを行き来する。
「……仲、いいですね」
一瞬の沈黙。
「新人の面倒見るの、得意だから」
先輩は笑ってそう言った。
同僚は「そっすか」と言って出ていったけど、
心臓がしばらく戻らなかった。
デスクに戻っても、集中できない。
「……さっきの、危なかったですね」
小声で言うと、
先輩はパソコンを見たまま答えた。
「うん。でも」
ちらっと、こっちを見る。
「バレそうになるの、嫌?」
その視線が、真剣で。
「……怖いですけど」
正直な気持ち。
「でも、先輩と一緒なのは、隠したくない気持ちもあります」
先輩は少し驚いた顔をしてから、
優しく笑った。
「じゃあ、守らなきゃね」
誰にも聞こえない声で。
「こえ君も、関係も」
その言葉に、胸がきゅっとなった。
退勤後、人目のない廊下で。
誰もいないのを確認して、
先輩は僕の手を、今度はちゃんと握った。
「今日、よく頑張った」
それだけなのに、
指先から安心が伝わってくる。
「……早く、帰りたいです」
「俺も」
小さく笑い合って、
また手を離した。
会社では触れられない。
名前も呼べない。
でも、
バレそうになるたびに思う。
――この人は、僕の恋人なんだって。
その事実だけで、
明日もきっと、頑張れる。