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日本語おかしい
最初は、ほんの小さな違和感だった。
「最近、先輩と仲良いよね」
そう言われたのは、コピー室だったと思う。
笑顔だったけど、どこか探るような目。
「仕事、よく教えてもらってて」
そう答えると、相手は「ふーん」とだけ言った。
それから、似たような言葉が増えた。
「また一緒に帰ってたよね」
「残業、二人多くない?」
ただの偶然。
そう思いたかったけど、胸の奥がざわついていく。
ある日、昼休みの終わり。
僕が給湯室から出ようとしたとき、腕を掴まれた。
「ちょっと、いい?」
同じ部署の人だった。
声は低くて、周りを気にしている様子。
「……何ですか?」
「噂、聞いたんだけど」
心臓が跳ねる。
「先輩と、付き合ってるんじゃないかって」
一瞬、頭が真っ白になった。
「そ、そんな……」
否定しようとしたのに、声がうまく出ない。
相手は僕の反応をじっと見て、口元を歪めた。
「隠すなら、ちゃんとしなよ」
腕に力がこもる。
「新人のくせに、目立つことすると居づらくなるよ?」
脅すような声。
「違います……」
やっとそれだけ言えた。
でも、相手は離してくれなかった。
「じゃあ、今度みんなの前で聞いてみようか。
先輩に直接」
ぞっとした。
その瞬間。
「――何してるんですか」
聞き慣れた声。
振り向くと、先輩が立っていた。
表情は穏やかなのに、目が笑っていない。
「業務外で後輩を引き止める理由、教えてもらえます?」
掴まれていた腕が、すっと離された。
「いや、ちょっと話してただけで……」
「それ、脅しに聞こえましたけど」
先輩は僕の前に立ち、
自然に、でもはっきりと庇う位置に入った。
「この子、困ってるみたいなので。
用がないなら、もう行ってください」
相手は一瞬言葉に詰まって、
舌打ちまじりに去っていった。
足の力が抜けて、
僕はその場から動けなかった。
「……大丈夫?」
先輩が、僕の顔を覗き込む。
「……すみません」
それしか言えなかった。
「謝ることじゃない」
先輩の声は、少し低くなっていた。
「噂、聞こえてた?」
「……少し」
先輩は小さく息を吐いた。
「俺のせいだ」
「そんな……」
「距離、詰めすぎた」
そう言いながらも、
先輩の手は、僕の肩に触れたままだった。
「でも」
目が合う。
「こえ君が傷つけられるのは、我慢できない」
胸が、強く鳴った。
その日の帰り道。
いつもは人目を気にして少し距離を空けるのに、
先輩は今日は、僕の隣を歩いていた。
「……いいんですか」
「今日はいい」
短い答え。
「噂、これ以上広がる前に、釘刺しておく」
「先輩……」
立ち止まって、先輩が僕を見る。
「奪われる気はないから」
静かだけど、はっきりした声。
「君は、僕の恋人だ」
その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられる。
「隠すのは、守るため。
でも、脅されるくらいなら、話は別」
先輩の手が、僕の手首を掴む。
強くない。
でも、逃がさない力。
「独占欲、出してもいい?」
冗談みたいなのに、目は本気だった。
「……先輩のそういうところ、ずるいです」
そう言うと、先輩は少しだけ笑った。
「こえ君が可愛いから」
帰り道、人のいないところで、
先輩は僕の額に、そっとキスを落とした。
「大丈夫。
誰にも、触れさせない」
その言葉に、
怖さよりも、安心が勝った。
噂は怖い。
会社も、まだ居心地がいいとは言えない。
でも。
この人が、
こんなふうに僕を選んでくれるなら。
僕は、ここにいていいんだと思えた。
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